10-6 マリーリ王女との邂逅

「お父様……」


 ややあって、ひとりの女子が入ってきた。例の側近と共に。これがマリーリ王女だろう。王のたったひとりの子供だ。見た感じ、アンリエッタより歳下。十三歳くらいかな。いかにも王女らしく、上質でエレガントな衣装に身を包んでいる。


 急いで夜着から着替えたにしては、着こなしも最高。まあ侍女もいるだろうし、当然っちゃあ当然かもしれないけどさ。国王に似ず……と言うと悪いが、とにかくかわいい。多分、王妃似なんだろう。


「おう。……ここに来い」


 国王が隣の席を叩く。タラニス王は、楕円テーブルで俺達に向き合っている。両隣四席は空いていて、その脇に学術院長、反対側は側近が陣取っていた。隣が四席も空いているのはもちろん、王権に対する配慮だろう。


 俺達に優雅に一礼すると、国王の隣席にマリーリ王女は腰を下ろした。


「噂の英雄、エヴァンスだ。それにマクアート家の令嬢。後は余の腐れ縁よ」

「お噂はかねがね伺っております、エヴァンス様」


 いかにも手慣れた笑顔を浮かべた。社交用というかな。深夜だから寝ていたに違いないのに、この対応。まだ若いのに、しっかり教育されてるわ。


「それにマクアート家のご令嬢。……お久しぶりですね」

「マリーリ様、ご立派におなりですね。さすがはタラニス様ご自慢の跡継ぎでいらっしゃいますわ」

「いえアンリエッタ様こそ、おきれいになられて。……うらやましく感じます。わたくしにはできないことですから」


 褒めてはいるものの一瞬、微妙な言い回しと感じた。誰かに当てこすっているようにも、取れなくはない。悪意を持って解釈するなら、の話だが。


「……」


 国王は黙っていた。誰も口を開かない。そのまま時間が過ぎた。


 いやなんで国王は、王女なんか呼んだんだ。学術院長のように知識があるはずはないし、俺とは初対面で友情とかそういう話のわけがない。アンリエッタとは顔見知りのようだが、今日は「王冠」というとんでもない発見物を巡っての緊急会議だ。しかも深夜。アンリエッタと遊ばせようとかいう意図など、あるはずもない。


「のう、マリーリ」


 ようやく、国王は口を開いた。


「はいお父様」

「ここにあるのは、エヴァンスが固有ダンジョンで発見した謎のアイテムだ。これらを揃えたことで、『ヒエロガモスの地』とかいう目的地が開放されたという。……これからエヴァンスは、どうすればいいと思う」

「そうですね……」


 テーブル上のアイテムと俺を、何度も見比べている。それからアンリエッタにも視線を投げた。


「アンリエッタ様は、どのようなご関係で」

「アンリエッタは、俺の固有ダンジョン入り口に待機して、出入りの手伝いをしてくれている」


 同行しているとは、まだ王室側には明かしていない。そのことを知っているのは、イドじいさんやカイラ先生、グリフィス学園長の三人だけ。ああ、近衛兵パーシヴァルにも筒抜けだから、そっちにもバレてるか。いずれにしろ、そこ止まりだ。


 固有ダンジョンに入れるのは本人だけ。それは世界の常識……というか絶対則。アンリエッタが俺のダンジョンに入れていると知られれば、どうなる。俺だけでなくあの「金のがちょう」ダンジョンともマクアート家が強い関係を持っている――。国王はそう考えるだろう。


 そうなれば、アンリエッタや家元に厳しい沙汰が下りる可能性はある。がちょうの奪い合いだ。ふたりの秘密を明かすのは、タラニス国王は何があっても俺達の味方でいてくれると確信を抱けてから。それでないと危険だ。


「おふたりで協力されているのですね。素敵なことですわ」


 マリーリ王女は微笑んでくれた。


「これら三つのアイテムが揃って、その地が開放された。そういうことですね」

「ええ。そうです。マリーリ様」

「マリーリで結構ですよ、エヴァンス様。わたくしは歳下です」

「いえ……そういうわけには」


 王女を呼び捨てになんかできない。今は良くとも、王室との関係が悪化したときに掘り返され、断罪される恐れがある。


「つまり、アイテムとヒエロガモスの地には、強い繋がりがあるということです。わたくしでしたら、ヒエロガモスの地の探索には、そのアイテムを持ち歩きます」

「なるほど」


 たしかにそれもひとつの考え方だ。種程度はともかく、かさばる鋤だの邪魔な王冠だのは教員寮の金庫に置いておくつもりだった。だが少なくとも一度くらいは、全部持ち込むのも手だな。


「うむ」


 国王も頷いた。


「余もそれが良いと思う。……どうじゃエヴァンス。マリーリの顔に免じ、一度試してみてはくれんか」


 はあ。「自分とマリーリの顔に免じ」って言わないのはちょっと意外だ。国王なんだから普通はそうするよな。なにかあれば自分の手柄=俺に恩を売って縛ることが可能になるんだから。


「はい、タラニス様。俺、やってみます」

「よかった……」


 マリーリ王女は微笑んだ。


「エヴァンス様の冒険ご成就を、わたくしもお祈りしておきましょう。その……」


 少しだけ言い淀んだ。


「私室で」


 イドじいさんとグリフィス学園長は、にこにこしている。黙ったままだが。アンリエッタも同様だ。アンリエッタの沈黙には、実は意味があった。そのことを、俺は帰路の馬車中で知ることになる。つまり……。


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