2-7 解放された夜

「……」


 リゾートのこじんまりした寝室。清潔な寝台に座り込んだまま、俺はまだ迷っていた。隣にはマリーリ王女がちょこんと腰を下ろしている。ピピンとアンリエッタは、急遽押さえた別の部屋に下がっている。


「……」


 いいのかな、こんなんで。「道標」の言うがままに、王女と関係を持つなどと……。たしかにあいつは情報を与えたあと、俺達を解放してくれた。それに呪い云々についても、姫には悪夢の記憶があった。だがそれだって、「道標」がなんらかの意図の元に単に王女に悪夢を挿入しただけかもしれない。たとえば……孤児の俺と関係を持たせることで姫様の無謬性に傷を付け、王室内反乱を導いて王位継承権を放棄させるとか……。


「なにを考えておられるのです、エヴァンス様」


 俺の手に、手を重ねてくる。


「いや……別に」

「決断が鈍っておられるのですね」


 澄んだ瞳で、俺をじっと見つめてくる。


「あまりにも話ができすぎていると」

「まあ……な」


 マリーリ王女は賢い。俺の考えなど、筒抜けも同然だろう。


「たとえこれが陰謀だとしてもよいではないですか。だってわたくしは元々……エヴァンス様と結婚する身の上ですし。少し……予定より早まっただけですわ、婚姻の夜が」


 くすくす笑う。


「お父様には黙っておけばいいのです。正式に婚姻の儀を挙げるまで、わたくしは男を知らぬ身……。それで問題ありません」

「しかしこれが陰謀なら、なにか証拠を掴まれるはずだ」

「まあ怖い……」くすくす

「それなら仲良くしているところを、間諜の方々に目一杯見せつけましょう」

「そうは言うがな……」

「もう口を閉じましょう。……せっかくふたりだけの夜。エヴァンス様の口は、悩み事を告げるためのものではないでしょう」

「……ならなんだよ」

「その唇は……」


 伸ばしてきた指で、俺の唇を優しく撫でる。愛撫するかのように。


「わたくしにキスをするため。そうして……わたくしの肌を辿るため。今後一生、エヴァンス様しか受け入れない、わたくしの体を」

「姫……」

「エヴァンス様……」


 顔が近づいてくると、姫は瞳を閉じた。俺に唇を許すために。


         ●


「……」

「……」


 裸の王女は、俺に体を寄せている。肌には汗の玉が浮かび、頬には涙の流れた跡があった。ふたりの胸は、ぴったりくっついている。姫の胸の先から汗が落ち、俺の胸に流れた。


「エヴァンス様……」


 体を起こすと、首に唇を着けてきた。姫の体からいい香りが漂い、髪が俺の胸をくすぐった。


「素敵でしたわ。……優しくして頂けてわたくし、幸せです」

「痛そうだった」

「それでも幸せです。多分……生まれてから一番幸せ」


 また唇にキスしてくる。


「アンリエッタお姉様に……少しは近づけたかしら」

「ふたりとも大好きさ。どっちが上とかはない」

「ふふっ……」


 姫が笑うと胸の先が揺れ、俺の胸を快く刺激した。


「さすがはエヴァンス様。固有ダンジョンで次世界を創造している創造主様だけありますね。多くの姫様と共に。どの娘もきちんと扱っていらして……」

「姫……じゃなくて、モンスターだよ」

「覇者と共に世界を作る連れ合いですよ。皆、その種族の姫様も同然ではありませんか」


 そう言われれば、たしかにそうかな。そんな気がする。


「今晩は……このまま眠ってもいいのかしら。アンリエッタお姉様、エヴァンス様と添い寝できないと寂しいに決まっていますもの」

「構わないさ。アンリエッタやピピンもそのつもりだったし」

「でも……」

「もう黙れ」


 強く抱き寄せる。あっ……と声が漏れ、マリーリ王女の体が震えた。


「エヴァンス……様……」

「その口は、話すためのものじゃないだろ、今晩は」

「……は……い」

「お前の唇は、俺のキスを受け入れるためにある。俺が抱いてやったとき、愛の吐息を吐くため、かわいい喘ぎ声を漏らすために」

「一本取られましたね……」くすくす

「ではわたくしは、エヴァンス様に体を任せることと、いたしましょう。エヴァンス様が……満足されるまで」


 俺の手をそっと取ると、自分の胸へと導いた。


「エヴァンス様……お慕い申し上げております」


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