2 南端リゾート「キャナリアン」

2-1 ビーチリゾートへの道

「あれが……キャナリアン……」


 御者席から身を乗り出して、マリーリ王女が瞳を細めた。


 王国西海岸沿いの街道を、南に下っている。右側には、朝の海、左は低木の林が延々と続いている。高木は強い海風に倒れ自然淘汰されるからだと、道中の宿で聞いた。


 海岸線に沿って道は緩やかな左カーブになっており、低木の林の後ろから、ちょうど都市が見えてきたところだ。


「きれいな街ですわね、エヴァンス様。強い南国の陽光に、きらきらと輝いて」

「王国一のリゾート都市だからな」

「そうね、エヴァンスくん」


 左から、アンリエッタが俺の腕を胸に抱えた。


「なんだか、わくわくしてくる。あそこでエヴァンスくんや姫様と一緒に……」


 そのまま黙ると、肩に頬を擦り寄せてくる。


「幸せ……」

「わたくしも……」


 姫様にも腕を抱かれた。胸を押し付けるようにして。


「おいおい……。ふたりに抱かれたら、手綱が取れないじゃないか」

「大丈夫ですわ、エヴァンス様」


 姫が微笑むと、胸がより押し付けられた。


「王室の馬は賢いのです。ちゃんと目的地を認識していますよ」

「心配なら、ボクが操るよ」


 俺の胸から、ピピンがごそごそ這い出てきた。


「お前を見られたらどうする」

「大丈夫だよ。この街道、交通量少ないもん。それに、ボクが馬の頭に乗ってても、誰も気づかないよ。小さいし、擦れ違うのだって一瞬でしょ」

「まあそうか……」

「だからエヴァンスは、姫様とアンリエッタのこと、ぎゅっとしてあげてよね。ふたりとも、エヴァンスとリゾートに行けるの、前々からすっごく楽しみにしてたんだから」


 言い残すと、飛び出す。俺達の馬車は、二頭曳き。小ぶりな家族馬車に偽装してるからな。魔法で重防御された、王室特注馬車だけど。とにかく右側の馬の頭に、ピピンは舞い降りた。たてがみを握って耳に口を寄せ、なにか馬に話しかけている。


「まあいいか。たしかにあれなら身バレもないだろ」

「そうですわ、エヴァンス様。それよりも……」


 スカートを少しまくるとマリーリ王女は、俺の手を太腿に導いた。


「撫でて下さい。優しく。マリーリ好きだよって……言いながら」

「いいわね。ならわたくしも」


 左手は、アンリエッタの腿に挟まれた。


「ほらエヴァンス、姫様に言うのよ。愛しているって。……もちろん、わたくしにも」

「あ、愛してる……」

「まあ……」


 くすくす笑うと、王女の胸が揺れた。


「英雄エヴァンス様も、アンリエッタお姉様の前では形無しですわね」

「まあ……なんだかんだ、付き合い長いしな」

「付き合いが……深い……でしょう、エヴァンス様」


 姫様は、俺の顔をじっと見上げてきた。


「わたくしも、深いお付き合いをしたいわ」

「そうだな……いずれ……」


 曖昧にごまかした。俺達は婚約したも同然とはいえ、相手は一国の王女だ。あっさり手を出すわけにはいかない。アンリエッタとは関係を持ったというものの、そっちだって聖婚相手だったからだもんな。王女の立場を考えたら、余計に……さ。


 十三歳とはいえ王族だから、その年齢での婿取りや輿入れだって普通にある話だ。政治的なタイミングのほうが、当人ふたりの思惑や年齢よりよっぽど大事だからな。


 とはいえ、俺と姫の婚姻は、「今すぐ政治的に必要な」案件ではない。ゆっくり恋心を育ててからでいいと、俺は考えていた。実際、マリーリ王女は、旅に出てから随分素直で、明るくなった。王宮での「政治的に卒のない才媛」印象は、影を潜めている。王女というペルソナを、俺やアンリエッタの前では纏う必要がないからだろう。


 こうした心の動きは、大事にしてやりたい。そのうち恋心だって抑えきれないほど溢れるようになる。先に進むのは、それからで充分だ。


「エヴァンス……様……」


 さらに身を寄せてくる。


「姫様……」


 太腿を、ゆっくり撫でてやった。膝のすぐ上から、下着に当たるまで。このくらいならいいだろ。タラニス父王にバレたら、腕を斬り落とされるかもしれないけど。


 もぞもぞと、王女は腿を動かし始めた。王女の体が次第に熱を持ってくる。俺の手の動きにつれて時折、体がぴくりと動くようになった。


「エヴァンス……様……」


 姫の唇が、物欲しげに動いた。


「おいで」

「はい……んっ」


 俺の頭を抱え、唇を自分の唇へと導いた。姫とキスしたのは、これが二回目だ。子供のようなかわいらしいキスだが、それでもいい。俺は別にそれ以上を求めているわけではないからな。


 だが驚いたことに、姫の唇は開いた。俺の舌を待つかのように。


 迷ったが、応えることにした。おそらく姫様は、ピピンから、大人のキスについて教えてもらったのだろう。あるいはもしかしたら、アンリエッタから。


「ん……ん……」

「……」

「ん……んん……」

「……」

「エヴァンス様……素敵……」


 唇を離した姫は、うっとりしている。


「わたくし、生涯添い遂げると誓います。エヴァンス様と」

「ありがとうな、姫」

「エヴァンスくん、次はわたくしよ」

「アンリエッタ……」

「んっ……」


 交互に、ふたりを抱き寄せては唇を与えた。キスされ、また体を撫でられて、ふたりの吐息は熱くなった。もじもじと、もどかしげに体を動かしている。ふと気づくと、アンリエッタの手は、俺の下半身に置かれていた。愛おしげに、服の上から撫でている。


「アンリエッタ……」

「エヴァンスくん……」


 また唇を奪っていると、下半身に別の手を感じた。


「これが……殿方の……」


 おずおずと手を置く。アンリエッタの手に導かれるように、姫の手も、ゆっくり動き始めた。


「姫様……」

「エヴァンス様……」

「エヴァンスくん……好き」

「わたくしも……」

「俺もだ。ふたりとも……かわいいぞ」

「嬉しい……あっ……」


 姫様の体がぴくりと震えた。


「どうしよう……わたくし……なんだか体が熱い」

「大丈夫ですよ、姫様」


 アンリエッタはくすくす笑っている。


「好きな人に撫でられると女子は皆、そのようになるのです」

「アンリエッタお姉様も?」

「ええ。もちろん……エヴァンスくんに体を触ってもらったときだけです。他の殿方に触られるなど、論外ですけれど」

「わたくしも……触ってほしい……エヴァンス様だけに。キスしてから、裸の体を……。エヴァンス様……」

「姫……」


 もう一度、キスしてあげた。王女は俺の唇を受け入れている。ぐったりと体を預けたまま。マリーリの胸が、早鐘のように鳴っているのが、腕を通してよくわかる。汗ばんできた太腿で王女は、俺の手をぎゅっと挟み込んだ。


「んっ」


 姫の体が、また震えた。





●皆様良いお年をお迎えください

次話は新年を迎えてから公開予定です


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