9-2 世界を受け入れる俺、俺を受け入れる世界
「ほらほら。あたしは先に入るぞ」
秒でまっぱになったバステトが駆け出した。
「どぼーんっ!」
叫んで、泉に飛び込んだ。せわしない奴だ。
「ところでみんなはどうなんだろ……。俺の裸とか、見られるとか」
バステトとリアン、アンリエッタはいいとして、まだ残り五人も女の子がいる。
「誰も気にしないと思うよ」
リアンが太鼓判を押してくれた。
「みんなもう、エヴァンスに慣れてるし。寝るときなんか、裸のエヴァンスと抱き合ってるもんね」
そういやそうか。リアンがとっかえひっかえ俺の寝綿草にみんな連れ込んでくるしな。違いはパンツを穿いているかどうかだけで。ほぼ全裸みたいなもんだ。とはいえそれは「俺については」の話で、みんなの裸ってのは別懸念だけど。
「わたくしもそう思うわ。気にしすぎよ、エヴァンス。別にどうということはない。ただお風呂に入るだけじゃない」
「そうだな」
まあいいか。嫌がる娘がいたら俺が上がればいいんだし。視界の隅にもうちらちら、肌色の物体がいくつも動いている。なるだけそちらを見ないようにして、俺は服を脱いだ。パンツを脱いだら速攻で湯船……じゃないか、泉に入る。
浅い場所に腰を下ろすと、ちょうど胸が隠れるくらいの深さだ。これなら下半身は誰にも見られない。いや別に見られてもいいんだが、「ここには呪いの装備がある」ってバステトをからかったデタラメ、あいつがみんなに吹き込んだからな。わざわざ見せて怖がらせるのも、かわいそうだしさ。
「ふう……。この泉、結構熱いな」
長風呂したらのぼせそうだ。水温が高いせいか、水面は湯気で覆われている。湯気の向こう、サラマンダーのニュートとウエアモールのカロリーナが、先の道を指してなにか話し合っている。膝上くらいの深さに立ったままだしこちら向きだから、きれいな体が丸見えだ。湯気に覆われているからなのかエロい感じはなく、神々しい雰囲気すらある。
カロリーナの私服はボンデージっぽいゴムスーツだ。それだけに服を着ていても体の概要は見えたも同然。裸も想像どおり、なかなか見事な体型だった。それに対してニュートはスリムで腰の張りなどは控えめ、胸も小さめ。でもライン自体はきれいだから、美しい彫刻のようだ。さすが爬虫類系モンスターベースというか、ストイックでなおかつ女子らしさがある。
考えたら俺、女の子の裸見たの、これが初めてだ。いや水浴の前後、俺が「女湯」から離れて食材掘りに行くとき、気の早いバステトが服を脱ぐのがなんとなく視界の隅にちらちらしたことくらいはあったけどさ。こう堂々と真正面から見るのはな……。
「たしかにリアンやバステトが言うように、もう誰も気にしてないか。俺のこと」
その横ではバステトとコマが、猫獣人同士、湯をばしゃばしゃ掛け合って遊んでいる。まあ胸が揺れてるわ。そりゃそうか。さらに隣ではクレタが、小柄なヨアンナを抱き抱えている。ミノタウロスって、怪力なんだな。
みんなの姿が湯気に揺れるのを眺めていると、ちゃぽんと音がして、俺の隣にアンリエッタとリアンが滑り込んできた。
「はあ……いいお湯ね」
「そうだな、アンリエッタ」
視線を前に置いたまま、答えた。すぐ脇の裸はヤバい。前を向いても裸、横を見ても裸……ってこれ、「前門の虎後門の狼」って奴か。……いや違うか。
「気持ちいいねー」
うーん……っと、リアンが腕を前方に伸ばした。
「そうだな、リアン」
「エヴァンスくんったら……」
くすくすと、アンリエッタの笑い声がした。
「そうだな、しか言わない」
「そうだな、アンリエッタ」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。恥ずかしいのは、わたくしだって同じ。でも……エヴァンスくんなら……ほら……」
俺の腕を取ると、裸の胸に抱えてくれた。この間の、教員寮の寝台でのときのように。アンリエッタの柔らかな体を感じる。
「ほら、怖くない」
「怖いわけじゃないさ」
「ふふ」
少し脚を開くと、俺の手を腿で優しく挟んでくれた。
「こうすると……落ち着く。すごく密着できるから」
「……そうだな」
いかん。声がかすれた。腕も手も、柔らかなところに触れている。湯気に揺れる水面を通し、微かにアンリエッタの胸の先が見えている。俺の腕に当たり、半分潰れるような形で。
「わあ、アンリエッタちゃん、いいねー。……私もっ!」
反対側の腕は、リアンに抱え込まれた。胸は当然だが全身、上質の根綿草のように柔らかい。スライムだからだろうか。アンリエッタの胸の先は次第に硬くなってきたが、リアンは柔らかなままだ。やっぱ人間とはいろいろ違うんだろうな。
「こうしてると、わたくし、この世界に許されているように感じる」
ぼそっと、アンリエッタが呟いた。
「ここはねエヴァンスくん、神様が創った特別に優しい世界。本来、入っていいのはエヴァンスくんだけ。でも……わたくしも、その一員として迎え入れられていると感じるの」
「アンリエッタちゃんは、もう私やバステトちゃんのお友達だよ」
「ありがとう、リアンちゃん」
ふたりは、両側からますます俺に密着してきた。
「わたくしも、この世界の一員になれている。リアンちゃんやバステトちゃんと同じく、エヴァンスくんの連れ合いとして。やがてわたくしは、みんなと同じにエヴァンスくんと……」
「なに三人でくっついてるんだよ」
じゃばじゃばと水しぶきを上げて、バステトが近づいてきた。
「コマと遊んでたろ、お前」
「もう飽きた」
俺のすぐ前で腕を組んだ。てかそこに立たれると、微妙な部分が目の前なんだけど……。
「ずるいぞ、みんな。あたしもまぜろ、くんくんさせろ。がおーっ」
ひざ立ちになる形で、俺の頭を胸に抱えた。
「はあーっ。あったまったエヴァンス、いい匂い……」
そのまま、俺の髪の匂いをくんくん嗅いでいる。顔が胸に押し付けられて、息が苦しい。顔を振ってなんとか胸の谷間で深呼吸する。頬に胸の先を感じる。
「エヴァンス、あんまりはあはあするな。胸がくすぐったい」
「贅沢言うな。嫌ならもっと緩めろよ」
「いや許さん。あたしを満足させてくれるまではな。はあーくんくん」
もういいわ。好きにしろ。
諦めた。別にいいや。殺されるわけじゃなし。むしろ現実世界では誰にもできない貴重な体験をさせてもらってるんだ。かわいいモンスターとアンリエッタに囲まれ、抱きつかれるという……。
ほっと息を吐くと目をつぶり、三人に俺を預けた。俺の体と心、魂を。この世界が俺を受け入れてくれるように、俺はこの世界のみんなを受け入れる。魂の……親友として。
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