11 ヒエロガモスの地

11-1 呪いの装備の真実、バレるw

 前日現実世界に戻った場所――つまり「てらごや」のすぐ脇に、俺とアンリエッタは姿を現した。もちろん教員寮の俺の部屋で、固有ダンジョンの扉を潜ったからだ。


「あっ! やっと出やがったっ!」


 バステトが飛び上がった。退屈そうに学習机に頬杖を着いていたのだ。いやお前、出た出たって、人を害虫みたいな言い方すんな。


「遅いぞエヴァンス。もう昼じゃないか」

「悪い悪い」


 俺とアンリエッタは、顔を見合わした。アンリエッタも申し訳なさそうな表情だ。


 なんたって前日、王宮に馬車を飛ばして例のヤバい王冠を見せに行ったからな。戻ったらもう夜明け前。アンリエッタには「二時間で起きるぞ」とか偉そうな口を利いていたが、やっぱ無理だった。思いっ切り寝坊したわ。


 寝不足だったしな。それに言い訳させてもらうなら、裸で抱き合って眠るのがあまりにも気持ちよかったからだ。天国のような心持ちだったわ。


「これは詫びを入れてもらわないといけないな」


 腰に腕を当て、バステトが唸った。


「行くぞ、コマ」

「にゃーん」

「がおーっ」


 例によって猫系獣人ふたりで飛びかかってきた。あっという間に押し倒されて服をむしり取られる。バステトもコマも上半身裸になって、俺にのしかかってきた。くんくんしながら、首筋と言わず胸と言わ猫舌で舐め回された。


「まあいいや。ちょうどいいから体、きれいにしてよ。俺、夜は体洗えなかったし」

「がおーっ」

「にゃーん」

「はあはあ」

「はあ……はあ」


 わかっているのかわからないのか、とにかくふたりはヒトまたたびに興奮して夢中になっている。それでもやっぱり理解はしていたのかな。左と右で手分けするように、腕や腹まで舐めてくれる。


「これはもう、一時間は掛かるわね」


 アンリエッタが首を傾げた。


「わたくしも、体を洗っておくわ。寺小屋の脇の湧き泉で」

「わあ。じゃあ一緒に入ろうよ。アンリエッタちゃん」


 丘を下るアンリエッタの後に、リアンが続いた。


「……」

「……」


 無言のバステトとコマが、俺の制服をずり下ろした。


「おいおい、そっちはいいんだ」


 体を起こそうとしたが、押さえられた。そのままふたり、俺の脚も舐め始めた。もう呪いの装備のことも忘れているようだ。


「うわ……」

「なあにあれ……」


 みんなの視線が一点に集まった。


「私達と違う。これが『おとこのこ』……」

「線がない」

「ぐにゃぐにゃしてる」

「あれが呪いの装備かのう……」

「違うよね。だってバステトちゃんもコマちゃんも、苦しんでないし」

「むしろ喜んでるよな」

「ええ。なんだか……幸せそう。私、うらやましいかも……」

「決まりですね。今日の授業は、昨日に続いて『おとこのこ』です」


 キラーン。ソラス先生の眼鏡が輝いた。


「皆さん、近づいてよく見ましょう」


 ぞろぞろと、全員が近寄ってきた。しゃがみ込んだり覗き込んだり。ふたりに体中舐め回される俺の姿を見ている。いやこれ、なんのプレイだ。なにされても体に変化が起きないようになってて、逆に助かった。そうでないと二種類の俺、全部記憶されてたからな。


 それに、思ったより恥ずかしくないな。考えたらみんなとは混浴してるし。裸でな。「呪いの装備」と信じてるみんなに怖がられないように速攻で水に入ってたから、下半身は特にほとんど見られてなかっただけの話で。


「どれ……」


 伸びてきた手に触られた。誰の手だよ。


「熟し過ぎた果物みたいだわ」


 サラマンダーのニュートだったか。


「おしっこはどこから出るんだろう」

「あの棒じゃないか」

「まさか」


 余計なお世話だ。


 わいのわいのやってるうちに、バステトとコマが静かになった。俺の脚を胸に抱いたままふたり、すやすや寝ている。


「満足したか……」


 ふたりを驚かさないように、そっと体を起こした。全員の視線を浴びながら、もう開き直ってゆっくり服を来た。今さらどうにもなりゃしねえ……ってな。


 それにおかげで体がきれいになった。バステトにはあはあされるようになってわかってたんだが、猫系獣人に舐められると、清浄魔法を掛けられたときのようにさっぱりするんだよな。唾液に殺菌作用があるとか、多分そんな感じなんじゃないかと思うわ。


「知れば知るほど不思議ですね……」


 ソラス先生は眼鏡を直した。


「皆さん、テストの予習はできましたか」

「はーい先生。エヴァンスくんは素敵な体でした」

「あたしらとは全然違うのに、魅力的なんだよな」

「また一緒に抱き合って眠りたいわ。今度は……バステトちゃんのようにふたりとも裸で」

「なんでだろうな。あたしもそうしたいんだ。きっと……落ち着くと思う」

「魂が通じてるからだよ。ほら……アンリエッタとエヴァンスがそうだって、実演してくれたじゃない」

「『けっこん』か……」

「楽しみだなー、エヴァンスくんと『けっこん』できる日が」


 わいのわいのやってると、リアンとアンリエッタが沐浴から戻ってきた。


「あら。もう終わったの」


 裸で抱き合ったまま倒れているバステトとコマを、アンリエッタは見つめた。


「今日は早かったわね」

「多分、俺が風呂に入ってなかったから」

「ヒトまたたび成分が濃厚だったわけね」


 くすくす笑っている。


「じゃあ、そろそろ今日の課題に入る? エヴァンスくん」

「そうだな」


 みんなの注意を促すと、俺は説明した。三つめの宝は「ティアマトの王冠」というアイテムだったと。三種のアイテムが揃い、ヒエロガモスの地とかいう謎の場所だどこかで開放されているという話も。


「だから今日からは、ヒエロガモスの地を探す。みんなにも協力してもらいたいんだ」

「いいよー」

「うん」

「エヴァンスくんのためなら、なんだってするわよ」


 口々に賛同してくれる。とはいえ誰も、その地を知らず、場所もわからないとのことだった。


「エヴァンスくん。さっそくアイテムを出してみましょう」

「そうだな、アンリエッタ」


 置いてあった大剣用の袋を取り上げると、中の「アプスーのすき」を取り出し、空き机に立てかけた。マリーリ王女のアドバイスに従い、とりあえず関連アイテムを持ち込んでみたんだわ。


 続いてバッグから「ムンムの種」を出し、机に置く。最後に「ティアマトの王冠」を取り出した瞬間、視界が真っ白になった。


「なんだ!?」

「まぶしいーっ」

「お陽さまが落っこちてきたーっ!」


 目が眩んで全員、目をつぶったようだ。しばらくして俺が目を開けると皆、一点を見つめていた。黙ったまま。


「これは……」


 ソラス先生の立つ教卓、そのすぐ後ろから白銀の光が点に向け伸びていた。まっすぐに。


「天からの照射か? 雷のように」

「ううんエヴァンスくん。地上からよ」


 アンリエッタが、俺の腕を抱え込んだ。


「だって、ほら……穴が」


 見ると教卓のすぐ後ろに、ぽっかりと穴が空いていた。直径は一メートルもないくらい。光は、その穴の縁から発していた。


「こんなところに穴なんかなかったろ」

「うん……でもこれ、『ヒエロガモスの地』じゃないの。この穴の……続く先が」



 アンリエッタは、俺の顔を見上げてきた。


「だって三種のアイテムを出して揃えた瞬間、出現したし」

「たしかに……」


 みんなと一緒に、俺は呆然と見つめていた。一直線に天へと駆け上る、神々しいほどの輝きを。


「ふわーあっ……」


 バステトの声がした。


「あーあ、気持ちよかった。……さて、そろそろ昼飯にするか。って、なんだこれ」


 眩しい光に、バステトは瞳を細めた。

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