12-6 ガレイ地区長官、オーサリヴァン・マクアート。アンリエッタの父。

「お嬢様っ」


 広い前庭に馬車を着けると、屋敷の大扉が開き、侍女や侍従が何人も飛び出してきた。馬車を下りるアンリエッタに手を貸している。


「よくぞお戻りになられた」

「まあまあ……半年も見ないうちに、ご立派になられて」

「ささ、こちらに」

「今か今かと、お父上が部屋を歩き回っておられます」


 下にも置かない扱い。連れ去られるようにして、アンリエッタは扉の奥に消えた。


「……エヴァンス様ですね」


 侍従長だと名乗ったのは、初老の渋い紳士だった。


「お噂は私共も伺っておりますよ。……なんでもタラニス様の御用にて、固有ダンジョンで貴重な品々を探し回っておられるとか」

「まあ、そんな感じです」


 どこまで相手が知っているのかわからなかったので、無難に答えておいた。


「それに本日は、マクアート家本懐に関わる重大事にてお越しとか」

「……」


 俺が黙っていると、付け加えた。


「お嬢様からの便りが、先行して届いております故」

「そうですか」


 当然だが、今日の訪問は事前にアンリエッタが告知してある。その折、重要案件であることは、曖昧な形でほのめかしている。


「ご当主がお待ちです。こちらに。……パーシヴァル様は、栄誉ある近衛兵と伺っております。ご一緒にどうぞ」


 屋敷に通される。香檜こうかいの心安らぐ木の香りが、屋内に漂っている。内装を香檜で統一してあるからだ。天然の香料といったところだろう。


 マクアート家当主は、応接で待っていた。自分とアンリエッタ、それに中年に差し掛かったくらいの女性が下座に陣取り、上座の椅子を俺とパーシヴァルに空けている。女性は顔がアンリエッタにそっくりだから、母親だろう。


「オーサリヴァンだ」

「フィオナです」


 俺とパーシヴァルが席に着くと、ふたりは名乗った。ふたりの脇で、アンリエッタは澄ましている。


「エヴァンスです。名字はありません」

「パーシヴァル・キャンベル、王宮近衛兵です」

「エヴァンス殿のご活躍は耳にしておる。なんでも大戦果を上げ、タラニス様もことほか、お喜びだとか」


 ちらとパーシヴァルの顔を見る。


「タラニス様の賢明なるご判断、我等も心から感服致しております」

「失礼ながらオーサリヴァン様……」


 パーシヴァルが頭を下げた。その姿のまま続ける。


「私は本日、タラニス王の目付け役として参ったのではありません。イド様とグリフィス学園長の命により、エヴァンスとアンリエッタ様を道中、後見してきたまでのこと」

「イド様か……」


 脇の窓に視線を投げると、オーサリヴァン当主は、遠い瞳をした。窓外に大木が葉を揺らしている。


「あの方が背後に控えているのならば、たしかに裏はなさそうだ。さあ……」


 手で促した。


「茶など召されよ」

「領内の泉のほとりでだけ採れる、名産です」


 フィオナさんが付け加えた。


「では遠慮なく……」


 俺とパーシヴァルが茶を味わう間、静寂が流れた。


「オーサリヴァン様……」


 頃合いを見て、俺は切り出した。


「今日はお話があって参上しました」

「うむ……」


 マクアート家当主は頷いた。


「アンリエッタから聞いておる。なんでも……我が家系の悲願に関する話だと」

「はい。おそらく、摂政としてのマクアート家に関わるかと……」


 一度深呼吸すると、俺は話し始めた。


「きっかけは、俺が謎のダンジョンをガチャで引いたことです」

「レアリティーは、前代未聞のエヌマ・イマス。イド様とグリフィスは、世界開闢の叙事詩に関係があると看破しました。さ、エヴァンス……」


 パーシヴァルに瞳で促され、話を続けた。


「俺のダンジョンは、内部でアンリエッタのダンジョンと融合していた。なぜか……」

「固有ダンジョンが、ですか……」

「はい、フィオナ様。俺とアンリエッタは驚き、ふたりで内部の探索を始めました。中には数多くの貴重なアイテムが眠っていて……」

「それが王国を揺るがした、ウルトラレア、レジェンダリーレアの連発という奴だね。噂は流れてきたよ」

「そうです。でもそれはむしろどうでもいいこと。俺のダンジョンには、世界開闢の秘密が眠っていました。俺の先祖が……おそらく今、この世界の創造に関与した。そして俺は、次の世界の創造に関与するのだと」

「なんと……」


 オーサリヴァン当主は唸った。


「それで……我が家系の悲願だと……」

「そういうことですわ、お父様」


 初めて、アンリエッタが口を挟んだ。


「我等マクアート家は、世界創造主たるご主公様の帰還を、代々待っておりました。今こそ、その時ということです」

「エヴァンス殿が……ご主公様の一族なのか……」

「俺は孤児。生まれてすぐの姿で、孤児院の門に捨てられていました。本当の名前すらわかりません。だから正直、俺の先祖がどのように暮らしてきたのか、俺自身にもわからない。でも……俺は、世界に求められている義務は果たすつもりです」


 それから俺は解説した。あの世界で起こったこと。女子化モンスターとの日々。三つの宝箱。ヒエロガモスの地。そうしてそこで行われるべき、聖婚について。


「それで私のところに来たのだね。アンリエッタを聖婚相手とする、その許可をもらいに」

「そうです。その……」


 俺は立ち上がった。


「お嬢様と生涯を共にしたい。許していただけますでしょうか」

「お父様……」


 アンリエッタが駆け寄ってきた。俺の脇に立って頭を下げる。


「これはマクアート家の本懐。蘇ったご主公様をお迎えし仕えることが、摂政家系たるマクアートの本懐だったはずです。それに……」


 俺の腕を取ると、胸に抱えた。


「本懐よりなにより、わたくしはエヴァンスくんを愛しています。わたくしはエヴァンスくんと一生、連れ添いたい」


 俺を見上げると、視線を父親に戻した。


「マクアート家の子はわたくしひとり。本来なら婿を取り家系を継がねばならないところ。わたくしのわがままで、我が家名は途絶えます。それはお父様、お母様に申し訳なく思います。ですが……」


 アンリエッタの瞳には、涙が浮かんでいた。


「ですが……」


 もう言葉にならなかった。


「いいよアンリエッタ。お前は頑張った」


 抱き寄せてやった。


「俺とアンリエッタの気持ちには、一点の曇りもありません。それに俺は、向こうの世界に閉じ籠もるわけではない。こっちの世界とあっちと、両方で暮らすつもりでいます。なので、アンリエッタは消えてしまうわけではない」


 アンリエッタを抱く腕に、力を込めた。


「どうか……ご許可下さい……」


 長い間、オーサリヴァン当主は黙っていた。俺を見て娘を見て、それからまた窓の外の揺れる葉を見て……。


「ひとつ尋ねたい」


 ふと、オーサリヴァン当主は口にした。


「はい」

「エヴァンス殿、君はマリーリ王女の婿になるとか。それでも我が娘を幸せにできるのかね」

「……」


 どこで漏れたんだ……。


 俺は絶句した。


 あの場にいたのは国王とマリーリ王女、それに俺とアンリエッタ、あとパーシヴァル。加えてイドじいさんとグリフィス学園長だけ。王女の婚姻とかの情報はヤバすぎる。出していいときまでは秘匿するはず。もちろん、俺もアンリエッタも、誰にも明かしていない。話はカイラ先生まで広がったかもしれない。だが、そこ止まりのはず。この関係者に口の軽い奴など、ひとりだって存在しない。


 パーシヴァルに横目を飛ばすと、微かに首を振っている。……となると、オーサリヴァン当主の耳は、どこでそれを聞きつけたんだ。まつりごとの闇の底知れぬ深さに、不気味なものを覚えた。


「それは……」


 俺はなんとか口を開いた。


「そうなるかは、まだわかりません。ただ……タラニス国王のご意向がそうなだけで」

「お父様。それははっきりしています」


 たまらず……といった様子で、アンリエッタが口を挟んできた。


「この世界で、エヴァンスくんはマリーリ様と婚姻関係に入る。わたくしは、向こうの世界でエヴァンスくんのお嫁さんになる。特に問題はありません」

「お前はいいのか。その……日陰者のような扱いで」

「わたくしやリアンちゃん、バステトちゃん、それに向こうのみんなとの間に、陰も日向もありません。そしてそのことは、マリーリ様もわかっておられる。聡明なお方ですもの。わたくしたちの間には、決してそのようなわだかまりは生じません」

「お前はそうだろう。先程からの態度を見ていればわかる。私も馬鹿ではないからね。……だが、世間の目というのは残酷だ。エヴァンスくん、君もそれはよく知っているだろう。孤児育ちの身の上なれば」


 痛いところを突いてくる。さすがはアンリエッタの父親だ。頭がいい。孤児だ貧乏人だとさんざっぱら蔑まれ続けた人生だからな、俺は。人の不幸や噂話が大好き――それはたしかに、人間性のひとつの真実ではある。


「俺が守ります」


 両腕で、アンリエッタを抱いてやった。包み込むように。


「アンリエッタも、マリーリ王女も、そして向こうの世界の多くの娘たちも」

「エヴァンスくんが守ってくれるなら、わたくしはなにも怖くない。口さがない世間の噂も、傷つけようとする当てこすりも」

「あなた……」


 膝に手を置いたままこれまで沈黙を保っていたフィオナさんが、顔を上げた。


「アンリエッタはマクアート家の娘。主公様に仕え正義を希求ききゅうする摂政せっしょうの血は、争えません。今の姿がまさにそれです」


 強い瞳で頷くと続ける。


「いいではないですか。マクアート家、開闢かいびゃく以来の悲願を、我が娘が叶えようとしているのです。応援せずに、いられましょうか。マクアート家当主として、どうか賢明なご判断を」

「うむ……」


 唸ると、大きく息を吸った。ふうっと吐く。と、俺を見つめた。


「たしかにそうだ。我が娘のほうが、私よりよほどマクアート当主の器。娘を愛するあまり、私の瞳は曇っていたようだな。……エヴァンス殿」

「はい、オーサリヴァン様」

「娘をよろしく頼む」


 手を差し出してくれた。等格の礼として。ガレイ地区長官たる者が、一介の孤児に対し。


 手を握り返すと、ぐっと強く握ってくれる。


「幸せにしてやってくれ。あと……今晩は歓迎の宴がある。もっと詳しく聞かせてくれるな。君とアンリエッタが経験した、あっちの世界での冒険について」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る