12 世界創造の儀式
12-1 ザルバ降臨
翌朝、固有ダンジョンに舞い戻った俺は、仲間と共に例の扉の前に立った。
「さて……」
懐から、リアンの密吸いを取り出す。そういやこれ、学園のダナ神託では「鑑定不能アイテム」だったもんな。俺限定装備の。そういう意味ではなにか重要なアイテムだと、神託で
「……」
なにか言うかなと思ったけど、リアンは無言だ。にこにこと俺の手元を見つめている。
「どうなるかな、これで……」
透明扉の「穴」に、謎ストローをあてがってみた。
「さてさて……おっ!」
蜜吸いは、穴にぴったりのサイズだった。キツいくらいにジャストサイズ。強い抵抗があったが押し込むと、鍵穴は諦めたかのように俺の蜜吸いを受け入れた。すっと、自ら鍵穴の奥の奥まで吸い込んでいく。
「……入ったわね」
「ああ」
透明の穴に根本まで挿入されると、蜜吸いは金色に輝いた。それからふっと姿が消える。世界に溶け込んだように。
「リアン!」
バステトの声に振り向くと、リアンの体が輝いていた。金色に。
「どういうことだ……」
「……様」
ふっと俺に近づくと、リアンが俺を見上げた。体に金色の輪郭が生じているだけでなく、青い瞳も今は金色だ。
「マルドゥーク様……」
声が違う。リアンの声じゃない。伸びてきた手が、俺の頬を愛おしげに撫でた。
「お前……リアンじゃないな」
「私はザルバ……。お会いしとうございました」
「悪いけど、あんたのことは知らない。それに俺だって、そのマルなんとかじゃない。人違いだ」
「いいえ……」
リアンだかザルバだかは首を振った。
「魂の奥に、マルドゥーク様を感じます。世界を創り、あまねく世界へと広がっていったマルドゥーク様を」
「エヴァンスくん」
アンリエッタが口を挟んできた。
「マルドゥークというのはきっと、今世界を創造した創造主よ。前回の聖婚を担い、世界の苗床となった……。その魂が、エヴァンスくんの一族に受け継がれていたのよ」
「そういうことなのか」
「ええ、マルドゥーク様」
金色に輝く瞳から、涙がひと筋流れた。
「長い……長い
「それでリアンの姿となっていたのか。スライムのリアンというのは、偽装なんだな」
思い出した。俺とははるか昔に会っていたような気がすると、リアンは口にしていた。それにバステトや人化モンスターと俺の仲を取り持つような動きを、常にしていた。間に挟んで眠ったりとかな。そう言えば、アンリエッタとこの世界で初めて眠ったときも、俺と自分の間になるよう、夜中にアンリエッタの位置を変えていた。
それもこれも、聖婚の条件を整える動きと、今となっては思える。つまりこいつは、人化スライムの姿に擬態していたんだろう。
「いいえ」
ザルバは首を振った。
「リアンは存在しています。スライムですよ。いい娘です……。ただ魂の一部に、私が間借りしていただけのこと。スライムは体も魂も柔軟。私が冬眠するには最適の存在だったのです」
「なるほど……」
聖婚に到る条件を、陰ながら整えてくれていたということか。リアンの中に隠れながら。
「リアンは……リアンは消えてないんだな」
バステトは不安げな声だ。
「大丈夫ですよ、バステト」
ザルバは微笑んだ。
「あなたの親友は、ここに居ます。すぐにまた会えますよ。……もう少しだけ、この体を貸していて下さい」
「俺がこの世界に初めて潜ったとき、まるで待ち構えていたかのようにすぐ、リアンと出会った。……ならあれも、お前が仕組んでいたのか」
「ええ」
頷いた。
「固有ダンジョンの扉が最初に開く場所は決められていますからね。リアンには、常にその周囲で遊んでいてもらったのです」
そう言えば、リアンはあの場所がお気に入りで「あんまり遠くには行かないんだあ」と語っていた。そういうことだったのか……。
「ヒエロガモスの地、その入り口に今さらながら錠前を設置したのは、あなたのためだったのですね。ザルバ様」
「そういうことです、アンリエッタ。あなたは勘が鋭く、洞察力もいい。度胸だってある。……智慧の女神にふさわしい嫁になれますね。エヴァンスの。あなたの血を引く次代の人類は、賢く進化するでしょう……」
微笑むと、ザルバはまた俺に視線を戻した。
「私の魂を起動させるために、鍵を使わざるを得ない扉を置いたのです。あの鍵を使うと私の魂が解放されるよう、仕掛けてありましたからね。それで鍵をリアンに持たせたのです。あの鍵の場所まで来られたということは、つまり……」
俺の目をじっと見つめる。
「つまりマルドゥーク様の魂を持った男が到着し、すでに聖婚の条件をすべて満たしたわけですからね。再会できるということです。……ただ、貴重な鍵をリアンが蜜吸い道具にするとは、思いもよりませんでしたが」
くすくす笑う。
「これは私の……わがまま。どうしても、マルドゥーク様とまたお会いしたかったので……」
顔が近づいてきた。すっと瞳が閉じられる……と、ザルバの唇は俺の唇と重なった。ザルバの唇から俺の魂に向け、なにかのエネルギーが大量に流れ込んでくる。
長い時間が経った。いや、そんな気がする。もしかしたら、一瞬だったのかもしれないが。
ザルバの唇が離れた。
「マルドゥーク様……」
金色の瞳で、俺を見つめる。透き通った涙が、またひと筋流れた。
「世界をよろしくお願いします……。また……次代の『世界の種』でお会いできる、その日まで……」
蝋燭の炎が揺らぐように、ザルバの金色のオーラは薄れていった。
「ザルバ、俺にはよくわからんが、俺の中のマルちゃんはきっと、お前に会えて喜んでるぞ。安心しろ。次も絶対に、俺がお前に会わせてやる。俺の中のお前の相手、マルちゃんに」
「頼もしいですね、エヴァンス……」
ザルバの声は消えかかりつつあった。
「あなたに……マルドゥーク様の魂を預けてよかった……。あなたの……一族に」
そのまま、声は途切れた。金色のオーラも消失し、リアンの瞳が青色に戻る。
「エヴァンス……」
青い瞳で、じっと見つめられた。
「私の中で、誰かが喜んでるよ。また会えて幸せだったって」
「お前の魂が純粋だからだよ。澄み切った水のように。……だからこそ、世界の秘跡を受け継げたんだ。中の魂とも、感覚を共有できて」
リアンの体を抱いてやった。そっと。俺の腰に腕を回してくると、リアンがうっとり瞳を閉じる。そのまま……俺とリアンの唇が重なった。
「あれは……魂の『けっこん』……」
ソラス先生の呟きが聞こえた。
「そうよ。前にアンリエッタちゃんとエヴァンスくんが見せてくれたのと、おんなじだもの」
コマの声。
「見て……聖地の扉が……」
俺とリアンの唇は、自然に離れた。見ると、例の扉が金色に発光している。ふっと、輝きが収まる……と、扉は消失し、先に進めるようになっていた。
「ヒエロガモスの地、その最奥部への扉が開いたわね、エヴァンスくん」
「ああそうだな、アンリエッタ」
リアンとアンリエッタの体を、左右に抱いた。
「さあ進もう、みんな。ヒエロガモスの地に……」
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