10-7 俺の未来

「タラニス様がマリーリ様をお呼びになるとは思いませんでした。……夜中に」


 王宮から学園へと戻る王属馬車の中で、アンリエッタがぽつりと呟いた。


「気になりましたか」


 グリフィス学園長が微笑む。


「ええ……。タラニス様は賢いお方。あの行為にも、なんらかの意図が隠されているはずです」

「そうですねえ……」


 学園長は澄まし顔だ。


 俺の隣にはアンリエッタ。なぜか今日は俺にぴったりくっついている。向かいに座るのはグリフィス学園長とイドじいさん。このコンパートメントは、秘密の会話をするのにちょうどいい。御者席とは完全に隔離されてるからな。さすがは王属の早駆け馬車だ。


「もちろん意図はあるでしょう。……でも心配には及びませんよ、アンリエッタ」

「そうじゃそうじゃ」


 じいさんも頷いている。


「えっ……なにか心配するようなこと、あったっけ」


 俺の知る限り、ただ単に助言を求めただけな気がするけど……。


「大馬鹿者」


 じいさんに、額をこつんとされた。


「あれは布石じゃ。そのために面通しさせたのよ。エヴァンス、お前は底辺孤児。マリーリ王女など、見たことも聞いたこともなかろう」

「もちろんです。どえらくきれいでかわいかった」

「余計なことを口にするな」


 苦笑いだ。


「マリーリ王女とお前が前から出会っておったという事実が重要なのじゃ。いずれくる……婚姻のために」

「はあ?」


 思わず立ち上がっちゃったよ。


「俺が? 王女と? ないないないない。だって俺、孤児ですよ。家柄皆無の」

「間抜けよのう……」


 呆れ返ったかのように、ほっと息を吐く。


「あくまで、最悪の選択肢のひとつじゃ。国王たるもの、変動する未来に備え、いくつもの布石を置いておくものだからのう……。わしとしておる魔導将棋のように。タラニスは将棋もうまいでな」

「エヴァンス、あなたのダンジョンで次々と貴重なアイテムが発掘されている。ついには……謎の王冠まで。王冠ですからね。ただの冠ではなく。しかもエヴァンス専用装備というお告げだ。誰がどう考えても、あなたがなんらかの王になるという明示的神託ではないですか」

「それは……まあ……」


 あんまり深く考えていなかったけど、言われてみればそのとおりだ。王冠って明言されてるし。しかも神託――つまり女神の言葉として。間違いなどあり得る話ではない。冠はさすがにヤバいと思って、宝石を先に献上して尻尾振っておいたわけだし。


「国王たるもの、好き嫌いだけでは動けん。たとえ嫌いな相手でも、それが力を持ち、なおかつどこぞの国の王となるなら、相手とは有利な関係を築かなくては」

「そのためには縁戚関係となるのが手っ取り早い。それに国王はあなたを認めています。生意気な態度を取る孤児とはいえども、ひとり娘の相手にしてもいいと判断する程度までは」

「学園長からの言葉とはいえ、面と向かって素でディスられるのは、さすがに……」

「傷付きやすいのう」


 笑われた。


「タラニスはお主を気に入っておる。安心せい」

「とにかく、どう転ぶかわからない未来に向けひとつ、伏線を張ったということです」

「それにマリーリ王女も、父王のその戦略、気がついておったのう」

「えっ……俺を婿にするってことっすか」

「もちろんじゃ。マリーリと呼べと言っておったであろうが」

「そう言えばそうだけど……」


 いや呼び捨てとか、友達なら別に普通にある話だしな。あれただの社交辞令じゃないのかよ。親愛の情を、形の上でだけ作ってみせた。


「王女を敬称なしで呼べる人間は限られる。目上の身内、それも王位継承権が上の人間か、王女を娶る男のみよ」

「はあ……」


 言われればそんな気がしてくる。


「マリーリ王女より王位継承権が上なのは、王妃のみ。ひとりっ子であるからのう。残りの親族は皆、継承権は下よ。つまり呼び捨てにできるのは国王夫妻とお前だけ。もし……お前が受けていればの話ではあるが」

「断ってよかったですねえ……エヴァンス。ドハズレ男、天然の防波堤といったところでしょうか」


 学園長はくすくす笑っている。


「それに……姫様はエヴァンスの無事を『私室で』祈ると仰っていました。つまり公務ではなく、プライベートでということです」

「さすがはマリーリ王女じゃ。深夜に叩き起こされ、父王の意図もわからずあの場に呼び出された。にも関わらず瞬時に自分の役割を理解し、見事にこなしおったわ。わしがあと十年若ければ、嫁に取らせてくれと願うものを……」


 ハゲ頭を叩いて髭なんか撫でてやがる。いやあんた、十歳若くても爺さんだろ。無理無理。てかやっぱエロじじいじゃん。東の辺境に隠棲する、エロガッパとかいう幻の妖怪かよ。


「いずれにしろアンリエッタ、心配は無用ですよ。タラニス様はあらゆる事態に備えているだけであって、まずありえない選択肢なので」

「はい……グリフィス様」


 アンリエッタは、いっそう俺にくっついてきた。はあさっきから妙にくっついてきてたのは、そういう事だったのか。不安になってたんだな。……かわいいところあるわ。


 腰に手を回して、抱き寄せてやった。アンリエッタが安心できるように。


「それより学園長、イドじいさん。そろそろ教えて下さい。ヒエロガモスの謎について」


 俺は口火を切った。


「王冠鑑定の折、ヒエロガモスの地が開放されたと、女神ダナが神託を下してくれた。そういう言い方をするってことは、その地を目指せという意味でしょう。イドじいさんも、そこを探せと前、言っていた。知っていて教えてくれないのは、意地悪ですよね」

「まあ……そう思うのも無理はない」


 イドじいさんは苦笑いをしている。


「それにわしとグリフィスが長年解析しておった古エルフ語伝承解釈が、どうやら大筋では合っておるようじゃからな。エヴァンスが発見した数々のアーティファクトやダナの神託と突き合わせる限り」


 学園長と頷き合うと、続ける。


「ならば教えよう。だがその前に心してほしい。エヴァンスだけでなくアンリエッタもな。今から教えることは、わしらの解釈間違いかもしれん。それにここだけの秘密。……アンリエッタ、親元にも告げてはならんぞ。たとえ……どのような条件を出されても」

「はい。心得ております」

「アンリエッタ……」


 グリフィス学園長が微笑んだ。


「あなたのお父上は、教えなければエヴァンスとの離別を強要するかもしれませんよ。場合によっては。なにしろ事は、マクアート家の存続にも関わるやもしれない話です」

「エヴァンスくんと……お別れ」

「ええそうです。秘密を教えるのか、エヴァンスと別れるのか。二択を迫られたらどうするのですか」

「そのときはわたくし……自害します」


 アンリエッタは、決然と言い放った。


「秘密の情報は、許可が出るまで誰にも明かしません。……といって、エヴァンスくんと離されるならわたくしは、もう生きていないも同然。命を断っても同じことです」

「そうですか……」


 学園長は溜息を漏らした。


「王者の覚悟ですね。さすがは……エヴァンスの連れ合いに選ばれただけはある。そこまでの決意があるなら、話しましょう」

「いや待ってくれ」


 俺は叫んだ。


「そんなヤバい話に、アンリエッタを巻き込みたくない。聞くのは俺だけにしよう。それならアンリエッタに悪影響はない。というか、なんなら俺だって聞かなくてもいい。自分で謎を解明してみせる」

「それがよい」


 じいさんがあっさり同意した。あんまり俺に話したくないのかな、曖昧なレベルでは。


「ならば、解釈の確実な部分を中心に教えよう。それならアンリエッタが親元に話してもいいからのう。ガレイ地区長官も、この話を聞けば思うところもあるであろうよ。あやつは賢い男じゃ」

「では、イド様よりお話し下さい」


 腰帯から瓢箪を外すと、学園長は皆に回した。中には茶が入っていた。心を落ち着ける効果のある魔導茶が。


「うむ」


 茶を飲むと、じいさんがアンリエッタに瓢箪を渡す。アンリエッタが口を着けたのを見てから続けた。


「エヴァンスよ、この世界はいつ、どうやって生じたと思う」


 じいさんは話し始めた。世界開闢せかいかいびゃくと俺の固有ダンジョンにまつわる、とんでもない話を。

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