破戒僧「覚超」物の怪退治(合冊版)
Danzig
第1話
破戒僧覚超の物の怪退治 1
【第一部 第一場】
今にも壊れそうなボロ寺
そこに女が訪ねてくる
覚超:
ほう、このような古寺(ふるでら)に、訪ねてくる御仁がおるとは・・・珍しいな
しかも、こんな夜更けに、女性(にょしょう)一人とはな
(女をしげしげと見つめる覚超(かくちょう))
覚超:
おい、女
(覚超の声にビクつく女)
お千代:
は・・・はい・・・
覚超:
名は?
お千代:
ち、千代と申します。
覚超:
で、そちは、何故(なにゆえ)この寺へ参った
お千代:
実は、あなた様に、折り入ってお願いしたい事がございます。
私の住む村の峠に、物の怪(もののけ)が出るようになりまして、峠を通る村人を襲(おそ)うのでございます。
覚超:
ほう、それは難儀(なんぎ)な話だな
それで?
拙僧(せっそう)に何をしろと・・・
お千代:
あなた様に、その物の怪を退治しては頂けないかと・・・・
覚超:
ふむ、どこで聞いて参ったかは知らぬが・・・
(値踏みをするような目でお千代をみる覚超)
お千代:
実は村で、たいそう腕が立つといわれる、お武家様(ぶけさま)にお願いして、
物の怪を退治して頂こうとしたのですが、
そのお武家様も物の怪に殺されてしまい・・・
覚超:
ほう
お千代:
ですが、そのお武家様が出立される前に、自分が敵(かな)わぬ時には、覚超(かくちょう)という僧侶を探してみろと・・・
覚超:
なるほどのぉ
お千代:
ですから、もう、あなた様しか、頼(たよ)れる御仁(ごじん)は、いないのです。
お願いでございます。
どうか、物の怪を退治しては頂けないでしょうか
覚超:
うむ、確かに拙僧なら、物の怪の類(たぐい)を退治する事は出来るやもしれん・・・・
だが、無代(むだい)ではないぞ。
それも聞いておろう
お千代:
はい・・・それは存じております
それで、如何(いか)ほどあれば・・・
覚超:
ほう、払う気があるのか
そうよのう・・・まぁ五十両と言ったところか
お千代:
ご・・・・ごじゅ・・・・
そ、そのような大金は・・・とても・・・
覚超:
ははは
普通は、払えるような金ではないわな
まぁ、諦(あきら)めて、その物の怪とは関わりを持たぬか、
はたまた、もっと徳の高い僧にでも頼んでみる事だな
(お千代に背を向ける覚超)
(狼狽するお千代)
お千代:
あああ・・・
そんな・・・
わ、私はどうすれば・・・
覚超:
ん?
何故そちは、そうまでして、その物の怪とやらを退治(たいじ)したいのだ?
お千代:
実は・・・
私は早くに母を亡くし、これまで父と兄に育てられてきました
父も兄も、私には、とても優しく、私は幸せでした
ですが先日、その父と兄がその物の怪に・・・・
覚超:
そうであったか・・・
事情は分かった
しかし、無代という訳にもいかぬしな・・・
そうよのう・・・
(考えながらちらりとお千代を見る覚超)
覚超:
一夜(いちや)の夜伽(よとぎ)でもあれば、その代わりにもなるやもしれんな・・・
お千代:
えっ・・・
(ハッとするお千代)
(ニヤケる僧侶)
覚超:
若い女性(にょしょう)の身体であれば、金銭(きんせん)はいらぬが・・・
ふむ、見たところ、そちは若い上に器量もよさそうだ
そちにその気があるのであれば、十分報酬の代わりになるが・・・・
どうだ?
お千代:
そ、そんな・・・
覚超:
ん?
やはり、嫌か
(しばし考え)
お千代:
わ・・・・分かりました
私でよろしければ・・・どうぞ・・・
(震えながらも了承するお千代)
覚超:
そうか、そうか・・・・ははははは
今宵(こよい)は楽しくなりそうだな
お千代:
・・・・
(恥ずかしさで返事のできないお千代)
覚超:
しばしまて
確か、ここいらに・・・
お、あった、あった
(端においてある廿楽(つづら)から服を取り出す)
覚超:
では、これに着替えてもらおうか
(服をお千代の足元に放り投げる)
覚超:
着替えたら、場所を変えるぞ
こんな所では気分が出んのでな
【第一部 第二場】
(夜道をあるく二人)
(暫く無言で歩く)
お千代:
あの・・・覚超(かくちょう)様・・・
覚超:
どうした、お千代、
目的の場所は、もうそろそろだが、今になって臆(おく)したか?
お千代:
いえ・・・そうではございません
あの・・どこまで行かれるのでしょうか?
それに、何故、私が小姓(こしょう)の姿に
覚超:
ははは、場所が変われば、気分も変わるものよ
それに、何故そちに、そのような小姓の格好をさせたかだが・・・
なぁに、大した事ではない
拙僧(せっそう)にも少しばかり『好み』というものがあってな、
はははは
お千代:
は・・はぁ
覚超:
男だと思っておったところが、一皮剥(む)けば女だった・・・
それも一興(いっきょう)じゃろうて、はははは
お千代:
・・・
覚超:
なぁに、お主にとっては、初めての事だろうが
拙僧の言うた通りにしておればよい
怖ければ、目でも瞑っておれば、直に済むわ
お千代:
・・・はい
覚超:
今、お主の顔が見えてしまうと、気分が出んのでな、その時がくるまで、傘は深くかぶっておれよ
お千代:
・・・はい
(しばらく歩き、ボロボロの御堂の前で止まる。)
覚超:
さぁ、着いたぞ
お千代:
・・・ここ・・・ですか?
覚超:
そうじゃ
お千代:
先程のお寺と、あまり変わらないような佇(たたず)まいですが・・・
覚超:
あぁ、どちらもボロ寺だがな、場所が変われば、気分も変わるというものよ
お千代:
そうですか・・・
覚超:
よいな、目を瞑っていてもいいが、身体は拙僧のいう通りにするのだぞ
お千代:
・・・はい
(息をのむお千代。)
(扉を開けて中にはいる)
覚超:
さぁ、拙僧について入ってまいれ
お千代:
・・・はい
覚超:
暗いので足元に気を付けてな
(御堂の中に入る二人)
(薄暗い御堂の中)
お千代:
ここは・・・
暗くてなにも・・・
(奥からうっすらと浮かび上がる蒼白い光)
(そこから姿を現す妖艶な女性)
朱火狐:
誰じゃ・・・
お千代:
ひぃ
(驚き、覚超にしがみつく千代)
覚超:
心配するな、拙僧の後ろに隠れておれ
お千代:
はい
朱火狐:
おや、どこか聞いた声だが・・・
覚超:
久しぶりだな
朱火狐:
なんじゃ、覚超か
一体、何の用じゃ
覚超:
時雨烏(しぐれがらす)をもらい受けに参った
朱火狐:
ほう、
で、金は?
覚超:
金はない
朱火狐:
ははは、全く・・・
話にならんな
なんじゃお前、似非坊主(えせぼうず)なんぞに、なり腐って、ついに頭まで逝(い)ってしもうたか
覚超:
拙僧にも、事情というものがあってな
朱火狐:
とにかく、金が無いならお前に用はない
さっさと帰れ
覚超:
あぁ、確かに金はない・・・
金はないがが、その代わり、こいつを持ってきた
朱火狐:
何?
(お千代の背中を押して相手に投げつけるかのように付きつける)
(勢い余って崩れる二人の女)
お千代:
あ・・・
朱火狐:
なっ・・・
覚超:
お千代、そいつにしがみつけ、早く
お千代:
え?・・・は、はい! ん・・・
(必死にしがみつくお千代)
覚超:
ほれ、そいつをくれてやる
朱火狐:
え?
・・・・なっ!
こ、こいつは・・
(傘を取ると、小姓の格好をした者が女だと分かる)
(妖艶な態度が一変し、急に蒼ざめて狼狽する女)
朱火狐:
お、お、お、女!・・・
うわぁぁぁああわわわわ
は、離れろ、は、早く、離れろ・・・離れろ
覚超:
お千代、決して離すでないぞ
それが今宵(こよい)の夜伽(よとぎ)じゃ
お千代:
はい!・・んんん
朱火狐:
やめろ、離れろ、離れろって
覚超:
どうじゃ、十分な報酬であろう
お千代は器量のよい女性(にょしょう)じゃ、嬉しかろう
朱火狐:
て、てめぇ、どどどどどどういうつもりだ
俺が女が、だだダメなのを、ししし知ってやがるだろが
あわわわ、離れろ、離れろって言ってるだろ
(狼狽しながら悪態をつく女)
覚超:
ははははは、そうであった、そうであった
御主は、女が苦手であったな
お千代、今お前が抱きついている、そ奴も、物の怪の類(たぐい)じゃ
お千代:
え?
覚超:
そいつはの名は火狐(かこ)、火を操る狐の物の怪でな、
物の怪のくせに、女性(にょしょう)に触れると腰が抜けるそうだ
それゆえ、女性(にょしょう)に近づかれぬよう、自らを女性(にょしょう)に扮(ふん)しておるのだ
(狼狽する火狐に近づく覚超)
覚超:
ところで火狐、いや、その格好をしておる時は朱火狐(あかね)と呼んだ方がよいかな
どうした? 動けぬのか?
朱火狐:
みみみ見りゃわかるだろ
覚超:
我が愛刀(あいとう)『時雨烏(しぐれがらす)』が、ちょいと入用(いりよう)になってな
時雨烏(しぐれがらす)を返すというのであれば、その女性(にょしょう)をお主から引きはがしてやってもよいが?
朱火狐:
ななな何言ってんだ
あれは、おおお前が俺から借りた五十両のかたとして、俺が預かってるんだろ
ごご五十両もって来なきゃ返すが訳ないだろが
覚超:
そうか、それは残念だ、邪魔をしたな、では・・・
(帰ろうとする僧侶)
朱火狐:
ま、まてよ覚超、何処へ行く
覚超:
何処って、お主に『金がないなら用はない』と言われたからな、帰るのじゃ
朱火狐:
か、帰る前に、こ、この女を何んとかしろ、このまま帰るなんて、ひでぇだろ
覚超:
ほう、そうか
では、拙僧が刀をお主に預けて、五十両を借り受けた・・・
しかし、そんな話はなかった・・・
そういう事でよいかな
朱火狐:
は、はぁ?
な、何言ってんだお前
そ、そんなバカな話があるか
お、俺は確かに五十両お前に貸したぞ
覚超:
いや、まて
朱火狐:
人の話を聞け!
覚超:
確か、お主がどうしても、拙僧の時雨烏(しぐれがらす)を貸して欲しいと言うたので、拙僧が仕方なく、五十両でお主に貸した・・・
そうであったかな?
朱火狐:
おい、人の話聞いてんのかよ
何でそんな話になるんだよ、
都合のいい事ばかり言ってんじゃねぇぞ、くそ坊主
覚超:
そうか拙僧の記憶違いであったか・・・
そうか、そうか、それは残念だった・・・では
(帰ろうとする僧侶)
朱火狐:
まて・・まて・・
わかった、わかったから
も、もうお前のいう通りでいいから、この女をどけてくれ
頼む、早く・・・
覚超:
やはりそうであったか
そうか、そうか、それであれば・・・
お千代、もうよいぞ
(女を火狐から引きはがす)
覚超:
よっと
お千代:
あ・・・
朱火狐:
はぁ・・・はぁ・・・
助かった・・・
お千代:
あの・・・覚超様
覚超:
ああ、そちはもう帰っても良いぞ、夜道ゆえ、気をつけてな
物の怪は、拙僧と朱火狐(あかね)で退治しておく故(ゆえ)、安心しておれ
お千代:
はい、ありがとうございます
朱火狐:
おい、何言ってんだ覚超
何で俺が、五十両踏み倒された挙句に、妖怪退治までしなきゃならないんだよ
覚超:
何を言うておる、お主に貸した時雨烏(しぐれがらす)の利子を、まだ貰(もら)い受けておらん。
お主には、利子分働いて貰(もら)わぬとな
朱火狐:
はぁ?
金を貸したのはこっちだぞ、それを、人の弱みを利用して、こっちが借りたなんて話にしやがって
しかも何が利子だ、バカも休み休み言え
覚超:
まぁ、そう怒るでない
坊主を助けておくと後々よい事があるやもしれぬぞ
朱火狐:
ったく、何が坊主だ、似非坊主(えせぼうず)のくせに
お前を助けたって、ご利益なんてありゃしないだろ!
覚超:
さて、では参るとするか、朱火狐(あかね)
朱火狐:
人の話を聞けって!
覚超:
久しぶりの物の怪退治と行こうではないか
お主も心が躍るであろう
朱火狐:
躍らねぇよ、この戦狂い(いくさぐるい)が!
覚超:
はははは、腕が鳴るのう
さて、この度(たび)はどんな戦(いくさ)になるだろうなぁ
楽しみじゃて
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【第二部】
物の怪退治に向かう覚超と朱火狐(あかね)
朱火狐:
ところでよ、覚超(かくちょう)
覚超:
ん? 如何(いかが)した、朱火狐(あかね)
朱火狐:
今回の物の怪退治(たいじ)って、どこまで行くんだよ
覚超:
うむ
先日、お主の夜伽(よとぎ)をした娘がおったであろう
朱火狐:
おいおい
夜伽(よとぎ)とか言うなよ、気持ち悪い
思い出しただけでも、吐き気がするわ
覚超:
ははは、それは難儀(なんぎ)だったな
朱火狐:
何言ってやがる、お前のせいじぇねぇか
覚超:
はて、そうであったか
朱火狐:
ったく、とぼけやがって・・・
で、その娘がどうした
覚超:
娘の名はお千代と言うてな
そのお千代の村の、峠(とうげ)まで行くんじゃよ
朱火狐:
そんな事は、分かってんだよ
覚超:
なんじゃ、知っておるではないか
朱火狐:
俺も、その場にいただろうが
俺が聞いてるのは、その娘の村は、何処(どこ)なんだって話をしてんだよ
覚超:
そういう話であったか
確か、お千代の村は三条(さんじょう)の辺りだと言うておったな
朱火狐:
三条?
その辺りに物の怪なんていたか?
覚超:
一年程前から、出るようになったと、言うておったな
朱火狐:
新しく生まれた物の怪か・・・
覚超:
さて、どうであろうな
まぁ、何にせよ、歯ごたえがある奴じゃと、良いのじゃがな
のう、朱火狐(あかね)
お主もそう思うじゃろ
朱火狐:
思わねぇよ
退治するなら、さっさと殺(や)っちまうに、越(こ)したことはないだろ
覚超:
それでは、面白味がなかろうて
朱火狐:
物の怪と戦(や)るのに、面白味なんざ、いらねぇんだよ、この戦狂(いくさぐる)いが
覚超:
ははは
朱火狐:
おい、覚超(かくちょう)
お前、長く闘(たたか)いたいからって、手加減(てかげん)なんか、するんじゃねぇぞ
覚超:
ところで朱火狐(あかね)
朱火狐:
人の話を聞けよ!
覚超:
お主は、何故、まだ女性(にょしょう)の恰好をしておるのだ?
その姿では、歩き辛(づら)かろうに
朱火狐:
こんな朝っぱらから、物の怪の恰好で、道を歩けるわけねぇだろ!
誰に見れらるかも、分からんのに
覚超:
そういうものか?
物の怪も難儀(なんぎ)な、ものよのう
朱火狐:
何言ってやがる、お前の為だろうが!
覚超:
拙僧のか?
朱火狐:
そうだよ
物の怪と一緒に歩いてたら、お前が怪しまれるだろ
覚超:
ははは、そうか、そうか
それは、すまんな
朱火狐:
ったく、面倒な奴だな
覚超:
朱火狐(あかね)、そろそろ三条に入る頃だぞ
朱火狐:
そうか・・・
しかし、特に、物の怪の気配はないがな
覚超:
そうよのぉ
その辺りでないとすると
物の怪が出るのは、向こうに見える、あの峠あたりか・・・
朱火狐:
まぁ、どのみち、行ってみるしかないな
覚超:
あぁ・・・
(二人でしばらく歩く)
(しばらくして、物の怪が出るという峠にさしかかる)
朱火狐:
そういえば、覚超
覚超:
ん?
なんじゃ
朱火狐:
どうしてお前、坊主の恰好なんかしてるんだ?
お前、侍(さむらい)じゃなかったのかよ?
覚超:
侍(さむらい)か・・・
そういう時もあったかのう
朱火狐:
出家(しゅっけ)でもしたのか?
覚超:
いや、出家はしておらんよ
ただ、髷(まげ)を結(ゆ)うのが、面倒(めんどう)になってな
朱火狐:
なんだ、そんな事で坊主になったのか
覚超:
そんな事というがな、朱火狐(あかね)
髷(まげ)を綺麗(きれい)に保つのは意外と面倒(めんどう)なのだぞ
坊主頭(ぼうずあたま)にしておる方が、何かと楽なのでな
朱火狐:
そういうのは、人間の嗜(たしな)みっていうんじゃないのか?
やっぱり「そんな事」じゃねぇか
覚超:
いやいや、それだけではないぞ
どうせなら、法力が使えるようになれば、とは思ったのだ
朱火狐:
で、法力は使えるように、なったのか?
覚超:
まぁ、そっちの方はな
形姿(なりかたち)を真似(まね)るだけではダメだったわ
朱火狐:
ケッ
当たり前だろ、そんな事。
服を着替えるだけで、法力が使えるなら
坊主は修行なんざ、しねぇだろ
覚超:
まったくだな、はははは
(朱火狐が何かに気づく)
朱火狐:
覚超・・・
覚超:
あぁ、分かっておる
朱火狐:
身は隠しても、殺気を隠す気はなさそうだな・・・・
覚超:
これほど、剥(む)き出しの殺気とは
あまり、頭の良い「物の怪」では無さそうじゃな
朱火狐:
それか、お前のような、戦狂(いくさぐる)いかだな
覚超:
ほう、それは腕が鳴るのう
朱火狐:
呑気(のんき)な事言ってんじゃねぇよ
並(な)みの殺気じゃねぇぞ
覚超:
あぁ、それも分かっておる
朱火狐:
ふぅ・・・
よっと
(朱火狐が火狐(かこ)にもどる)
(覚超は時雨烏(しぐれがらす)に手をかける)
覚超:
火狐(かこ)、さすがに、朱火狐(あかね)の姿では戦えぬか
朱火狐:
当たり前だろ!
俺は戦いを楽しむ趣味はないんでね
さっさと片付(かたづ)けるぞ
覚超:
なんじゃ・・・つまらん奴じゃな
朱火狐:
放(ほ)っとけ
覚超:
さて、向こうが、どう出るか・・・
朱火狐:
隠れてるなら、引きずり出せばいいだろう
(誰もいない場所に向かって火狐(かこ)が叫ぶ)
朱火狐:
おい、隠れてねぇで出て来いよ
覚超:
出て来ぬな・・・
朱火狐:
引きずり出せばいいって言ったろ
そこか!
火吹(ひぶ)き
はぁーー!
火狐(かこ)が火を噴く
妖怪:
キキー
朱火狐:
ほら、お出ましだ
妖怪:
キーーー
覚超:
ほう、身体(からだ)は蜘蛛(くも)、
その蜘蛛の頭にヒヒの胴(どう)がついておるのか
変わった鵺(ぬえ)じゃな
朱火狐:
あぁ、俺も聞いた事がないな
新しく生まれた物の怪か
覚超:
ふふふ
知らぬ相手というのは、心躍(こころおど)るな
朱火狐:
おい、覚超
くれぐれも、変な気は起こすなよ
覚超:
見たところ、妖術はなさそうじゃな
朱火狐:
だから、人の話を聞けって!
覚超:
であれば・・・
覚超が刀を抜いて妖怪に近づく
朱火狐:
おい、覚超
そんな不用意(ふようい)に近づくな、危ねぇぞ
覚超:
さぁ、来い!
妖怪:
キーーーー
妖怪が、振り上げた腕を覚超に向けて振り下ろす
覚超:
ぐはっ
(数メートル後ろの木まで飛ばされる)
朱火狐:
おい
何、いきなり食らってんだよ、不用意にも程があるだろ
覚超:
あたたたた
朱火狐:
何やってんだよ
あんなもん、お前なら、かわせただろうが
覚超:
いや、何
初めての相手なのでな
この物の怪の力が如何(いか)程のものか
受けてみたかったのよ
朱火狐:
どれだけバカなんだよ、この戦狂いが
初見殺(しょけんごろ)しだったら、どうするつもりだったんだ
覚超:
ははは、
その時は、その時
その方が面白かろうて
朱火狐:
本当に狂ってるな
覚超:
なぁに、妖術(ようじゅつ)の類(たぐい)は、無さそうだったのでな
死にはせんだろ
覚超:
にしても・・・
朱火狐:
あぁ、こいつ、強いな
覚超:
あぁ、面白いのう
朱火狐:
ったく、
付き合う、こっちの身にも、なって欲しいもんだぜ
覚超:
さて、相手の力も分かったところで
そろそろ真面目にやるとするかな
朱火狐:
最初から真面目にやれよ
覚超:
こういう性分なのでな
朱火狐:
ふっ
まぁいいさ
さっさと、こいつを片づけるぞ
妖術(ようじゅつ)がないのなら、幾(いく)ら力が強くても・・・
覚超:
あぁ、所詮、ヒヒの知恵じゃろうて
たかが知れとるわ
朱火狐:
そうだな、
さぁ、いくぞ
火吹(ひぶ)き
はぁーー!
覚超:
正眼中乱破(せいがん ちゅうらんぱ)
せりゃ
妖怪:
キーーー
(妖怪が振り返り、去ろうとする)
朱火狐:
なんだ・・逃げる・・・のか
覚超:
チッ、逃がすか
(覚超が妖怪を追おうとする)
朱火狐:
おい覚超、待て、早まるな
覚超:
まて、物の怪
(妖怪の尻から糸の玉が飛んできて、覚超の顔にあたる)
妖怪:
キーーー
覚超:
ぐわっ
妖怪:
キキキッ
(喜ぶ妖怪)
朱火狐:
チッ
だから、待てって言ったろ
もろ、初見殺(しょけんごろ)しじゃぁねぇか
覚超:
くっ、糸が顔に・・・
背を向けて逃げると見せかけ、尻から糸を玉のように飛ばしすとは
ヒヒにばかり目を取られて、身体が蜘蛛(くも)だという事を忘れておったわ
朱火狐:
大丈夫か、覚超
覚超:
糸が粘(ねば)ついて取れそうにない
息は出来るが、目は開けられんな・・・
朱火狐:
気をつけろ
また、来るぞ
覚超:
くそ、このままでは・・・
(妖怪が覚超を襲う)
朱火狐:
ったく・・・
朱炎爆(しゅえんばく)!
(妖怪の前で炎が爆発し、妖怪が飛ばされる)
朱火狐:
おい、おい、なめるなよ、若いの
幾(いく)ら、バカを騙(だま)せたからって
その程度で、いい気になられちゃ困るんだよ
朱火狐:
覚超、まだ出来るな?
覚超:
あぁ、無論(むろん)だ
(覚超が刀を鞘に納めて、居合の構えをとる)
朱火狐:
さて、今度は俺が相手だ
来な!
(ヒヒは朱火狐ではなく、覚超を襲おうとする)
朱火狐:
なにっ・・・
そっちへ行ったぞ、覚超、左だ!
覚超:
ん・・・はっ
岩浪発破(いわなみはっぱ)
妖怪:
キーーーー
(深い傷を負う妖怪)
朱火狐:
バカだと思ってったが、
手負(てお)いの方を襲(おそ)う程度の、知恵はあるようだな
覚超:
あぁ、じゃが、相手が悪かったな
目が見えなくなった程度では、拙僧は殺せんよ
朱火狐:
おい、もう終わらせるぞ
覚超:
ちと残念じゃが、いた仕方がない
朱火狐:
ったく、その態(な)りで
よくそんな口が利けるな
朱火狐:
まぁいい、
覚超、お前、目が見えなくても
俺の後(あと)からなら行けるな
覚超:
あぁ、問題ない
朱火狐:
よし・・・
行くぞ
(構える朱火狐)
朱火狐:
はーーーーー
食らえ
蒼雷火炎車駕(そうらい かえん しゃが)
覚超:
ふん!
これで終(しま)いじゃ物の怪
夢想霞時雨(むそう かすみしぐれ)
そりゃーー
妖怪:
キーーーー
(妖怪が絶命する)
朱火狐:
ふー、これで仕留めたな
覚超:
あぁ、そのようじゃな
朱火狐:
やれやれ、
だいたい、お前がバカな事をしなかったら、
もっと早く終われたんだ
覚超:
まぁ、そう言うでない
面白かったではないか
朱火狐:
面白かねぇよ、これだから戦狂(いくさぐる)いは・・・
覚超:
そうか・・ん・・・
拙僧(せっそう)は・・ん・・・
まぁ、結構(けっこう)・・ん・
朱火狐:
なにやってんだよ、お前
覚超:
糸が粘(ねば)ついてな・・・取れんのじゃ
物の怪が死んでも、この糸はなくならないのだな・・・
朱火狐:
まぁ、その糸は妖術じゃねぇかならなぁ
俺が焼いてやろうか、その糸
覚超:
そんな事したら、顔も焼けてしまうであろうが
澤(さわ)で目を濯(そそ)げば、取れるじゃろうて
火狐(かこ)、すまぬが、拙僧(せっそう)を澤まで連れて行ってくれぬか・・・
朱火狐:
ったく、世話が焼ける奴だな・・・
(沢まで下りて、水で目を洗う覚超)
覚超:
ふー
おお、取れた、取れた
朱火狐:
で、これからお前は、どうすんだよ
覚超:
お千代の村にいって、物の怪を退治した事を知らせてやらぬとな
朱火狐:
あぁ、そうかい
じゃぁ、俺はこれで帰るとするか
覚超:
まぁ、待て、火狐(かこ)
朱火狐:
なんだよ
覚超:
村まで、お主も一緒に付いてまいれ
朱火狐:
どうして、俺が一緒に行かなきゃいけないんだよ
覚超:
物の怪退治の謝礼として、酒が飲めるやもしれんぞ
朱火狐:
酒か・・・久しぶりだな
覚超:
ははは、今宵(こよい)は宴(うたげ)になるとよいな
物の怪退治の後の酒は、美味いからな
今から楽しみじゃて
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【第三部】
物の怪退治の後、村に報告に行くと、覚超の期待通り宴となった
宴となった家の外
朱火狐:
よくも、あんなに騒(さわ)げるもんだな
覚超、俺はちょっと夜風にあたってくるぞ
(建物から出て、少し離れた縁側に座る朱火狐)
朱火狐:
ふー・・・
酒は好きだが、
あぁいう雰囲気は好きになれねぇな・・・
お千代:
朱火狐(あかね)様・・・
朱火狐:
なんじゃ、お千代か、どうした?
お千代:
お酌をしに、まいりました
朱火狐:
こんな所にまでか?
俺は、夜風にあたっているだけだぞ
お千代:
ええ、夜風にあたりながらのお酒も、風流かもしれません
朱火狐:
・・・まぁいい
酒はそこに置いて、お前はもう行け
お千代:
いいえ、お酌を・・・
朱火狐:
俺は女が苦手だと、知っておるだろう
お千代:
はい、ですから、朱火狐様のお手には触れませんので・・・
朱火狐:
・・・・
お千代:
まだ、キチンとしたお礼も、言っておりません、でしたので
是非(ぜひ)、お酌を・・・
朱火狐:
礼なら覚超(かくちょう)に言えよ
お千代:
いいえ、覚超(かくちょう)様だけでなく、朱火狐(あかね)様にもお礼を・・・
ですから・・・
朱火狐:
・・・・
お千代:
お願い致します
朱火狐:
う・・あぁ・・うん・・それじゃぁ・・・
お千代:
ありがとうございます。
では、こちらの湯飲(ゆの)みを、お使いください
朱火狐:
あぁ・・・
お千代:
さぁ、どうぞ
朱火狐:
うむ
(酒を飲む朱火狐)
お千代:
この度は、本当に有難うございました。
朱火狐:
あぁ・・・覚超に騙(だま)されたからな
お千代:
しかし、私が離れた後であれば
そんな話は無かった事にすれば、よかったではありませんか。
それなのに、覚超様と一緒に、物の怪を退治して下さいました
朱火狐:
事情が何であれ
そういう話になってしまったのでな
まぁ、仕方がないさ
(少し酒をのむ)
お千代:
ですが、
あれは覚超様が、朱火狐(あかね)様を騙(だま)したからではないですか
それなのに・・・
朱火狐:
「事情が何であれ」と言っただろ
人であれば、それでいいのかもしれんがな
お千代:
でしたら、朱火狐(あかね)様も、同じようになされば・・・
朱火狐:
人は人、物の怪は物の怪だ
俺は俺の生き方で生きる
お千代:
そうですか・・・・
朱火狐:
そんなもんさ
(湯飲みの酒を飲み干す朱火狐)
お千代:
お酒・・もう少し、いかがですか?
朱火狐:
あぁ・・・
お千代:
どうぞ
朱火狐:
うむ
(酌をするお千代)
お千代:
そういえば、朱火狐(あかね)様
一つお聞きしても、よろしいですか?
朱火狐:
なんだ?
お千代:
朱火狐(あかね)様はどうして、女性(にょしょう)がお嫌(きら)いなのですか?
嫌(きら)いというか・・・
腰が抜けるほどの・・・
朱火狐:
そんな事を知ってどうする
お千代:
覚超様のお話によりますと、朱火狐(あかね)様は、相当(そうとう)お強いとか・・
それほどお強い朱火狐(あかね)様が、どうしてなのかと思いまして
朱火狐:
昔・・・・ちょっとあってな
お千代:
ちょっと・・・ですか
朱火狐:
あまり、いい話じゃない
お千代:
そうですか・・・
朱火狐:
あぁ・・・・
(少しの間、黙る朱火狐)
朱火狐:
昔な、女に騙されたのだ
お千代:
騙されたのですか? 朱火狐様が?
朱火狐:
あぁ、
騙されただけであれば、まぁそれでよかったんだがな
その女が、俗にいう魔性の女でな・・・
お千代:
魔性の・・・
朱火狐:
俺は生来(せいらい)、人の嘘というものが、大概(たいがい)分かる
いや、分かると思っていた
だが、その女は、嘘なのか、本当なのか、はたまた冗談なのか・・・
そういう事が全く分からん女だった
全部嘘だと思っていても、「本当かもしれない」・・・そう思わされてしまう
お千代:
まぁ、そんな・・・
朱火狐:
可愛い顔をして、やることは、大層(たいそう)えげつなく、残酷だ
そして、どんな残酷な事をしても、そいつは可愛く笑う
その笑顔からは、嘘のかけらすら見えん
人間の女とは、これほど醜(みにく)くて、怖いものなのかと思ったよ
それこそ、物の怪より、よほど恐(おそ)ろしいわ
お千代:
そうでしたか・・・
朱火狐:
それからだ、女に触(さわ)られると、背中に虫唾(むしず)が走って、
足腰がいう事を利かなくなるようになったのは・・・
お千代:
物の怪よりもだなんて・・
朱火狐:
物の怪ってのはな
生まれついての物の怪と、人間や動物が、途中で物の怪に化(ば)けるものがある
物の怪になるような、人間や動物ってのは、
大概、純真な心を持っていたり、一途な奴らだったりするのさ
その純真な思いが、惨(むご)く打ち砕かれた時に、魔(ま)に取りつかれて、物の怪になる
朱火狐:
まぁ、それでも、物の怪になっちまったもんに同情はしないがな
お千代:
そうなんですか・・・
朱火狐:
だから、俺にとっちゃぁ、物の怪よりも、人間の女の方がよほど怖いな
お千代:
そんな事が・・・
(涙ぐむお千代)
朱火狐:
お千代、泣いておるのか
お千代:
はい・・・
朱火狐:
なぜ、泣く
お千代:
朱火狐(あかね)様に申し訳がなくて
朱火狐:
なぜお前が謝るのだ
お千代:
人間の女性(にょしょう)には、確かに魔性(ましょう)がありましょう
それに苦しめられていながら、私を助けて下さるなんて
朱火狐:
それは何度も言っておるだろ、覚超が・・
お千代:
いいえ
朱火狐:
・・・・・
お千代:
朱火狐(あかね)様
(朱火狐にさわるお千代)
朱火狐:
な、何をする
俺に、さ、触るな
お千代:
朱火狐(あかね)様、腰は抜けますか?
朱火狐:
い・・いや・・・今は、大丈夫なようだ
お千代:
やはり・・・そうですか
朱火狐:
ど、どういう事だ?
お千代:
私はまだ、男の方を知りません
ですから、朱火狐(あかね)様の嫌う、魔性もないのでございましょう
朱火狐:
でも、昨晩は、お前に抱きつかれて、俺の腰は抜けたぞ
お千代:
それは、おそらく
小姓(こしょう)の恰好をした私が、突然、女性(にょしょう)だと分かって
驚いたからではないでしょうか
朱火狐:
そうなのか・・・
お千代:
はい、おそらく
ですが、今は初めから私だと分かっているので、大丈夫なのだと思います。
朱火狐:
そ・・・そうか・・・お、お前のいう事は、とりあえず分かった・・・
で、でも、あまり触(さわ)るなよ
お千代:
いいえ、理由が分かれば、もう少し触(ふ)れても・・・
(もっと触るおちよ)
朱火狐:
だから・・・・
あまり触(さわ)るなと・・
お千代:
でも、大丈夫で御座(ござ)いましょう?
朱火狐:
あ・・・あぁ・・・まぁ・・そうだが・・・
お千代:
やはり、私のような女であれば、朱火狐(あかね)様も、苦手にする事もないのですね
よかった・・・
朱火狐:
お千代、それを覚超には言うなよ
くれぐれもだ
お千代:
何故(なぜ)ですか?
朱火狐:
何故(なぜ)って・・・
生娘(きむすめ)しか、受け付けられぬ物の怪など
あいつにとっては、格好(かっこう)の「からかい道具」にしかならん
お千代:
そうなんですか・・・
朱火狐:
あいつは、そういう奴だ
お千代:
わかりました。
では、覚超様には秘密にしておきます。
お千代:
ですから・・・もう少し・・
(朱火狐によりそうように触れるお千代)
朱火狐:
こら・・お千代・・ふざけるなって
そんなに・・・
おい、もう少し、はなれ・・
お千代:
いいえ、もうしばらく
こうさせていて下さいませ
朱火狐:
ちょっ・・・お千代
お千代:
先日の夜、覚超様に言われ、朱火狐(あかね)様にしがみ付いた時も、そうでした。
朱火狐様からは、兄のような温(ぬく)もりを感じるのです
なんとも懐(なつ)かしいような温もりを・・・
ですから、もうしばらく・・
朱火狐:
・・・・
お千代:
朱火狐様・・・
朱火狐:
どうした?
お千代:
朱火狐様は、女性(にょしょう)の姿をして、おいでですが
男性(だんせい)なのですか?
朱火狐:
いや、俺は生まれついての物の怪なのでな
男も女もない
だから番(つがい)も持たぬ
ただ生きて、ただ死んでいくだけだ
お千代:
そうですか・・・
(もっと身体を預けるお千代)
朱火狐:
お千代・・・そう、くっついて来るな・・・
腕を外(はず)せ・・・
お千代:
ダメです
朱火狐:
ダメって・・・お前・・
お千代:
私はいずれ、人の決めた、何方(どなた)かの元に嫁ぐ事になるでしょう
そうなれば、否が応でも、私は男の方を知る事になります。
男の方を知ってしまえば、もう、朱火狐様に触(さわ)れられなく、なってしまいます
朱火狐:
・・・・
お千代:
ですから、今だけは、こうしていさせて下さい。
朱火狐:
うーん、
お千代:
いけませんか?
朱火狐:
覚超には、見られたくない姿だな・・・
お千代:
うふ・・・朱火狐様ったら・・・
朱火狐:
・・・・
(しばらく寄り添う二人)
お千代:
朱火狐(あかね)様
朱火狐:
ん?
お千代:
朱火狐様は、明日、覚超様と、また何処(どこ)かへ行かれるのでしょ?
朱火狐:
いや、覚超とは行かねぇよ
あいつとは、腐れ縁ではあるがな
別に相方(あいかた)という訳でもない
朱火狐:
俺はただ、ここには酒を飲みに寄(よ)っただけだ
お千代:
そうなんでか
朱火狐:
時雨烏(しぐれがらす)も、もう俺の元には無いしな
覚超とは、また会う事があるかどうかすらも分からん
だから、あいつがどうするのかに関わらず
俺は今夜中に、ここを出るつもりだ
お千代:
そうですから・・・
朱火狐様、それでしたら!
朱火狐:
ん?
お千代:
私も一緒に連れて行って頂けませんか?
朱火狐:
どうしてだ?
お千代:
先程も、申し上げましたように
私は、この村にいまても、人の決めた、好きでもない方と、添い遂げなければなりません。
もう、兄も父も、この村にはいませんし
いっそ、このまま朱火狐様に付いて行くのも・・・
朱火狐:
ダメだな
お千代:
どうしてですか?
私が足手(あしで)まとい、だからですか?
朱火狐:
「足手まとい」というより
俺といても、お前はすぐに死ぬ
いつも守ってやれるとは、限らぬからな
お千代:
それでも構いません
兄と父の仇を打てたのですから、もう思い残す事も
朱火狐:
ダメだ
お千代:
朱火狐(あかね)様・・・
朱火狐:
もう・・・・
連れに
死なれるのは、かなわんのだ・・・
お千代:
それは、昔、どなたかと
朱火狐:
三百年も生きているとな
いろいろあるのだ
お千代:
・・・・・
朱火狐:
まぁ、その話は、もういいだろう
さて、俺はもう行くことにするよ
お千代:
そんな・・・もう少し御傍(おそば)に、いさせてください。
朱火狐:
これ以上いても、つまらぬ昔話を、させられそうだからな
お千代:
申し訳ございません
もう、お聞き致しません
ですから、もうしばらく、ここに居てください
お願いいたします
朱火狐:
いや、やめておく
お互い、情が移ると、後々面倒だしな
お千代:
朱火狐様・・
朱火狐:
お千代、お前とは、もう会う事もないだろう
お千代:
そんな・・朱火狐(あかね)様
朱火狐:
お千代、
俺は生まれついての物の怪だからな
人間の幸せってのが、どういうもんか、よく分からんが
まぁ、達者で暮らしてくれ
朱火狐:
じゃぁな
お千代:
朱火狐様!・・・
(朱火狐が何処か闇の中へ消えていく)
(少しして)
(宴場所から、覚超が出て来る)
覚超:
うー
久しぶりの酒は美味いのう
(お千代が佇んでいるのを見つける覚超)
覚超:
おお、お千代ではないか、そんな所におったのか
お千代:・・・・
覚超:
ところで、先ほどから朱火狐(あかね)の姿が見えぬが、お千代は知らぬか?
お千代:朱火狐様でしたら、もう行かれてしまいました。
覚超:
そうか、まったく、せっかちや奴よのう・・・
さて、拙僧(せっそう)は、もう少し飲んでおこうかのう
さぁ、お千代もまいれ
(朱火狐の消えた方向をずっと見つめるお千代)
覚超:
ん?
どうした、その方向に何かおるのか?
お千代:
いえ、朱火狐様が消えていった方向を見つめているだけでございます。
(何かを察する覚超)
覚超:
ほう、朱火狐と何かあったのか?
お千代:
いえ、何も・・・
ただ、朱火狐様は、もう私とは会うこともないと仰っておりましたので
名残を惜しんでおりました。
覚超:
そうであったか
お千代:
はい・・・私は・・・
覚超:
だがな、お千代
「会うことはない」とは、朱火狐が言うておるだけであろう
お千代:
え?
覚超:
拙僧とも「もう会わぬ」と言うておったがな、こうしてまた会う事もある。
会いたくなくとも、縁があれば、そうもいかんのでなぁ
まぁ、もう会わぬかどうかは、お千代次第ではないのか
お千代:
あっ・・・
(覚超の言葉に、何かを見出したお千代、それを見てニヤつく覚超)
覚超:
ふふふ、どうやら何をすべきか分かったようじゃの
さて、こんな所に長居(ながい)をすると、酔いも醒(さ)めてしまうわい
拙僧は、もう少し酒を飲むとするかな
さぁ、お千代も参(まい)れ、酌をする相手が居らぬとつまらぬのでな
お千代:
はい! 今参ります。
(覚超とお千代が、宴の中へ消えていく)
完
破戒僧「覚超」物の怪退治(合冊版) Danzig @Danzig999
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