第4話 アンドロイドへの願い 


 砂漠に一人置いて行かれた僕は足が必要だった。しかも、ヘリが爆破されたのだ。自分の身は自分で守らなくちゃぁいけない。選んだのはホイール式バイク、ミツビシ431Kである。


 軍用に開発されたもので、地面との摩擦で走行するタイプのマシーン、両サイドにブラスターを搭載していた。僕は早速、車両認識コードを読み上げた。ネットが返答をした。


「接続拒否」


 拒否? 拒否ってなんだ。ハッキングとは考えにくい。ウイルス対策ソフトやスパイウェア対策ソフトならあの父が自らの手よって絶えず更新しているはず。ならば考えうるは、父。


 意図的にネットを遮断している。例えばだ、敵がいたとしてヘリを撃ち落としたとしよう。その形跡は見えなかったし、もしそうだとしたら今頃はJ815の奪い合いでメネスズロータリーは戦闘状態だ。ディノスのロボットが砂漠からうようよ現れ、銃弾が飛び交い、ミサイルが降って来る。なのに、この静けさ。


 ディノスの庭でディノスに悟られずにこんな芸当をやってのけるのは、父以外ありえない。ヘリのAIに侵入しプログラムを変更、搭載していたミサイルとか兵器とかを爆破させる。


 だが、それとてしっくりはこない。やはり、この静けさだ。別の見方も出来ないわけではない。父がJ815を助けたとしたら。


 それならば、ディノスだ。やつは自分の秘密を闇に葬るべくJ815を金属片に変えたかった。それでやつは考えた。ヘリでJ815を引き取り、ケイティー諸共自分の庭でそのヘリごとJ815を灰燼に帰す。


 つまり、ヘリの爆破は既定路線だった。当然それなりの爆薬がヘリに搭載されている、ということになる。


 ならば、この静けさはしっくりくる。今頃ディノスはシャンパンを開け、悦に入っているだろう。そしてケイティーはというと、その事実をさっきのことで理解した。ヘリを呼び直しでもすりゃぁディノスが何をやらかすか分かったものではない。


 そもそもディノスは、J815を探し出し、それを買い取り、さらにはメネスズロータリーまでの護衛を任せられる人物を探していた。J815が月にいることまで分かっているとなるとこれは探偵の仕事ではない。ほぼ、用心棒の仕事だ。ディノスが僕を見て不貞腐れるのも納得がいく。


 しかし、父は僕に何をしろというのか。別にディノスの秘密なんて興味がない。けど、ネットは父に遮断され、帰りの足を奪われている。おそらくは、どことも連絡はつかないだろう。この僕に、J815を助けに行けとでも父は言いたいのか。


 行くか、行くまいか。だが、迷っているまさにこの間、J815はディノスの私邸へと向かっている。ケイティーも一緒だ。その道中で、計画が失敗したと気付いたディノスが攻撃を仕掛けてくるとも限らない。


 ケイティーが無残に破壊され、金属片で転がっている姿を想像すると、やっぱりやりきれない。父も行けと言うのだ。仕方がないじゃないか、ハーメン・バトリー。


「リアクター起動」


 バックルのプロペラが回転し、大気を吸い込み始めた。エネルギーが充填されるまで三分。その充填状況を示すバーが3Dとなって砂漠の風景の中に現れた。


 反重力装置の場合、飛行速度が最大だったらエネルギー満タンで三十分間の使用が可能だ。だが、加速装置に限ってはたったの五秒。


 時間の差は使用エネルギーの量が関係している。その穴埋めにバッテリーが装備されていないわけじゃぁない。バッテリーがあるにはあるがてんでダメなだけだった。コンパクトにし過ぎたあまり、バッテリーと言うにはお粗末な代物となった。ゆえに使用直前の充填を余儀なくされる。


 充填時間は三分。木星探査での緊急事態が使用目的だっただけに、これでは使い物にならない。木星は重力が10Gあるのにもかかわらず、秒速180メートルの嵐。地球上で観測される竜巻でさえ秒速140メートルなのだ。


 僕はというと、やはりイライラして充填を待っていた。案外ケイティーは悠悠ゆうゆうとディノスの私邸に向かっているのかもしれない。でもやっぱり、襲われる可能性だって捨てきれない。


 やっと三分。メネスズロータリーの位置は、敷地の境界線とディノスの私邸とのほぼ中間点にある。最大速度で飛べばここから私邸まで約十五分だ。


 一つ付け加えるなら、リアクターの残ったエネルギーはバッテリーの性能から早々に放出してしまわなければならない。環境には滅法悪いが仕方がない。バッテリーに溜めたままだと数分で、僕の体は一片いっぺんも残らず消し飛んでしまう。


「反重力装置」


 左脇のボタンを叩いた。紫色の光子に覆われた僕の体が一メートルほど浮いた。胸ポケットからライトを取り出す。僕は、体を水平にし、ライトを持った右手を前に突き出す。夜間の飛行はライトが不可欠だ。


 古臭いが、僕の飛ぶそのかっこはまるで1900年代に発表されたアメリカンコミックのヒーローのようだった。一本に伸びる道を、ライトの明かりが進んでいく。


 中央に敷かれた破線の一つ一つが、銃弾のように次々に僕へと向かってくる。しむらくはコミックヒーローだ。赤いマントをなびかせて大空を自由自在に飛翔する。僕の高度はまるで地を這うようなのだ。


 だが、しかし、これはベルトの性能が悪いわけでない。思っていた通り、舗装された路面上は安全であった。トラップや砲撃の気配はない。この分ではケイティーらは無事、私邸に着けたことであろう。そして実際に、大破しているホンダを僕は目にすることはなかった。


 私邸を前にして反重力装置を解除した。風向きを確かめ、ベルトのプロペラを逆回転させる。放出されたエネルギーは嵐雲のごとく、幾つもの小さな稲妻を放ちつつ風に流され消えていった。


 突然、ネットが起動した。私邸の見取り図とセキュリティーカメラの映像が次から次へと僕のコンタクトレンズに送られてくる。そのどれもが、砂漠をバックに3Dとなって僕の前に浮かんでいた。


「はりきってるな、父さん」


 嬉しさを隠そうともしない。しゃくさわるけれども、可愛げもある。それがかえって僕の反抗心を和らげた。やれやれと、いつもながらにそう思い、父のやりたいようにさせる。


 ディノスはというと、地下五階のオフィスにいた。僕が契約書をサインした場所だ。


 ケイティーとJ815もそこにいた。ディノスとJ815向かい合っている。僕のイヤホンに音声が流れてきた。


「会いたかった、ボビー」


 ディノスの声であった。感激で声は震えている。その映像はというと、涙を流しJ815を抱きしめるディノスの画。


 映画でも見ているかのような感動的な場面だった。ビル・メネスの子として生を受けたディノスの幼少期を想像するとこみ上げてくるものがある。おそらく彼は、孤独だったのだろう、心に空いた穴を埋められたのはJ815だけだった。


 映像が切り替わった。地下五階のエレベーターホールが映し出された。カメラの視野は移動し、映像はまっすぐ伸びる廊下に変わった。


 するとそこに、四つ足蟹型のロボット一体が廊下狭しと現れた。一方で、ディノスの声がイヤホンから流れてきた。


「僕のお願いを聞いてくれるかい? ボビー」


 お願い? 命令ではなく? 蟹型ロボットに嫌悪感を抱いていた僕は、ディノスの言葉に引っ掛かってしまった。


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