10-4 ティアマトの王冠

「これは……」


 教卓に置かれたかんむりを見て、教頭は絶句した。案の定だ。Zクラス同級生から学園役員まで、全員静まり返っている。近衛兵パーシヴァルも何食わぬ顔で役員に交ざり、教室最後部に立っている。


「これはまた……とんでもないアイテムを……」


 それきり、言葉が出てこない。はっと気がついたかのように、最後部の役員連中を見回した。特に近衛兵の顔色を伺うように。パーシヴァルが顔色ひとつ変えてないのを見て取り、安心したのか、ほっと息を吐いた。


「と……とりあえず鑑定してみよう」


 俺を見る。


「いいだろエヴァンス、鑑定しても」

「お願いします。そのために戻ってきたので」


 今日だけは、アンリエッタとは手を繋いでいない。とにかく、誤解を招くことだけはしたくないからな。俺達だけでなく、失敗すればアンリエッタ親元の領地や命にまで関わるから。


 下手な動きが命取りとわかっているからアンリエッタは、ひと言も発さず、大人しく俺の脇に立っている。


「おい……あれ」


 誰か、学園生が小声で囁いた。


「輪郭が揺らいで見える」

「オーラ……いや、マナだ。俺は魔道士の家系。俺自身は能力底辺だが、魔導感知力だけはある」

「感知力のない俺達の肉眼でまで確認できるほど、あんなにマナが溢れるなんて……」

「あり得ない」

「前代未聞だ」

「まさか……あれ、魔王の冠では」


 その言葉に、教室中がどよめいた。


「魔族を支配する力を持つ、究極のアイテムだったな」

「でもそんな物、魔王が手放すはずはない」

「まさかエヴァンスが魔王なのか……」

「しっ! 滅多なことを口にするな」

「死にたいのか、お前。国王の勅令を思い出せ」

「あ、ああ……」


 ひそひそ声が消えると、教頭は汗を拭った。それから小声で、つっかえながら鑑定魔法を口にする。


「教頭程度の魔導力であんな化物アイテム、鑑定できるのか」

「魔導力は関係ない。精霊界と通話するだけの魔法だから。精霊と女神ダナの力で鑑定されるんだからな」

「俺達は今、歴史の証人となっているんだ」

「ごくり……」


 やがて女神ダナの声が、教室に響いた。




――ティアマトの王冠。所有者限定装備――




「王冠……。ただの冠ではなく」

「王冠はまずい……。血が流れるぞ、王室を揺らして」

「流れによっては今の国王どころか、現デーン王朝自体の正統性が……」

「しっ!」

「俺はただの同席者だ。アイテム収集にも鑑定にも関係ないからな」

「とりあえず魔王絡みじゃなかったか」

「それだけはよかったわ。魔王アイテムなんか掘り出した日には、王朝どころか世界滅亡の前兆だからな」

「でも、ティアマトってなんだよ」

「わからん。いつものエヴァンスの謎アイテムと同じだ」

「おそらく……古代のロストアイテムだろう。過去に滅びた王朝は、数え切れないほどあるし」

「いずれにしろこいつはまた、とんでもないレアリティーを叩き出すぞ」

「ネームドだし王冠だ。おまけにマナ噴出とか、ひと目見るだけでヤバいのわかるしな」


 全員興奮しているのか、いつの間にかひそひそ声が大声になっている。


「静まれお前ら。そろそろ神託の続きが出るぞ」




――稀少度:レジェンダリーレア。推定買取価格ゼロドラクマ――




「やっぱり」

「買取価格のつかないLRアイテムをエヴァンスが持ち帰ったのは、これで三つめだ。なんか俺もう、レジェンダリーって聞いても『ふーん』としか思わんわ。まさかLR出現に慣れるなんてな」

「なんだっけ、最初がたしかすきだよな」

「『アプスーの鋤』『ムンムの種』、それに今回の『ティアマトの王冠』だ」

「全部謎アイテムだけどな。効果や使い方どころか、名称すらも意味不明のままだ」

「王立学術院が全力を挙げて調査しても、手がかりひとつないらしい」

「エヴァンスの固有ダンジョンでは、このままLRアイテム発見が続くってのか。信じられない。神話時代にすらなかったことだ」


 大声の会話はだが、俺も含め誰もが予想だにしていなかった「三つめの神託」が始まって、断ち切られた。ひとつのアイテムに神託が三つも下されるのは、前代未聞だ。



――キーアイテム集結確認。「ヒエロガモスの地」開放――

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