12-4 タラニス国王、とんでもない提案をしてくる

「……」


 王宮に赴くと俺達が通されたのは、今日もタラニス国王の私室だった。今、俺が固有ダンジョンでの世界再創造の秘跡を全て、話し終えたところだ。


 今日は深夜に早駆け馬車を飛ばしてきたわけではない。朝から普通に馬車で王宮を訪れた。そのほうが国王の機嫌がいいだろうという判断だ。前二回は発掘アイテムがヤバ過ぎたから激走してお触れを頼んだわけでな。


「……」


 聞き終わった国王は、長い間、口を開かなかった。玉座に頬杖を着き、瞳を閉じてじっとしている。例の楕円テーブルでは、俺とアンリエッタ、それにイドじいさんとグリフィス学園長が、国王の言葉を待っている。


「……そうか」


 ようやく、目を開けた。


「よくぞ話してくれた。この世界が危機に瀕しているという事態を……」


 国を守る立場としては、向こうでの世界再創造より、こっちの世界の滅亡のほうが重要なのだろう。それはよくわかる。


「それでエヴァンスは、固有ダンジョンでの国造り……いや世界創造を始めるのだな。聖婚によって」

「ええ。どうにも、聖婚を始めてからの俺がどうなるかはわからない。俺は自由にこっちと行き来したいが、それが認められるかも不明です」


 正直に話した。ここまで来たら、隠しても仕方ない。


「我がデーン王朝には、面白いアイテムが伝えられておる。アンリエッタの親元マクアート家ほどではないにせよ、我が家系もそれなりの歴史を積んでおるからな」


 ちらとアンリエッタに視線を飛ばす。殊勝な表情で、アンリエッタは黙っている。


「そのアイテムを持ち、現地で神々に請願してみよ。おそらく……ふたつの世界での並行生活が認められる」

「タラニス様、それはどのようなアイテムでしょうか」


 グリフィス学園長が口を挟む。髭など撫でながら、じいさんは成り行きを見守っている。


「我が祖、スヴェンが、神々と交わした盟約の短剣よ。ただひとつ、神に関する願いを叶えるという……」

「そんな貴重なもの、もらえません」

「誰がやると言った」


 苦笑いだ。


「我が君……。エヴァンスはドハズレ。馬鹿枠なので」


 学園長のフォローに、笑いながら頷いている。


「預けると言ったのだ。並行生活を望むそちの願い、余にとっても都合がいい」

「は?」

「エヴァンス。お前を助けるからには、余の願いもひとつだけ、聞いてもらう」


 どういう意味だ。宝を掘り出す奴隷のように、俺を使うつもりだろうか。


「マリーリを呼べ」

「御意」


 この場にただひとりだけ残されていたのはもちろん、近衛兵パーシヴァルだ。俺に目配せすると、パーシヴァルが出ていく。


 てかなんでまた王女なんか呼ぶんだ……。


 困惑して脇をちらと見る。グリフィス学園長はにこにこと、感情を読み取れない笑顔を浮かべている。イド爺さんは、国王の前というのに、鼻毛抜きに精を出している。口をしっかり結び、アンリエッタは前を向いている。


 どうやら、困ってるのは俺ひとりだな。まあいい。なるようになるだろ。


 俺は腹をくくった。


「お父様……」


 マリーリ王女が入ってきた。十三歳というのに、相変わらず滑らかな身のこなしで。


「エヴァンス様、アンリエッタ様、それにグリフィス様にイド様。またお会いできて光栄です」


 俺達に一礼すると、玉座の脇に立つ。


「マリーリ」

「はい、お父様」

「お前はエヴァンスと結婚しろ」

「はい。わかりました」




 ――ええーっ……!?



 

 俺は絶句した。


 王女の婚姻とか、そんな重大事、あっさり決めてもいいのかよ。しかも相手は孤児だぞ。おまけに王女も、嫌がるどころか一瞬も間を置かず了承するとか、どういうこと。


「エヴァンス様、到らぬわたくしですが、よろしくお願い致します」


 頭を下げる。


「いやいやいやいや」


 思わず声が出た。


「俺の気持ちは? というかそもそも姫様の心だってある。俺も王女も、そこらで売り買いできるパンじゃないぞ」

「そう焦るな」


 タラニス国王は、面白そうに俺を眺めている。


「余のひとり娘を娶るのだ。不満はあるまい」

「いやでも……」


 目だけで横を見たが、アンリエッタは平然としている。というか……少なくとも、平然としているように見える。イドじいさんやパーシヴァル学園長も、特に驚いた様子はない。


 誰も何も言わない。


「いいか、エヴァンス。向こうの世界では、お前は好きにすればよい」


 子供に語り掛けるような口調で、国王はゆっくり話し始めた。


「しかしながら余には、我が臣民を守護する義務がある。こちらの世界が危機になるというなら、対処せねばならん。ここまではわかるか」

「はい」


 そりゃ当然だからな。俺が文句付ける筋合いじゃないし、むしろ頑張って守ってもらいたもんだわ。


「お前が固有ダンジョンに引き籠もれば、この世界の危機を探る手段がなくなる。だがエヴァンスがまだこの世界に繋がりを持ちたいと願うなら、話は別。お前はこの世界を自由に回れ。そうして、世界の危機を探るのだ。報告のため王宮へと戻らば、我が娘がお前を癒やしてくれるわい」


 はあ。俺を斥候のように使うつもりか。エヌマ・イリシュによって、俺は神々の加護を得ている。たしかに最適の人材と言えるだろう。タラニス国王の立場から見れば。とはいえ……。


「でも……それなら、俺ひとりでいいですよね。姫様まで巻き込むのはかわいそうだ。まだ……十三歳ですよ」

「お前自身がどう思うかは別にして、もはやお前は王国にとって最大の希望であると同時に、最大のリスク要因。余としても、野良猫には首輪を付けねばならんからな」


 縁戚政治って奴か。


「エヴァンス様」


 突然、マリーリ王女が口を挟んできた。


「勘違いされては困ります。わたくしは、父のわがままに振り回される、かわいそうな娘ではありません」


 背筋を伸ばし、言い切った。


「わたくしは、この国の王位継承者。民草を幸せにする義務があります。婚姻も、そのひとつの手段」

「でも……」

「それにわたくしは、エヴァンス様と嫌々結婚するのではありません。多分……わたくしは好きになれる。好きになってから結婚するか、結婚してから好きになるか。経緯はどうあれ、幸せな結果に到るのは同じではないですか」

「でも俺には、アンリエッタがいる。それに……固有ダンジョンでは多くの娘も待っている」

「あら。蛮族では王者の多婚など普通と伺います。そのような方に嫁ぐ覚悟もできております。それに……」


 くすくすと含み笑いした。


「先程も申し上げました。わたくし、きっとエヴァンス様を大好きになる。アンリエッタ様も、お姉様としてお慕いできますわ」

「モテるのう、エヴァンス」


 よせばいいのに、イドじいさんがヤバい茶々を入れてきた。このハゲ、後で絶対殺す。


「ただしわたくし、婚姻にあたりお父様とエヴァンス様に、ひとつだけお願いがあります」

「ほう……」


 俺と姫様のやりとりを面白そうに見ていたタラニス国王が頷いた。


「申してみよ」

「はい、お父様……」


 マリーリ王女の「お願い」は、長く続いた。

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