1-5 アンリエッタに、俺のマーキング
「さて……」
ヒエロガモスの地。聖婚の寝台から、俺は体を起こした。両脇には、裸のソラス先生とドワーフのヨアンナがすやすや眠っている。抱き着いていたが、俺が起きたのでむにゃむにゃ言いながら、太腿を抱え込んだ。
「そろそろ現実に戻るか。ほら……」
ふたりの頭を撫でてやった。
「もう起きるぞ。服を着よう」
「エヴァンス……くん」
女の子座りになったソラス先生は、ふわあーっ……と、大きく伸びをした。形のいい胸が揺れる。
「先生、幸せだった……。好き……」
キスしてきたので、背中を撫でてやった。
「またすぐ戻るからさ」
「うん……」
言いながらも名残惜しそうに、触れてきた。
「おとこのこって不思議。面白い体の仕組みだし……」
「また今度な……」
そっと、手を外してやった。あまり刺激されると、またぞろ反応してしまう。
「予定より一泊増えた。俺とアンリエッタはもう戻らないと」
実際、一泊だけの予定だったのを、二泊に延ばしている。理由は女の子が想定以上に増えたからだ。「海のおともだち」が集まり始めているからな。最初の一泊で海の子ふたりに聖婚を施したが、翌朝目覚めると別の子が到着していた。それにもちろん、初めての娘以外とも儀式を続けないとならない。俺の義務だしな。
「うん。わかってる……。ヨアンナさん、起きましょう」
「ああ」
寝台から立ち上がると、ふたりは服を身に着け始めた。
「アンリエッタ、準備はいいか」
「うん、エヴァンスくん」
アンリエッタはもう服を着終わっていた。
「あっ……」
気づいた。
「ごめん。首にキスマーク着けちゃったな」
夜明け前、無性にアンリエッタといちゃつきたくなって、俺はふと目覚めた。眠っていたアンリエッタの寝台に潜り込むと服を剥ぎ取り、夢うつつのアンリエッタと交わったんだ。そのままアンリエッタはすやすや寝ちゃったから、体を抱きながら俺も二度寝したわけで。
あのとき、昂ぶった心に導かれるまま、体のあちこちを強く吸った。だから首筋だけじゃなく、あちこち痕がついているはずだ。
「あら……いいのよエヴァンスくん」
首筋に手を当てると、アンリエッタは微笑んだ。
「エヴァンスくんに愛された
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「エヴァンスくん……好き」
抱き合う俺達を、バステトが面白そうに見つめていた。しゃくしゃくと果物を食べながら。
「エヴァンスお前、よく飽きないなー。……まああたしも、エヴァンスになら毎日してもらいたいけどさ」
もう午後も遅い。おやつといったところだろう。見るとみんな、わいわいやりながらなにか食べている。
「どうだ……」
くっついてきた。バステトの尻尾は嬉しそうにぶんぶん動いている。
「あたしともう一度してくれないか、エヴァンス」
「そうだな……」
「よし」
バステトの尻尾が絡んできた。俺の胸を、からかうように撫でてくる。
「エヴァンスくん……」
アンリエッタがそっと腕を取った。
「姫様が心配してるわよ。昨日帰らなかったんですもの」
「そうだな」
ひとつ、大きく息をした。
「時間は有限だ。……仕方ないか。おいで、リアン」
「エヴァンスくん」
キスをしてあげた。他の子にも。そうしてたっぷり名残を惜しんでから、俺とアンリエッタは転移扉を召喚した。次の日取りを約束して、俺達は扉を潜る。
●
「あーっ! やっと出たっ!」
エヌマ・イマスから馬車に帰還すると、妖精ピピンが叫んだ。いやお前、バステトとおんなじ反応じゃんよ。
「ねえねえエヴァンス、なんで一日も遅れたのさ、ねえねえ」
俺の頭上を飛び回る。荷室に立つマリーリ王女は、黙ったまま俺達を見ている。
「王女様、心配してたんだからね。固有ダンジョンでなにか事件でも起きたんじゃないかと」
「ごめんごめん」
頭を下げた。
「向こうで次世界の種が芽吹いていてさ。それやこれやで忙しくて」
女の子の相手で忙しかったとは、言えなかった。恥ずかしすぎる。
「まあ……」
マリーリ王女は、口に手を当てた。
「それで……大丈夫だったのですか、エヴァンス様」
「ああ、たいした問題はないよ。ただ……」
言うべきか迷った。だがいずれにしろ教えないとならない。
「ただ、どうやら向こうで忙しくなりそうだ。これまでのように三日に一度、一泊二日……ってわけにはいかなくなるかもな」
「そうですか……」
一瞬、寂しそうな表情になったが、姫様はすぐに微笑んだ。
「さすがはエヴァンス様。神々に選ばれた存在なだけはありますね。わたくしもお支え致します」
「ありがとう」
なんだか心が痛んだが、俺はそれを無理に押し込んだ。心の奥底に。
「姫様のほうはいかがでしたか」
アンリエッタが、姫を気遣った。
「なにかお困り事はありませんでしたか。予定外の宿泊となって」
「大丈夫ですわ、アンリエッタお姉様。ご帰還がどれほど遅れるかわからなかったので念のため、宿には一週間の延泊を申し出ておきました」
「ちゃーんと部屋も取ったよ。毎日馬車泊の練習なんて必要ないからね」
ピピンは姫様の肩に舞い降りた。
「姫様はねエヴァンス、疲れて帰ってくるに違いないエヴァンスとアンリエッタが休めるよう、いちばんいい部屋を押さえてくれたんだよ、ねえねえ」
俺達の旅に、費用の心配はない。タラニス父王が、死ぬほど金を持たせてくれたからな。といってももちろん、大量の金貨など持ち歩くのは危険だし、そもそも重い。だから金貨は少しで、後は全て宝石だ。それも小粒の最上級物。
つまり高額で売れる割に換金しやすく、しかも目立たない。宝石は馬車でも一番わかりにくい場所に隠してある。道中、必要に応じ、街々でひと粒ずつ換金すればいいんだ。ひと粒なら目立たないし、噂を呼ぶこともないからな。
「そうか。……ありがとうな、姫様」
「いいのです」
言いながらも、姫の視線が妙にアンリエッタを捉えていることに、俺は気づいた。アンリエッタというか、アンリエッタの首筋に。そこには俺のマーキングがある。
「じゃあ今晩は、部屋に泊まろう」
王女の腰にそっと手を掛けると、馬車から下りた。
「もう午後も遅い。風呂で汗を流してから、宿の食堂で晩飯にしよう」
「ええ」
姫様は微笑んだ。
「エヴァンス様との晩餐は久しぶり。……楽しみですわ」
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