2-6 「道標」の警告

「お前は誰だ」


 自分の声が攻撃的に聞こえないよう、なるだけゆっくり尋ねた。


「私は……道標みちしるべ

「みちしるべ……だと」

「本当の名前を教えなさい」


 マリーリ王女は、まっすぐ暗闇を睨んでいる。


「無礼ではありませんか」

「これは……失礼しました、姫」


 笑い声が聞こえた。


「ですがご勘弁を。そちらに話せばいずれ、アシュルにも知られてしまう」

「アシュル……ってなんだよ。ボス級モンスターか」


 初耳だ。現世でも固有ダンジョンでも聞いたことがない。


「とにかく、私はそこからは見えない場所にいる」


「道標」と名乗った存在は、話を逸らした。


「だからここで話そう、エヴァンス」

「……」


 どうやらこいつ、俺達の素性を知ってるようだ。俺の名前を口にしたし、マリーリのことを姫と呼んだ。油断はできない。


 第一、直接対峙できないとなると、こちらからは物理攻撃をすることは不可能。しかも魔法を撃つにも対象の場所を特定できない。


 それに対し、向こうは砂で生き埋めにするとかなんとか、俺達を攻撃する方法はいくらでもあるだろう。なんせ俺達を謎の穴に落としたわけだし。


 だからなんとしても穏やかな対話・交渉で終わらせたい。どのような話にしろ。


「いいだろう、道標。何の案件か知らんが、話せ」

「エヴァンス、お前は……新世界の創造を行っているな。方舟はこぶねで」

「……なんのことだ」


 相手の意図がわからない。とりあえずとぼけておく。


「隠さなくていい。私にはわかるからな。……とある繋がりがあるから」

「それより俺達に何の用だ。たわごとしか抜かさないなら、とっとと返してくれ。俺達は休暇中だ」

「警告だ」

「警告……」


 アンリエッタが眉を寄せた。


「何の警告ですか、道標さん」

「アシュルに気をつけろ。エヴァンス、お前をつけ狙っている」

「俺を……なんでだよ。俺はただの底辺孤児。誰にも恨まれる筋合いはない」


 恨まれるとしても、学園のビーフくらいだ。だがあんな小物が、俺達の命がどうこうまで踏み込んでくるはずはない。恨みでないとすると、王室絡みの政治的陰謀。それならあり得る。


「まさかとは思うが、王室絡みか」


 こいつは姫様の素性を知っている。王室と俺の関係を匂わせても、今更問題はない。


「王室でも、マクアート家絡みでもない」


 俺達は顔を見合わせた。こいつには、アンリエッタの実家もバレてやがるのか……。


「アシュルって誰。ボクだって知らないよ」

「服務妖精か……」


 声はしばらく沈黙した。


「余計なことに口を突っ込むな。お前は将来、任務と感情に引き裂かれて悩むはず。その心配でもしておれ」

「よ……余計なお世話だよっ」


 なぜか、ピピンは焦っているようだった。


「それより、アシュルのこと話してよ。そいつがエヴァンスを狙ってるって、あんたが教えてくれたんだ。警告するってことは、こっちの味方でしょ」

「ピピンの言うとおりです。あなたも警告者なら、きちんと情報をつまびらかにしなさい」

「姫様……」


 野郎の溜息が聞こえた。


「ごもっともです。ですが、事は既に始まっております。それも……姫様から」

「わ……わたくしから……」

「姫様に対して、致命的な呪いが発動しました。つい最近。アシュルによって。アシュルは……エヴァンスを誘い込んでいるのです」

「ちょっと待て。なにがなにやら……」

「姫様……」


 俺の問いには応えず、道標はマリーリ王女に話し掛けた。


「最近、悪夢を見ましたね。……とても苦しい」

「え、ええ……」


 そういや俺も、その話を聞いた。なんでも虹色に輝く地で、張り付けになっていて激痛が……とか、そんなような。


「それこそが、アシュルの仕業しわざ。お気の毒ですが、死の呪いです。近々、姫様の命の炎は消えるでしょう」

「そんな……」


 王女の瞳が、見る見る潤んだ。


「エヴァンス様……」

「それは本当なのか」

「残念ながら」

「エヴァンスくんを誘い込む罠だと言いましたね、道標様」

「そうだよ、アンリエッタ」

「なぜ直接エヴァンスくんに呪いを掛けないのですか。そのほうが早い」

「お前は賢いな……。さすがは方舟の嫁だ」


 少し沈黙すると、道標は教えてくれた。アシュルとかいう野郎は、直接俺に手出しをできないと。


 だから身近な人物に呪いを掛けた。解呪のためには、アシュルの巣――つまり次元の狭間はざまに赴き、野郎を倒さないとならない。解呪のために踏み込めば、戦闘になる。次元の狭間であれば、アシュルは俺の存在を抹消することが可能。そのために姫を狙ったのだと。


「なあ『道標』」


 俺は呼び掛けた。


「お前の話が本当だという証拠を見せろ。証拠もなしには、そんな話、信じられん」

「そうだよ」


 ピピンも声を張り上げる。


「あんたが呪った本人かも知れないじゃん」

「それとも、『そういう話』にして、エヴァンスくんにそのアシュルを倒させたいだけとか」

「そうそう。姫様の呪いだって、あんたがただ夢を見させただけの、ブラフかもしれないじゃん」

「まあ……そう思うよな」


 しばらく沈黙が続いた。


「ならばエヴァンス、姫を連れて固有ダンジョンに潜れ。そこでザルバに姫を見せるがいい」

「ザルバに……だと」


 こいつ、世界創造の女神、ザルバのことも知ってるのか。今はスライム・リアンの魂の隅に隠れているザルバの……。


「いや、姫を連れて行くことはできん。もう試した」


 無理だったから毎回、姫にはピピンと留守番を頼んでいるわけで。


「それは当然だ。無関係な人間、やがて来たるべき裁きの日に、この世界と共に滅ぶ人間だからな」

「ならどうしろと」


 いらいらしてきた。悟り切ったような、野郎の他人事口調がムカつく。そっちはそうでも、こっちは婚約者の命の話だぞ。


「姫を聖婚相手にすればいいのだ。そうすれば、アンリエッタと同じになる」

「だから向こうに行けないって言ってんだろ。聖婚の地、ヒエロガモスの地に連れてけないんだから、聖婚相手になんかできない」

「この世界で関係を持て。それで鍵は外れる」

「関係って……」

「エヴァンス様……」


 俺と姫は、顔を見合わせた。

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