12-5 マクアート家所領へ……

「怒涛の日々だったわね」


 ガレイ地区に向かう馬車に揺られながら、アンリエッタが溜息をついた。国王が貸与してくれた王属馬車だから、街道を進めばみんな道を譲ってくれる。乗客はもちろん、アンリエッタと俺のみ。道中護衛も兼ねて、パーシヴァルが御者をしてくれている。


「いやホントにさ」


 レースのカーテンを引いて外を見る。王宮を離れてすでに八日。すでに王都の賑やかな雑踏はなく、周囲は限りない田園地帯だ。


「リアンちゃんたち、寂しがってないかしら」

「一応、しばらく来られないと言っておいたからな」


 王宮での打ち合わせ後、貸してくれた賓客用の部屋で、固有ダンジョンの扉を開いた。多分二十日間くらい戻れないと伝えるとみんな、寂しそうだった。バステトとコマにはくんくんさせてやって、俺のシャツも渡しておいた。しばらくは残り香で我慢してくれってな。


「まああの世界は平穏だ。俺がいなくてもみんな、仲良くやるだろうよ」

「ソラス先生も、みんなに『べんきょう』させておくって言ってくれたしね」

「そうそう」


 ウエアオウルのソラス先生は、俺の手を握ったまま、しばらく離してくれなかった。彼女なりの惜別なんだろう。


「それにしても……」


 アンリエッタは、ほっと息を吐いた。


「マリーリ様が、あんなことを仰るなんて……」

「意外だよなー。王族としての人生を悟り切り、親の言う事には絶対服従しそうな子だったのに」


 婚姻受諾にあたりマリーリが出した唯一の条件とは、俺に連れ出してほしいということだった。婚姻の前に、王宮の外に。生まれてからの王宮最奥部暮らし。話に聞く賑やかな街や緑の草原、険しい山々や鬱蒼とした森を歩いてみたいと。


「タラニス様、驚きのあまり、絶句されていたわよね」くすくす

「そりゃそうだろ。おとなしいと思っていた我が娘が、実は冒険大好きだったんだからな」

「でもわたくし、気持ちはわかるわ。……わたくしだって上級貴族の娘ですもの」


 なにをするにも、全ては家のため。そのように育てられたのは、同じこと。ただしアンリエッタの父親は、屋敷周辺の荘園や森、泉なんかには頻繁に連れ出してくれた。領民との繋がりを得るためと、社会を知り、将来怪しい輩に騙されないようにするためだ。


 それには感謝していると、アンリエッタは語った。


「それに……コーンウォールにも出してくれたし。家元からはるかに離れた王都での経験は、新鮮だった。おかげでわたくし、生涯の連れ合いと出会うことができたしね……」


 俺の腕を抱くと、頬を寄せてきた。


「エヴァンスくん……好き」

「俺もだよ、アンリエッタ」


 抱き寄せると、唇を重ねた。


 最初に会ったとき、マリーリ王女は、アンリエッタがうらやましいと言っていた。自分にはできないことをしていると。俺はぼんやり聞き流してたけどあれ、冒険したいってことだったんだな。


 最初は目を白黒していたタラニス国王だったが、最終的にはマリーリ王女の要請を受け入れた。それが婚姻の条件だったし、イドじいさんが太鼓判を押してくれたからな。俺と共に野に出るなら大丈夫だと。それに次代の女王として、王国の現状を知っておくのは重要だと、パーシヴァルやグリフィス学園長も進言してくれた。


 王女の顔は、一般には知られていない。会ったことがあるのは上級貴族と、王宮勤めの諸官くらいのもんだからな。旅のパーティーに偽装し、王領さえ出なければ問題ない――。最終的には、王も同意してくれたよ。


「婚姻したら、エヴァンスくんは女王の夫。そうなっても、わたくしのことを忘れちゃ嫌よ」

「マリーリとの結婚なんてずっと先さ。こっちの世界を三人で回るんだからな。何年かは掛かる。それに俺、世界の危機って奴も調べたいし」


 それはタラニス国王にも頼まれていることだ。


「イド様も動くって言ってたものね」

「ああ」


 学園の用務員は辞めて辺境を回る――。イドじいさんはそう言っていた。危機の前兆は、どこに出てくるかわからない。俺が王領を回るなら、自分は辺境往きをすると。


「おいエヴァンス」


 前席との仕切りが開くと、パーシヴァルが顔を出した。


「もうマクアート家の領内だ。あと一時間程度で屋敷に着くぞ」


 予定より二日早い。


「さすがは王属馬車だ。脚が速いんだな」

「そういうことよ」


 俺にぴったり寄り添うアンリエッタを見てから、俺に視線を戻す。


「嫁取りの言辞、考えておいたか、エヴァンス」

「決めてない。なるようになるさ」

「お前らしいな」


 苦笑いだ。


「マリーリ様との重婚になることも明かすのか」


 瞳が笑っている。


「茶化すな。こっちは真剣だ」

「悪い悪い。……ただ、お前がどう説明するのか楽しみでな。隣で笑わせてもらうよ」

「趣味悪いぞ、パーシヴァル」

「あら、エヴァンスくんが結婚するのは、マリーリ様だけですわよ」

「えっ……」


 パーシヴァルが目をみはる。


「この世界ではね」


 アンリエッタは澄まし顔だ。


「わたくしは、固有ダンジョンでエヴァンスくんのお嫁さんになる。リアンちゃんやバステトちゃんたちと一緒に」

「この野郎、殺してやろうか」


 手を出してきて、俺を突く。それからちらと前方を振り返った。


「もう屋敷の灯りが見えてきた。準備しろ」


 それだけ言い残すと、仕切りをまた閉じた。


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