11-5 聖遺物、三種の神器

「それでですね……」


 グリフィス学園長は続けた。


「エヴァンス、あなたが集めた三つのアイテムは、その叙事詩に出てくる過去の聖遺物です。神々が世界を作ったときに用いたとされる」

「『アプスーのすき』というのはのう、男性の象徴じゃ。『ムンムの種』はもちろん、母胎としての女性を示す。『ティアマトの王冠』は、世界をべる王権を表しているのじゃ」

「ヒエロガモスの地にて三種の神器を使えば世界システムが起動して、世界創造が始まるとされています。ただ……そのタイムスケジュール……というか時間的なスケール感はわからない。神々の世界のできごとですからね」


 学園長が付け加える。


「はあ……」


 次々でてくる桁外れの解釈に、なんか俺、どんどん置いてかれてるんだけど。


「でも少し奇妙です」


 アンリエッタが口を挟んできた。


「最終目的地であるヒエロガモスの地は、あんなにあっさり姿を現した。でもそれを導くための三種の神器は、あれこれ探さないと見つからなかった。なぜそこまで扱いに乖離があるのでしょうか」


 じいさんと学園長をじっと見据える。


「エヴァンスくんを聖婚の相手に迎えたいなら、ダンジョンに初めて入ったときに全て目の前に揃えておけばいい。わざわざ探させて、苦労させているじゃないですか。なのに神器を揃えた瞬間に、目的地が突然現れる。今度はあっさりです。どう考えても、ダンジョン設計の整合性は取れていない気がします」

「さすがはアンリエッタじゃ。よくぞそこまで気づくのう……」


 じいさんはにやにやしている。


「お主がついておるなら、ドハズレ枠のエヴァンスであっても安心じゃ。しっかり支えてやるのだぞ」

「一生仕えると決意しております、イド様」

「いい心掛けじゃ。わしにもアンリエッタのような嫁が昔におればのう……」


 なにを思い出したのか、苦笑いをしている。


「おそらくですが……」


 学園長は涼しい顔を崩さない。


「聖婚相手の資質を確認する手順なのでしょう。宝箱は容易には見つからない場所にあったと、あなたは言いましたね、アンリエッタ」

「ええ、グリフィス様」

「あの地の人化モンスターの助けなしに、エヴァンス独りで見つけられたと思いますか」

「それは無理です」


 俺は唸った。


「だってどれもみんなに情報をもらって場所がわかったし。それに仮に場所がわかったとしても、そもそも地下に埋もれていたり、空からじゃないと近づけない秘境湖のほとりだったりだ。百年掛けたって、俺だけじゃあ回収できないに決まってる」

「つまり、お主があの世界の聖婚相手ときちんと関係が築けるか――。それを判断するため、神々が置いた試練であろうよ」

「もし俺が向こうの娘と仲良くなれず、神器集めに失敗したら、どうだったんでしょうか」

「どうもこうも、お主はあれを単なる『豪勢なアイテムを掘れるダンジョン』として利用し、一生を終えたであろうよ」

「そうして次の候補者にまた、あのダンジョンが提供されたということですね、イド様」

「そういうことよ、カイラ。新世界の種を蒔くのが、この世界の危機に間に合いさえすればいいのじゃからのう」

「たしかにそうですね」

「幸い、エヴァンスはその試練に合格した。……ならば神々としても、もったいぶってヒエロガモスの地を隠す必要はないではないか。さっさとその地に進んでもらい、とっとと聖婚の儀式に移ってもらいたいのじゃろう」

「なるほど……」


 こいつはよく考えられてやがる。


 男としての俺の機能が抑制されているのも、それだろうな。資質がはっきりする前に、大事な聖婚相手に手を出されても困るから。候補者が試練に合格し、ヒエロガモスの地に導かれたときに初めて、そのロックが外れるのだろう。


 それに、俺が発見したアイテムは、「俺専用装備・俺専用アイテム」と「一般アイテム」に分かれていた。今、この情報を得てから考え直してみると、俺専用だったのは、どれも女子化モンスターとの特別な繋がりを強化するか、それを象徴するものばかりだ。


 たとえばハイドラゴンの逆鱗とかな。よっぽど仲良くないと、そんなもの入手不可能だろう。そもそもあれ、ビキニの下から剥がれたものだし。恋人以外に与えていいようなものじゃない。


 それにバステトがくれた竜涎麝香なんかは、媚薬効果と延寿効果がある。あれも聖婚の際に使うと考えれば、色々意味深だ。何十年、もしかしたら何百年にもわたって、俺があの地で聖婚を続けるのかもしれない。


 俺は舌を巻いた。古代の創造主、どんだけしっかり設計したんだよ、あの世界を……。


「でも、それならなぜ、聖婚を挙げるべき場所へのアクセスが、扉で塞がれているんですか。あの扉、開かないんですけど」


 ここはどうしてもわからない。とっとと聖婚させたいなら、鍵なんか今さら設置するはずないからな。


「鍵穴らしきものは見つけたんです。イド様」


 アンリエッタが説明してくれた。


「小さな穴ですけど」

「ならば開くはずじゃろう」

「そうですよ、エヴァンス。あのダンジョンの創造主は、あなたの準備ができたとして、あの地を開放した。……つまりあなたはもう、その鍵を入手しているはずです。まあ……この期に及んでもうひとつ関門を設けている理由は、正直言ってわかりません。普通に考えたら、もう鍵など不要ですからね。三つの宝を確保したことで、聖婚をになう資格試験には合格したわけで……」


 学園長は、また茶を飲んだ。もうカップからは湯気が出ていない。傍らのポットを手に取ると、熱い茶を、俺達や自分のカップに注ぎ足した。


「それはのう、グリフィスよ。おそらく、わしらにはわからん神々の考えがあるのだろうよ。その鍵を使わせなければならない理由が」


 イドじいさんは、ほっと息を吐いた。


「エヌマ・イリシュと同じじゃ。限りなく曖昧で、解釈は難しい。向こうからの答え合わせを待つしかないわい」

「思い出してみなさい、エヴァンス。あなたが固有ダンジョンで入手した品で、その穴に対応するものがないかどうか」

「いや、ないっしょ。あっちで鍵とか見たこともないし。なあアンリエッタ」


 咄嗟に言い切ったが、もう一度考えてみた。向こうで入手したアイテムを、ひとつひとつ思い浮かべて。あの穴、小指の先ほどの太さの穴に、差し込める何かはなかっただろうかと。


「あっ!」


 思わず立ち上がった。


「あった! ひとつだけ」

「それはなんじゃな」

「ガチャを引いたその日、俺は絶望しながらダンジョンに潜った。俺の人生、この先一生、報われないまま底辺を這い回るのかと。そのとき、あのダンジョンでいちばん最初に会った娘が、俺にくれたんです。いずれなにかの役に立つかもって言って」

「エヴァンスくん、それって……」


 アンリエッタも目を見開いた。


「ああそうさ。スライムのリアンがくれた。蜜吸い用の木のストロー、あれがちょうど、そのくらいの太さだ」




●業務連絡

次話から、第12章「世界創造の儀式」に入ります!

全ての謎を解き、エヴァンスはついに世界創造の儀式を起動させる。だがそれは、とてつもない代償を伴うものだった。自由を願うエヴァンスは、人生を懸けた行動に出るが……。

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