9「けっこん」の謎

9-1 まさかの混浴イベント

「おっ。ずっと向こうに『てらごや』の丘が見えてきた」


 樹の上から、バステトの声が降ってきた。


「もう夕方だし、あと一日だな。行程で」

「もう降りてこい。暗くなると枝から落ちるぞ」

「あたしをなんだと思ってるんだエヴァンス。こんなの平気さ」


 言うものの、がさがさ音を立てて、大木から滑るように降りてくる。猫獣人は便利だよなー。嗅覚視覚に優れ、木登りも得意ときた。理想的な斥候――スカウト職になれるじゃん。


「帰りは早いわね。実際の日程もそうだし、精神的にも早く感じるわ」


 俺の隣で、アンリエッタは瞳を細めた。俺同様、もちろんそんな先は見えないはずだが、寺小屋方面を見つめている。


「一度通った道だからな。行きはなんとなく心細いけどさ」


 洞窟でふたつめの宝箱を発見した俺達は、寺小屋への帰路を辿っている。あそこはこの世界……というかこの地方での情報拠点みたいなところあるからな。ドジっ娘先生ソラスの顔も久し振りに見てみたいし。


「たしかにそうよね。寺小屋は近いと思うと、なんだかほっとしてくるし」

「そうそう」

「ねえ、エヴァンスくん」


 ミノタウロスのクレタが、俺の袖を引いた。


「横の泉でお風呂にしようよ。……もう今日は進まないでしょ」

「えーと……」


 一瞬だけ考えた。


「そうするか。風呂入って飯食えば、日没を少し過ぎるしな。ちょうどいい」

「じゃあ私、みんなに言っておくね」

「頼む」


「バステト偵察」の間、みんなは草原に腰を下ろして、木の実の水筒で水分を補給していた。クレタが近寄ると皆、うんうんと頷いている。気の早いドワーフ、ヨアンナなんかは、さっそく服を脱ぎ始めているし。


 まずはみんなが風呂を使い、その間に俺が食材を掘っておく。次に俺が風呂を使って食事にして寝綿草ベッドに横たわる――もうすっかりそのルーティンが習慣になっている。俺と言葉を交わさなくても自動で回り始めてるってことさ。


「わたくし、提案があるんだけれど」

「なんだい、アンリエッタ」

「その……エヴァンスくんも一緒に……その……」


 夕陽に赤く照らされて、アンリエッタはなんだか恥ずかしそうに見える。


「どうした」

「その……エヴァンスくんも一緒に……お風呂どうかなって」

「えっ……」


 思わず泉を見た。湯気の立つ「お湯の泉」は、かなり広い。ちょっとした沼とか池くらいの広さだ。俺を含めても九人なら、狭いどころか大海も同然。スペース的には問題なんかない。ただ……これまで「女湯」「男湯」時間差運用してきたからなあ……。


「その……いいのか、アンリエッタ」

「ええ」


 こっくりと頷く。


「前から思っていたの。洞窟掘りでエヴァンスくんだって真っ黒になっているのに、ひとりだけ待たせるのは悪いなあ……って」

「今日は別に穴掘りしてないぞ。ただ歩いてただけだし。リアンと花を摘んだり、バステトやコマを抱いてじゃらして昼寝したり、ヨアンナやクレタと石投げ競争したり」


 まあみんなと遊んでただけだわ。そもそも急いで寺小屋に向かわないとならないって話でもないし。


「気持ちの問題よ。罪悪感……というか」

「そうか……。リアン、お前はどう思う」

「いいよー」


 微笑んだ。


「私もエヴァンスとお風呂、楽しみなんだあ」

「ならまあ」

「でもバステトちゃんはどうかな。前はなんだか遠慮してたよね」

「そうだな……。どうだバステト」


 俺達に見つめられると、食べていた果物から、バステトは顔を上げた。樹の上でちゃっかり採取した奴だろう。


「あたしもいいぞ。前のときはなんだか……まだ早い気はしてたんだ。エヴァンスに裸を見せたり触られたりって。でもさ……」


 俺の手を取ると、両手で握ってきた。


「もうなんてことないな。考えたら毎日何度もくっついてくんくんしてるし。裸を見られてもいいよ。……というか実は最近、なんだか見てもらいたい気もしてるんだ。見てもらいたい、触ってもらいたいって。なんだかあたし、少しヘンになったのかもな」

「エヴァンスくんに慣れたんだね、バステトちゃん」


 リアンは嬉しそうだ。


「私も嬉しいよ。バステトちゃんも、私の仲間になってきたんだからね。エヴァンスくんと親友になれたからだよ」

「そうか……。あたし、たしかにそうかもしれないな」

「ここにいるみんなは、もう何日もエヴァンスくんと一緒だし、添い寝もしてるよね。みんな……エヴァンスくんの特別なお友達だよ」

「リアンがあたしたちを導いてくれるからな。それにしても……」


 バステトは、リアンの顔をまじまじと見つめた。


「お前は本当に変わったスライムだな」

「えへへ……」


 リアンは照れている。


「それにバステト。俺はもうお前に触ってやってるぞ」


 俺は口を挟んだ。


「またたびタイムのとき、頭や尻尾撫でてやってるだろ。お前とコマの。お前から頼まれてるんだぞ、あれ」

「それもそうだな。あはははっ」


 例によって喉の奥を見せて大笑いすると、服のボタンを外し始めた。


「ほらエヴァンスもアンリエッタも、早く脱げよ。風呂にしようぜ。リアンもな」


 脱いだ服は豪快にそこらにぶん投げる。あっという間に、バステトは生まれたままの姿になった。

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