11-3 謎の洞窟

「変わった洞窟ね、ここ」


 アンリエッタは周囲を見回している。


「そうだな、アンリエッタ」


 俺とアンリエッタを先頭に、俺達は謎の洞窟に下りた。ここはたしかに変わっていた。なにしろ洞窟なのに、不思議な光に満ちている。壁も床も天井も、柔らかな光を放っているのだ。


 かろうじて立っていられるくらいの狭さで、ふたり並ぶのが精一杯。俺達は長い列になって洞窟を下りている。


「蟻の穴みたいだな」

「ええ」


 とにかく、壁と天井とかいう区別がない。それは一体であって、円柱状に続いているのだ。しかも岩とかではなく、ベージュの謎素材。押すと微かに凹むくらい柔らかい。かろうじて立っていられるくらいの狭さで、酸味のある香りが微かに漂っている。


 なんというか、みみずを内側から眺めているような感じ。


「今まで潜った、どんな洞窟とも違う」

「自然のものじゃないし、かといって人間の手によるものでもないわね」

「なんだか懐かしい匂いだな、ここ」


 壁をくんくんしていたバステトが、よせばいいのに、ぺろっと舐めた。


「うん。酸っぱくてしょっぱい」


 頷いている。


「でもまた舐めたくなる。おかしな気持ちだ」


 あちこちぺろぺろしながら、歩いてくる。


「どこまで続いているのでしょうか」


 興味深げに、ソラス先生も壁を撫でている。


「まっすぐではなく、くねくねしていますね」

「先生の言うとおりだな」


 明るいのに、だから先が見通せない。


「とにかく先に進もう」

「そうですね、エヴァンスくん」


 そうやって五分も下りただろうか。俺達は突然、広い部屋に辿り着いた。部屋……というか、洞窟がここで急に内側から押し広げられた感じ。天井も高くなり、幅も広い。とにかく俺達十数人がまばらに立てる程度には広い。


「随分あっさり着いたな」

「拍子抜けするわね」


 いちばん奇妙だったのは、透明の壁で先が塞がれていたことだ。壁の向こうには同じように大きな部屋が広がっている。言ってみればここは前室で、向こうが本室といった印象。


 ふたつの部屋を仕切る壁には、大きな扉がついていた。こちらも透明で、ぱっと見、壁に四角の線が入っただけにすら見える。それほど境目がきれいに密着しているのだ。それに蝶番ちょうつがいも鍵穴も、ドアノブすら見えない。


「本室」は広い円形の地。壁も床も真っ白で、聖なる十二芒星ドデカグラムがくろぐろと地面に広がっている。十二芒星の周囲は、謎の文字が取り囲んでいた。経緯からして、おそらくあれは古エルフ語だろう。


 十二芒星の中央には、狭い螺旋階段がかろうじて見えている。おそらく、より深い地下へと繋がっているのだろう。


「ここが……おそらくヒエロガモスの地か」

「階段のを下った先に、さらになにかあるのね」


 アンリエッタが先を覗き込む。


「ああ。そうに決まってる」


 振り返ると、みんなを見回した。怖がっている娘はいない。みんなの瞳が、好奇心に輝いていた。


「よし、入ってみよう」

「楽しみだねー」


 リアンが微笑むと、バステトも頷いた。


「なんだか懐かしい匂いが強まった。あたしも早く先に進みたい」

「そうそう。あたしもそう思います」


 嗅覚に優れたネコマタのコマも同意している。二股に分かれた尻尾をぶんぶん振って、早く先に進みたそうだ。


 入ってみる……とは言ったものの、扉の開け方がわからない。扉は透明な壁にぴったりハマっており、蝶番とかがないから、どのように開くのかも不明だ。押してもびくともしない。


「ねえエヴァンス、ここになにかあるよ」


 しゃがみ込んだリアンが指差す先に、小さな穴が見えた。きりのようなもので開けたような感じ。扉は透明なので穴は透けて見えているが、本当にただのまっすぐな穴だ。なんの仕掛けも無いように思える。


「これ……、鍵穴じゃないのかしら」


 アンリエッタも眉を寄せている。


「でも鍵ならこう……凸凹した仕掛けがあるとかさ。普通はそうだろ。これ、ただの真っ直ぐな穴だぞ」

「そうよね。……他になにか仕掛けがあるかもね。探してみましょう」

「おう」


 全員で手分けして、周囲の壁や床を調べてみた。だが特段、扉を開けるギミックのようなものは見つからなかった。念のため、種と鋤、王冠を置いてみたが、特になにも起こらない。


「駄目だな、こりゃ……」

「本質的には間違ってないと思うわ。ここまでは」


 俺を慰めるかのように、アンリエッタが手を握ってくれた。


「だって三種の宝物を集めたら、この洞窟が開いた。進めという指示でしょ。そうして進んだら、いかにもいわく有りげな魔法陣のある場所まで辿り着いた。……だから後は、どうやってこの扉を開けるか。それだけの話だと思うの」

「だよなー。けど……」


 けれどその開け方がわからないからなー。


「なあエヴァンス、とりあえず飯にしようぜ。地上に戻ってさ」


 バステトが腕を組んだ。


「今日はみんな、朝からお前を待ち続けてたから朝飯から昼過ぎまで食事なしだ。あたし腹減ったし。それに……くんくんしたいし」


 もうわくわく顔だ。


「いや、ついさっき、さんざっぱらまたたびってたじゃないか」

「あれは朝の習慣だ。次は昼の行事」

「なんだかなー」

「エヴァンス……」


 俺を見つめるコマの瞳も、期待に満ち満ちている。


「まあいいか」


 俺はほっと息を吐いた。


「別に急ぐ話でもないし。今日のところは、ここまで進めただけでも大金星だ。なんせヒエロガモスの地って奴を、これから何か月も探し回ることになると覚悟してたんだからな。一日でそれっぽい洞窟が見つかるとか、奇跡じゃん」

「奇跡じゃないわよ、エヴァンスくん」


 アンリエッタは、俺を見上げてきた。


「誰かが仕組んでいたんですもの。超古代の……誰かが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る