1-4 次世界の芽
「次世界の……種だと……」
驚いた。だってそうだろ。俺がここで聖婚儀式を始めてから、まだそれほど経ってはいない。なのにもう、世界の萌芽ができてるってのか……。
「こいつが……か」
「ムンムの種」の上、胸くらいの高さに、銀色の光が輝いている。種の上にあるんだから、「芽」と思うのが自然ではある。なんの芽か。ヒエロガモスの地の目的から考えて、次なる世界の芽に違いない。
「まぶしいけど、近くにいても熱くはないな」
「そうね。不思議な光だわ。中心になにかがあるようには見えないし」
まぶしげに、アンリエッタは瞳を細めた。
「触っても大丈夫ですよ、エヴァンスくん」
ソラス先生が眼鏡を直すと、謎の光を反射する。
「調査のために触れてみましたが、何も起こらない。それに熱くもないのです」
「どれ……」
手をかざしてみる。光の中心まで手を進めても、たしかに特段なにも起こらない。ただ……。
「これは……」
特殊な光だった。手をかざそうが、包むように握ろうが、陰りもしない。握った俺の拳を突き抜けて、輝いている。
「やっぱ普通じゃないな」
「この光を遮ることはできないんだよ、エヴァンス」
リアンが付け加えた。
「だけど、その効果はここ、ヒエロガモスの地まで。地上に出るともう、この光は突き抜けないんだあ」
「ここが新世界の子宮なのよ、エヴァンスくん」
アンリエッタの推理は正しそうだ。
「だからその外には光も出ていかないってことか」
「ええ」
「新世界の種は着床し、芽吹いた。……てことは俺はもう、ここで聖婚しなくてもいいのかな。お役御免ってことで。後はこの芽が勝手に育つとかさ」
「それはないと思うよ、エヴァンス」
リアンは首を振った。
「普通の草だって、芽を育てるには、水も栄養も風も必要だよ。だからエヴァンスも、ここヒエロガモスの地に生命の元をもっと注ぎ込まないといけないんじゃないかな」
真剣な瞳だ。
「そうか……」
考えた。いつも天真爛漫だったリアンにしては、珍しい考察だ。そこは奇妙だがリアンの魂には、ザルバという女神が眠っている。ここエヌマ・イナスのダンジョン生成に強い関係を持つ神だ。ザルバの魂がリアンの考察に影響を与えていると考えるのが自然だ。
「つまり、そういうことか……」
「そうそう。ほら……」
リアンに手を握られた。
「初めての娘が、今日も何人かいるよ。聖婚儀式をしてあげて」
リアンがひとり、手を引いてきた。
「は、初めまして、エヴァンス様」
頭を下げたのは、小柄な娘だった。紺ワンピースの水着姿。水色の髪は短く、ボーイッシュな顔立ち。水着に包まれる胸も小さめだが、ウエストが細いのでスタイルはいい。
「君は……」
例の名札には、「セイレーン♡シレーヌ」と書かれている。
「君は人魚か」
このダンジョンのモンスターなので、もちろん人化しており、尾びれではなく脚がある。ただ靴は履いておらず、裸足だった。真っ白の足で、指もきれいに伸びている。
「魂の呼び声に逆らえず、ここまで来ました。どうか、私をエヴァンス様のお相手にお加え下さい。それに……」
俺の手を握ってくれた。コバルトブルーの瞳は澄み切っている。まるで今生まれたばかりの妖精のように。
「それに海のおともだちが、続々とここを目指しています。珍しい、大洋のおともだちも噂を聞き、この大陸沿岸に上陸してきました。その子たちの話では、大洋の向こうに、こちらの誰も知らなかったもうひとつの大陸があるそうです。そしてそこにも、ヒエロガモスと呼ばれる地があるとか」
「マジか……」
「そこもエヴァンスくんを待っているのね」
アンリエッタがくすくす笑った。
「体がいくつあっても足りないわね、エヴァンスくん」
「まあ、それはずっと後でいいだろ。リアンの説が正しいとすれば、この地ですべきことは多い」
「そうね」
アンリエッタは、近くの寝台を示した。
「エヴァンスくん。あそこで休みましょう。シレーヌちゃんも一緒に」
「あの……」
ネコマタのコマが進み出た。
「私もいいかな。……エヴァンスくんと離れ離れで、寂しくって」
「お前はくんくんしたいもんな。いいよ。ほら、おいで」
「あっ! それならあたしもだっ」
バステトが俺の腕を引っ掴んだ。相変わらず乱暴な奴だ。まあ……そこがかわいいんだけどさ。
「朝のくんくん、途中だったからな。いいだろ、エヴァンス」
媚びるようにイヤイヤする。
「いいけどさ……」
そうすると今日は、最初から四人相手か。
「あそこの寝台がいいぞ」
俺の考えを読んだのか、バステトが指差した。
「あれは大きいからな。五人で抱き合ったって、誰かが落ちることもない」
まあいいか。最初にくんくんさせてやれば、コマとバステトはしばらく大人しくなる。そうしたらシレーヌやアンリエッタと愛し合おう。ふたりに優しくしてあげてから、コマとバステトを起こせばいいんだ。ヒトまたたびでうっとりしたふたりの体はもう、いつでも俺を迎える準備ができているはずだからな。これまでのように。
「では行こう」
シレーヌの手を引いた。
「いいな、シレーヌ」
「はい」
嬉しそうに微笑むと、水着に包まれた胸を、俺の腕に押し付けてきた。
「よろしくお願いします、エヴァンス様」
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