第3話 ロボット三原則
さして危険な仕事だと思えなかった。けど、ディノスのその物言いに僕は引っ掛かった。本心は元軍人とか元捜査官に仕事を発注したかった、とも聞こえる。
報道だとディノスはアメリカ合衆国の大統領選に出馬しようとしている。探し求めるJ815は彼の何か、重大な秘密を握っている。ディノスの身を
だが、終わってみれば、ディノスが恐れたほどの難しい仕事ではなかった。僕は二体のアンドロイドと共に無事、メネスズロータリーに降り立つことが出来た。その船はというと折り返し、月へと向かっていった。
残された僕ら一人と二体は、滑走路でメネス社のヘリを待つことになった。砂漠は一日の寒暖差が激しい。
乾いた冷たい風が僕の頬を
実際ディノスに会えたことには満足している。どこにでもいるセレブのおぼっちゃんだったが、映像で見るよりは色男で、雰囲気が違った。
王者のたたずまいというのだろうか、それで大統領にでもなろうもんなら大したもんだ。僕とは大違い。文字通り、世界の覇者となる。
月からの旅は正直、心躍った。船窓から青い地球を見るフリをして彼女の横顔をずっと眺めていた。
美人は三日経てば
造形美とでもいうのだろうか。名車のフォルムを
確かに、愛車にニックネームを付けて恋人のように接する
父の遺品のどれかを闇に流せば、ケイティーと同形品を手に入れることが出来るだろう。維持費はどれ位かかるのか、燃費はどの程度なのか。後でネットで調べてみよう。僕の心は完全にあさっての方を向いていた。
と、そこへいきなりである。辺りがカッと明るくなったと思うと轟音にみまわれた。僕は反射的に、音が鳴った方を背にし、頭を覆った。間髪入れず突風が、津波のように押し寄せて来て、通り過ぎる。砂塵の壁がみるみるうちに遠ざかって行った。
静寂に包まれた。恐る恐る振り返ると、思っていた通り、迎えに来たヘリのランプは夜空から消え失せていた。
僕の仕事は終わらなかった。いや、これから始まるのだろう。ケイティーは呆然と立ち尽くしていた。余りにもショックで僕は、不覚にもケイティーに対して人間的な表現をしてしまったが、ケイティーが今、フリーズしているのは不具合ではなく、今後どうするかの答えをそのAIが探し求めているためなのだ。
ヘリをもう一度呼び直すか。彼女は選択を迫られていることだろう。彼女に与えられた命令は至極簡単。J815をディノスのもとへ連れて行く。だがなぜか、呼ぶ素振りは微塵たりとも見せてはいなかった。
一方で、J815は相変わらずの暗い上目遣いのままで、この異変に浮ついた様子は全くない。子育てロボットは友達ロボットでもあるから表情豊かにプログラムされている。それがこの調子だとある程度はこの事態を予測していた、ということになる。
そこへグッドタイミングなのかどうか、何事もなかったかのように無人のエアスクーターがオートでやってきた。仕事を終えたと思った僕が帰りのために呼んでおいていたものだ。
愛車のホンダ・センシング。残念ながら一人乗りであった。J815は子供と同じ大きさだから無理矢理同乗させることが出来るだろう。僕は、J815をディノスの私邸まで運ばなければならない。もちろん、追加料金は請求する。が、やはりケイティーとはここでさよならだ。
ふと、そのケイティーがJ815を抱き上げた。僕は、はっとした。コルトZR2をホルスターから抜いた。
「J815を離せ、今すぐだ」
「いいえ、私はこうしてちゃんと受け取ったわ。あなたの仕事はここまでよ」
「ケイティー、君のAIは正常か? なぜヘリを呼ぼうとしない」
「大丈夫。あなたのホンダがあるわ」
「馬鹿を言え! 依頼品を持っていかれた上に僕の物まで持っていかれたんじゃぁ、洒落にもならない」
「ちゃんと返すわ」
「いいや、だめだ。やはり君は正常ではない」
ケイティーが何と言おうともそれだけは譲れない。ケイティーのAIはプログラムが一部を変更されているかもしれないし、AI自体を乗っ取られている可能性だってあり得る。何たって、目の前でヘリが爆破されたのだ。それなのにケイティーはというと、追加のヘリを呼ぼうとしない。疑わないって方がどうかしている。
「いいわ」
そう言うと彼女は、僕に背を向けた。そしてうなじを見せる。J815も僕にそうやった。ケイティーは僕に製造ナンバーを見せる気だ。
「製造ナンバー、9G6WZC776」
彼女の言った通り、それがうなじに刻印されていた。
「あなたのコンタクトレンズとイヤホン、ネットにつながっているんでしょ。照合してスキャンするといいわ」
確かに、それはいい案でもある。彼女自身、プログラムが変更されているのを気付けていないって場合もあるし、時限式のウイルスだってあり得る。僕は早速、キャメロン社のHPを訪れた。製造ナンバーを読み上げる。
「当社の製品をお買い上げ頂き、ありがとうございます」
キャメロン社はお決まりの挨拶を始めた。僕は当然スキップして、スキャンする手順に進んだ。果たして、ケイティーのスキャンが始まった。見慣れた砂漠の風景に3Dのバーが浮いたように現れ、左から右へと緑色に埋められていく。それがやがて緑一色に変わった時、文字が現れ、アナウンスが聞こえた。
「検出された項目0、修正した項目0、ロボット三原則正常」
僕は言った。
「オーケー、君は買ってきた時そのまんまだ」
「気がすんだ?」
「ああ。だけどホンダはやっぱり貸せない。やっぱり僕が行く」
「これはあなたを守るためでもあるの。悪く思わないでね」
J815を抱かえたまま、僕のホンダに
あなたを守る。それがケイティーの僕へ残した言葉だった。だがそれは、愛情でなければ、友情でもない。僕を大切に思ったわけではないのだ。
『ロボット三原則』。アイザック・アシモフという二十世紀の小説家が考えたロボットの安全装置である。
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、
ケイティーが僕を守るのは、プログラムされてのことなんだ。別にアンドロイド相手に期待していたわけでもない。
けど、もの寂しさだけが僕の心に残った。
「なんだい、一人残されるのはいつものことじゃないか、がっかりするな。な、ハーメン・バトリー」
アリゾナの冷えた風に当たって、頭を冷やしたい気分だった。
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