メインストーリー
#0 -ブラスト- 突風の異名を持つ男
帝國歴90年 メディオ地区リージョナルタワー下層街区
「なぁ####。今日は何をしようか。食料庫からメシをかっぱらうか? それとも工業街区でジジィに売り付けるジャンクでも漁ってくるか?」
薄汚れたスラム街の片隅で、楽しげに話す少年たちが居た。
彼らは、いや、僕たちは小さなこのスラム街の一角を縄張りとするギャング団だ。
名をワールウィンド。良く分からないけど、名前を付けたリーダーが「つむじ風」って意味だと言っていた。
今はまだ下層街区で渦を巻くだけの俺たちだけど、いつかはこのつむじ風に乗って上へと登っていくんだ! って。
僕の名前は、####。でも、大体の仲間は互いに
親が付けた名前だろ? っていう奴も居たけど、生憎と僕は孤児だ。親の記憶なんてこれっぽっちも覚えちゃいないし、物心ついた時にはスラム街のジジィのとこにいた。
あぁそうそう。さっきから出てくるジジィってのはこのスラム街でジャンク屋の店主のことで、工業地区で使えそうな機械とかを盗んで来ると色んな物と交換してくれる変な爺さんだ。
たまに、手足が吹っ飛んだヤツが運び込まれて
かく言う僕もその1人で、左腕がまるっと
けどまぁ、この
そういえば、何の話をしてたんだっけか。
「おい。俺の話聞いてたか? 今日はどこに忍び込もうかって話だよ」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたよ。最近は新しい仲間も増えたし、今日も食料庫を漁って食料の備蓄を増やしておいてもいいかもね」
「了解。お前はウチの主戦力だからな。リーダーに力の付く飯を食わしてもらえるよう掛け合っとくぜ」
そうだった。今日はどこに忍び込もうか、なんて話をギャング団のサブリーダーと話していたんだった。
その日を生きるために略奪を繰り返す。大人たちから、“國”から見捨てられた僕らが生活していくには、それしか無かったんだ。
明日の命の保証さえされない掃き溜めのような最低の場所で、それでも仲間たちと生きる日々が楽しくて。
全てが終わりきった世界の中にあって、それだけが僕の何物にも代えられない大切なものだった。
それは、工業街区から吐き出される光化学スモッグが一段と酷い、まるで濃霧のような日だった。
いつものように食料庫からの略奪を終えてスラム街に戻ってきた僕らを出迎えたのは、悲鳴と銃声。
薄汚れた街に点々と散らばる、ヒトだったモノ。
大人も、子供も、男も女も知り合いも赤の他人も誰も彼も何もかもが! ボロ雑巾のようになって自らが作り出す血の海に沈んでいた。
僕らはそのあまりの惨状に、揃って胃の中のモノをぶち撒けた。
むせ返るような血の臭いに気を失って自分の吐瀉物に顔を突っ込まなかっただけ、自分で自分を褒めたいね。
あぁうん。そんな風に益体も無いことを考えないとやってられないくらい、スラム街は酷い有様だった。
今日の戦利品の全てをその場に放り捨てて、僕らはアジトへと走った。
走れば走るほど近づく悲鳴と銃声に、頼む間に合えと信じてもいない神様に祈りながら。
アジトにしている廃工場の扉を乱暴に開け放つ。息つく間も無く再び走った。いつの間にか聞こえなくなった悲鳴と銃声に気づくこともなく。
仲間の何人かは、気付いていたかもしれない。きっと、誰もその静寂の意味を考えたくなかっただけなのだろう。
最後の角を曲がり、寝床にしている部屋へと転がり込んだ僕らが見たのは、愛すべき兄弟たちの濁った瞳だった。
10人以上いた仲間たち。血の繋がりなんて無かったけど、それ以上に固い絆で結ばれていた兄弟たち。
1人残らず、苦悶と絶望の表情を浮かべながら事切れていた。
茫然とその光景を眺める僕らの元に、部屋の奥の暗がりから血の海を割るように何かが転がってくる。
「リーダー!」
仲間の誰かが叫んだ。何か、では無かった。全身を鮮血で真っ赤に染めた、僕らのリーダーだった。
一見して分からなかったのは、右腕以外の四肢が千切れ、いつもの生意気そうな顔付きも血と埃に塗れてドロドロだったからだった。
仲間の声が聞こえたのか、残った右腕を僅かに動かして顔を上げるリーダー。
大量失血によるものかその目は虚ろで、呼吸も上手く出来ないのかヒューヒューと苦しそうにしている。
「……に…………げ、ろ……」
最早聞き取れない程小さな掠れた声で、それでも仲間を、兄弟を逃がそうと声を上げるリーダー。
目の前で振り下ろされた無慈悲なる死神の鎌の所業に、悲鳴も忘れて尻餅をつく僕ら。
誰もが言葉を失う中、やけに響く靴音。
ガツンと一際大きな音を立てて何かが床を叩き、血溜まりに波紋が広がった。
続いて聞こえたのは、無数の銃声。
「がああああぁぁぁぁぁぁああっっ!!!」
サブリーダーが、兄貴分が、初めての弟分が、絶叫を上げながらその四肢に襲い掛かる激痛にのたうち回る。
まるで嘲笑うかのように、死神の鎌は仲間の命を弄び、そして飽きたらいとも容易く刈り取って行った。
「お前! オマエっ! お前ええぇぇぇぇっ!!」
目の前で次々と撃ち殺されていく仲間を見て、半狂乱になりながら銃声の元へと駆け出して行く残りの仲間たち。その中の1人に、僕もいた。
ここで死ぬことになっても、構うものか。リーダーを、兄弟を、仲間たちを惨殺した“お前”だけは、“俺が”絶対に許さない!
金属製の
1発目で、義手の手首から先が吹き飛んだ。
2発目で、踏み込んだ右脚を撃ち抜かれた。
3発目から先は、もう分からない。
足を、肩を、腹を、腿を、胸を、全身を撃ち抜かれて、少年は文字通り弾き飛ばされるように仲間の流した鮮血の海へと倒れ込んだ。
口いっぱいに広がる、生臭くぬるりとした鉄の味。胸の内からも溢れてくるその
辛うじてまだ意識はあるものの、最早指一本動かす力さえ残っておらず、全身から止め処なく溢れ出ていく血液が広がっていくのを感じることしか出来なかった。
薄れゆく意識の中、少年は何よりも己の無力さを呪うのだった。
少年が目を覚ましたのは、生まれてから見たこともない清潔な病室だった。
明るい部屋、真っ白なシーツ、透明な窓ガラス。その全てが少年には縁の無かったものだ。
いつも感じていた光化学スモッグの息苦しさなど微塵も無く、ただ窓から差し込む太陽の光が眩しく、そして暖かかったことを覚えている。
『――目が、覚めたか』
全く自由の効かない身体、それでも辛うじて目線だけを動かすと、自身が寝ているベッドの脇に男が立っているのが見えた。
消え入りそうな声で仲間は、と問いかける少年に、男は黙って首を横に振った。
謝罪も憐憫さえもなく、表情一つ変えずに残酷過ぎる現実を少年に突き付けた男は、抑揚の無い声で自らの用件だけを淡々と述べた。
『お前を助けてやる』
戸惑う少年の返答も待たずに「傷が癒えた頃にまた来る」とだけ告げて、男は病室を後にした。
「あれから、もう10年か……」
あてがわれた自室で今日の朝刊に目を通しながら、俺はポツリと呟く。
視線の先には『10年前に起きた下層街区の惨劇、その真実に迫る!!』などと言うセンセーショナルな見出しが踊っていた。
大した内容ではない。目新しい情報は皆無だし、記事の締めだってこの痛ましい事件を風化させてはならない、特捜班は今後も事件の真相を追い続ける。なんて陳腐な言葉で締めくくられている。
読み終わった新聞をほんの少しの苛立ちを込めてゴミ箱へと投げ込んで、ハンガーにかかった法務部特注の戦闘用コートに袖を通し、愛用の装備を装着すると、俺は部屋を後にした。
そう。あの事件から、もう10年もの月日が経過していた。
【下層街区大虐殺】と呼ばれたあの事件の生存者は、公式記録では0人。戸籍さえ持っているか分からないような最底辺の住民たちが、その悉くを鏖殺された。たった1人を除いて。
想像を絶するような事件であったにも関わらず、捜査当局は犯人の目星すら付けられずに事件からしばらくして捜査は打ち切りとなった。
無人の廃墟となった下層街区の一角は全ての建物が取り壊され、整地され、工業街区から垂れ流される光化学スモッグの大気汚染さえいとも簡単に対応策が講じられて、今ではその工業街区で働く労働者たちの閑静なベッドタウンへと変貌を遂げている。
とあるギャング団のアジトだった廃工場は、住民たちの憩いの公園になっていたよ。
たった1人の生存者がどうなったかって? 簡単なことさ。
帰る場所も仲間も失った俺は、自らを助けた男に道を示された。
病院で目覚めた俺は数ヶ月後、奇跡的とも言える回復を遂げて退院。その後、俺がその病院に居たという記録は抹消された。少年は、業火に焼かれて仲間と共に死んだのだ。あの廃工場で。
男の正体は、工業街区に本社を置く大手企業の役員の一人だった。もちろん、事務方や製造部門なんかじゃない。法務部と言えば聞こえはいいが、中身は自社に損害をもたらす者を排除する“実戦部隊”と呼ばれる企業お抱えの私兵部隊だ。その兵士たちを統括するのが、その男だった。
男に誘(いざな)われるまま、俺はその法務部に入社。数年に渡り男からの直々の指導を受けて、正式に部隊へと配属された。
男からの苛烈な指導によって形成された強靭な体躯に、左腕には所属企業の技術の粋を結集させた最新型の
持てる力の全てを以って命も顧みず突撃して対象を排除するその姿から、男は部隊内でも早々に頭角を現し、いつしか
かつて所属していたギャング団と同じ『風』にまつわる名を得た男は、少しだけ口元を歪めていたという。
仲間を奪い、住処を奪い、自身の命さえも奪い取ったあの事件を、男は忘れてはいない。
全身を貫いた弾丸の冷たさ。
目の前で死んでいった仲間たちの姿。
そして、無力だった自分自身。
その全ては、過去のものだ。今の“俺”は、あの時の“僕”とは違う。
そう自嘲気味に薄く笑う男の姿に、廊下の反対側からやって来た総務部の青年がその顔を蒼白させて今来た道を引き返して行った。
どうやら驚かせてしまったらしい。ただでさえ法務部の人間というだけで取っ付きづらいと言われているのに、知らず漏れ出ていた殺気に当てられてしまうなど彼には悪いことをした。
まぁ、生きていればそんなアンラッキーな日もあるだろう。そう適当に結論付けて、俺はその青年のことを意識の外へと押しやるのだった。
詰所に向けて尚も歩いて行くが、ふと振動を感じたような気がして立ち止まる。手すりに
珍しい、我が社に侵入者だなんていつ以来だろう。
詰所に急ごうかと逡巡する俺の顔を、微風が撫でた。
躊躇なく窓ガラスを突き破り、そのまま跳躍。半秒前にいた場所を衝撃と爆炎がなめていった。
俺がどこから飛び降りたかって? ビルの10階だよ。微塵も問題ないだろ?
義手に搭載されたギミックの1つを解放。風を頼りに手近な外壁に向けてアンカー射出。危なげなく建物の外壁に着地する。
着地地点から上を見上げてみれば、階層外周の強化ガラスは熱と衝撃で吹き飛んで、勢いよく燃え盛る炎がそこかしこから顔を覗かせていた。
『こちら総務部。現在、セクター63に正体不明の機動兵器を随伴した一団の侵入を確認。法務部及び特務部の社員は現場に急行せよ。繰り返す――――』
頭部を覆うマスクに内臓されたスピーカーから、焦りのこもった総務部職員の声が聞こえてくる。
その音声を聞きながら、俺は義手の力を頼りに外壁を削りながら地上へと垂直降下を敢行していた。
十数秒後には地上に到着する。それまでにセクター63への最短ルートを脳内に思い描きながら、俺は獰猛な笑みを浮かべていた。
「法務部だけじゃなく特務部まで出張るとは、な」
どうやら相当セクター63という施設は我が社にとって重要な施設らしい。
人知れず呟いた声は爆発音にかき消され、男は眉を顰める。
正体不明の機動兵器……ときたか。さて、今日こそはあの男に繋がる“真実”とやらに出会えるのだろうか。
つむじ風が、走り出そうとする男のコートの裾を翻していった。
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