第2話 娼婦兼秘書アンドロイド ケイティー
ディノスから請けた仕事は簡単だった。保育アンドロイドを確保し、ディノスに手渡すことである。そのアンドロイドの所在をディノスが大体掴んでいるとなると、何かの事情があってメナスの名前を隠しておきたい、ということだ。
それについてディノスは一言も触れなかった。保育アンドロイドの製品名はJ815、製造ナンバーHMS03875。僕の調べによれば近年、政界で活躍目覚ましいトム・ハリスも、ヘンドリック・カーターもJ815を買い与えられていた。
スポーツのスター選手の何人かも幼少期、J815と一緒にいたとネットにはある。天才と称された幾人かの科学者もしかり。それに比べ他社製品は貧弱だった。社会で芽が出た人のほとんどがJ815の使用者だった。
このように他社製品と比べてJ815の性能は顕著であったから今なお人気で、中古といえどもその価格は低レベルの新製品を買うに等しかった。同時期に流行ったG5などの中古と比べたら、五十倍の価格で取引されているという。
そのJ815、製造ナンバーHMS03875は予想以上に早く見つかった。名機だったというのもある。しらみつぶしに探せば何とかなると思っていたが運もあったのだろう、リストにある上から順に三つ目で探し当てた。
一見、どこにでもいる五歳児のように思えた。だが、黒髪にもの寂しげな笑顔、少しばかり陰気臭かったが彼の瞳には、聡明さを感じる輝きがあった。まるで人生に
「ビル・メネスを知っているか?」
「はい、色々と教えてもらいました」
思っていた通りであった。ディノスはこのアンドロイドと一緒にいた。それが今になってなぜ、買い戻そうとしたのか。現在、J815のオーナーは三十代の夫婦だった。札束で頬を叩くようにして僕はJ815をこの二人から、いや、その子供から取り上げた。
とはいえ、仕事上、やはり製造ナンバーは必要だった。確認するために、J815に後ろ髪を上げさせた。『HMS03875』と刻まれていた。僕はそれを写真に撮ってディノスの秘書、ケイティーに送った。果たして、そのケイティー自らがメネス社の船に乗って月へとやって来た。
僕はこのケイティーもアンドロイドだと思っている。ディノスが言ったのだ。HMS03875を発見したらケイティーに連絡しろと。
ディノスが自分の秘書をファーストネームで呼ぼうとも、なんら不思議ではない。そういう間柄なんだろうな、と思うだけだが、ディノスは僕に対してもファミリーネームを使わずにケイティーと言った。
人間同士でそういう関係ならディノスは尚更ファミリーネームを僕に教える。おそらくは、ケイティーとしか言いようがないのだろう。
つまり、猫とか、ペットの名と同じだ。いや、ペットの方がまだましだろう。気の利いた病院に行けば飼主のファミリーネームをペットの名前にくっ付けてくれる。
もし、僕のこの推測が間違っていたとしたならケイティーに対して失礼この上ないだろう。だが、ケイティーがアンドロイドだと思う理由はこれだけではない。
ケイティーは完璧すぎたのだ。長い手足に小さい顔、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。フォルムはもちろんのこと、その面持ちも余りに美しかった。彼女がなんていう製品かも大体わかる。ネットで検索するまでもなく娼婦兼秘書のDDH10なのはまず間違いない。
ディノスと会ったあの時、彼女はディノスの後ろ、その壁際に立っていた。僕はというと、部屋中央にある机の横で馬鹿みたいに、ディノスに声を掛けられているのをじっと待っていた。
掛けられる言葉は、ようこそ、でもいいし、名前は? でもいい。座り給えなら尚更いい。けど、帰り給えでも別に良かった。おそらくは、彼の目には僕がカレッジボーイに毛が生えた青二才に写っていたのだろう。
職に困って探偵か? ならば月で働けばいい、月では採掘やらコロニーのガラス拭きやら仕事はごまんとある。と、まぁ、そんな声がディノスの物言わぬ口から聞こえてきそうだった。
そのディノスが振り返ってケイティーを見た。彼女はというと、何を言わんか分かっているようで、こくっとうなずくと僕の方に向かって来た。やがては僕の横に立ち、何を思ったのか僕の
怪しく、その指を、襟の縫い目に沿って滑らしていく。そしてジャケットのボタンを外し、その裾を捲った。
ディノスは、ほーっと声を上げた。僕は、バックルのばかデカイ不格好なベルトをしていた。それが彼の目に止まったのだ。
「リアクターか」
木星探査用に作られたベルトだが、計画が打ち切られた時、全て破棄された。バックルに装着されたプロペラが回ることで大気から物質を取り込んで分解、その素粒子からエネルギーを得るというしろものだった。だが、それはまだ完全ではない。それゆえに破棄されたという。
「右脇のボタンは加速装置、左脇は反重力装置だな。どこで手に入れた?」
少なからずメナス社はこのベルトに関わっていた。リアクターはビル・メナスの発明が応用されていたのである。僕が言えることはただ一つ。
「言えない」
ディノスは、組んでいた腕を解き、机から離れて自らの足で立った。一方で、横にいたケイティーはというと、僕の後ろへ回り込んでいた。その彼女の手が、今度は僕の左脇腹を通っていやらしく僕の体をなでまわした。唐突に、僕のジャケットが引ん
「コルトZR2」
「戦闘用強化シャツ。R13-ギャラクシー」
一見、市販されている体温調整用ストレッチ式ハイネックシャツだったが、手触りが違った。戦闘用は厚手で、スポンジのような弾力がある。だが、彼女は
「イヤホンね」
彼女は正面に回ると今度は離れるどころか自ら顔を近づけてきた。大きな
「コンタクトレンズ。左目は戦闘用ソフト。右目はなに?」
すぐそこにある濡れた唇が僕を挑発した。鼓動を抑え付け、平然を装い、僕は必死に言った。
「イヤホンとセットだ。だだのネット端子さ」
彼女は微笑んだ。そして、僕の両頬に手を添えた。まるでキスしてくれるかのようであった。だが、その実、彼女は僕の心拍数を見ている。小指はしっかりと頸動脈に当てられていた。僕の言葉が本当かどうかを確かめているのだ。
彼女は
「ごまんといる探偵の中から、AIが君を選んだ理由が分かったよ。元捜査官ならマスコミに面は割れている。元軍人なら諜報機関が嗅ぎまわるだろう。君の経歴はまっさらでその点はかなりよかったが、逆にそこが心配だった。この仕事は君に任そう。さぁ、そこに座ってくれ。契約書にサインだ」
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