3.懐かしさを抱いて進む。
「アンタなにしとんがけ! こんな手ぇぼろぼろにして!?」
「あ、あの叔母さん! これには事情があって――」
「それに涼子ちゃんまで連れ出して! どっか危険な場所にいっとんがじゃなかろうね!? もしそやったら、家族会議せんなんよ!!」
「か、母さん……えっと……」
「とりあえず冷やしなさい! 頭も、手も!!」
「はい……」
◆
――何が嬉しくて、三十路手前にもなって母親にガチギレされてるのか。
少しだけ冷静になった俺は実家に帰還して、氷枕を引っ張り出して手を冷やしていた。赤くなって、水膨れがいくつかできているものの、そこまで重傷ではなさそうだ。
そう考えつつ、縁側でボンヤリと田畑を眺めていると……。
「いやー……あんなに怒った叔母さんを見るのは、子供の頃以来だね」
「……そうか? 俺の中だと、大学の時もキレてたけど」
「あはは! たっちゃんは帰ってくるたび、そうだったね!!」
「笑うなよ……ったく」
麦茶を両手に持った涼子が現れ、片方をこちらに手渡してきた。
それを受け取ると彼女は隣に腰かけて、同じくド田舎の景色を眺める。もうそろそろカエルの鳴き声が木霊するような季節になるが、いまはまだ少し静けさがあった。
風もまだ微かに冷たく、今日の戦いで火照った身体には心地が良い。
「でもさ、今日のたっちゃんは凄かったよ!」
「あー……どうも」
そう思って目を閉じていると、従兄妹が明るい口調で言った。
励ましているのか、どういうつもりなのか。それはちっとも分からないが、彼女は彼女なりに俺のやったことを肯定してくれているようだった。
戦闘を終えて、配信は終了したがコメントなどは確認していない。
理由は特にないのだが、なんとなく後回しにしたかった。
「…………本当に、こんなに楽しいのは学生の頃以来だよ」
「涼子……?」
ふと、従兄妹がどこか甘えた声色でそう口にする。
見れば彼女は眠そうに舟をこぎながら、今日の感想を続けていた。
「昔はよく、二人で冒険ごっこ、したよね。……楽しかったなぁ」
「………………」
そして話題は、幼少期の拙い遊びの話になる。
田舎で生まれ育った俺と涼子は、過疎な地域だからこその遊びに興じていた。その中で彼女が最も興味を持って、楽しんでいたのが異世界を冒険する、という『ごっこ遊び』だ。従兄妹とはいつも勇者役を取り合いになって、時には俺が聖女役をやったりもした。
こちらが中学に入った頃から回数は減って、高校生になると部活中心に。次第に二人で遊ぶ機会はなくなって、それが当たり前になっていった。
でも、それが大人になるということで。
そうなることが『当たり前』なのだ、と考えていた。
「次は、叔母さんに怒られないように……ね?」
「……あぁ、そうだな」
どうして今、そんなことを思い出すのだろう。
しかし涼子の言葉に対しては、自分のそれと疑うほどすんなり答えが出た。もしかしたら自分も、心の底で平坦な毎日にウンザリしていたのかもしれない。
だったら、次の仕事が見つかるまでは……。
「なぁ、涼子――」
「すー……」
「人の肩で勝手に寝るな、っての」
気付けば眠っていた従兄妹に、俺は思わず文句を口にした。
もっとも嫌悪感はなく、懐かしさの方が強い。
だから俺は、あえて彼女を起こすことはしなかった。
そして満天の星空を見上げる。
「ま、しばらくはやってみるか……」
涼子の暇潰しにもなるだろうし、と。
俺は次の配信予定について、一人で考えるのだった。
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