12-2 世界創造の儀式

「ここは……」


 十二芒星ドデカグラム中央の螺旋階段を下りると、そこは広い部屋だった。調度品などは、なにもない。見渡す限り広がっており、かろうじて壁が見えているくらい。ここもまた、不思議な光で満ちている。


「エヴァンスくん、あれ見て」


 アンリエッタが指差す。螺旋階段を下り切った場所から少し離れた床に、やはり十二芒星が刻まれている。というか、他からやや高くなっていて、段差がある。近づいてみると、中央部に丸く、窪みがあった。拳よりやや大きい程度の。


「バステト、種持って来い」

「はいよーっ」


「ムンムの種」は、バステトに持たせていた。受け取って窪みに置くと、ぴったりと嵌まる。


「やっぱこれか……」

「聖なる十二芒星の中心ということは、ここが儀式の地よね、きっと」

「そういうことになるな」

「エヴァンスくん、これを……」


 ソラス先生が、手に持つ王冠を俺に手渡してくれた。


「これを被り、すきを使うのです」

「だよな」


『アプスーのすき』が男性の象徴。『ムンムの種』は母胎。『ティアマトの王冠』は王権。ヒエロガモスの地で三種の神器を使えば世界システムが起動する――。


 イドじいさんやグリフィス学園長の話では、そういうことだった。


「イグルー、鋤を頼む」

「はい、エヴァンスくん」


 王冠を被り、「アプスーの鋤」を手に持った。


「なにが起こるかわからん。みんな、十二芒星から下りて、少し離れていてくれ」

「わかった」

「楽しみだねー」

「宝物って、面白いよね」


 わいのわいのやりながらも、みんな俺の言葉に従ってくれる。


「さて……」


 聖地の中央に置かれた種を、俺は見つめた。なんだか、俺を待ちかねているかのように見える。王冠を被ったからかな……。


 みんなを見回した。取り囲むように十二芒星の脇に立ち、俺の行為を大人しく待っている。全員……そしてもしかしたらもっと多くの娘が、俺の嫁になるんだな。


 責任重大だ。みんなの人生を背負うんだからさ。


「ふう……」


 ひとつ息をして、緊張を解き放った。まあいいや。世界が俺を選んだんだ。失敗したなら、それは運命ってことなんだろう。


「アプスーの鋤」を握り締め、頭上に構える。


「やっ!」


 そのまま、勢いよく「ムンムの種」に振り下ろした。がつっという手応えと同時に、種が黄金に輝いた。そこから同心円状に、金色の輪がいくつも広がっていく。俺やみんなの体を通り抜け、そのまま巨大な部屋の隅々にまで。


「ムンムの種」が、音もなく沈み込んだ。ベージュの床に。すぐに床が上を覆う。種はかろうじて、小指の先ほどが見えているだけになった。




――世界樹システム起動確認――




 十二芒星中央から、無感情な声が響いた。


「見て、エヴァンスくん!」


 アンリエッタが叫ぶ。金色の輪が通り過ぎたところに、なにかが続々と隆起してきた。


「床が隆起したわ」


 鋤を置き、王冠を脱ぐと、種の上に被せた。必要な儀式はした。いつまでも俺が身に着ける必要はないだろう。


「これは……」


 身近な隆起を観察してみた。床と同じく、ベージュの立体。見ると形は円柱や四角三角楕円と色々違うが、どれも柔らかい。


「見てエヴァンス」


 立体に腰を下ろし、リアンがぽんぽんと体を上下させた。


「気持ちいいよー、これ。きっと寝綿草より、寝心地いい」


 ……ということは――。




――聖婚開始。現世界補完準備完了――




 ここでみんなを相手するってことか……。それに決まっている。その証拠に、俺の機能が回復しているのを感じる。聖婚のために……。




――聖婚開始と同時に、現世界との繋がりを断絶――




「エヴァンスくん……」

「アンリエッタ……」


 顔を見合わせた。俺達はここで苗床になる。同時に、元の現実世界には二度と戻れなくなるってことか。でもそうすると、俺はもう現実世界に干渉できなくなる。たとえ向こうの世界が、滅びに面するとしても。


 それでいいのだろうか。たしかに俺は、孤児としてあの世界で冷たくされた。だが、温かく俺を迎えてくれた人、友情を育んでくれた人だっている。それに、アンリエッタは親と二度と会えなくなる。


 それで、本当にいいのだろうか。アンリエッタとふたり、ここで世界を捨ててしまっても……。


「……」


 ふと、グリフィス学園長の言葉が蘇った。「ヒエロガモスの地で選択を迫られたら、どちらかを選ぶ前に必ず自分やイドじいさんに会いに来るように」……と。


「俺は俺だ。運命の自由になんかさせやしない」


 叫んだ。


「俺は俺として生きる。聖婚も現実も、俺が好きなようにする。向こうの世界とこっちと、俺はいつだって自由に行き来したい」


 さらに声を張り上げた。ここ地下深くから、天まで届けよとばかり。


「俺は現実に帰るぞ」


 なんの反応もなかった。世界は静か。ヒエロガモスの地には、聖婚の寝台がただただ広がるだけ。俺の仲間はみな、黙って俺を見つめている。




――請願受領確認。聖婚システム中断。代償は魂――




 体からなにかが抜ける感触があり、俺は思わず膝まづいた。胸が苦しい。




――魂受領確認――




 それきり、なにも起きない。聖地は沈黙に包まれている。


「しっかりっ!」


 駆け寄ってきたアンリエッタが、俺を抱いてくれた。


「大丈夫?」

「ああ……。ただちょっと……」


 気持ちが悪い。なにか……大事なものを失った感触だ。それに一度は復活した男としての機能がまた失われたのも感じる。


「魂の代償って、どういうことだ」

「なにかあった、エヴァンスくん」

「ああ。なんだか……体から何かが抜けたような……」

「魂ね。どうしたらいいのかしら」


 アンリエッタは心配顔だ。俺を胸に抱いたまま、頭を撫でてくれる。柔らかな胸が安らぎを与えてくれる。


「なあリアン」


 ようやく、俺は立ち上がった。


「エヴァンス……」


 リアンは、俺の手を握ってくれた。


「お前の中には、ザルバの魂がいる。今なにが起こっているのか、感じないか」

「わかるよ、エヴァンス」


 青く澄んだ瞳で、リアンは俺をじっと見つめた。


「エヴァンスの体は解放された。どこに行ってもいいんだよ。エヴァンスが来た、『もうひとつの世界』に行っても。でも、魂を担保に取られた……」


 きゅっと、手を強く握ってくる。


「もし戻らないと、魂はこの世界で芽吹く。エヴァンスの代わりに、ここで聖婚を執り行うために。そうなると向こうの世界で、エヴァンスは倒れて死ぬ。魂を失い虚人となるから……」

「戻らないとって、期限はあるのか。一年とか……まさかの一日とか」

「ないよ。決してこの世界に戻らないと、エヴァンスが決心したらだよ」


 リアンの瞳が、悲しげに揺れた。


「だから絶対戻ってきてね。でないと……私、泣いちゃうよ。……私の中の、ザルバさんも」


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