8-4 アンリエッタの願い
大騒ぎになった恒例の鑑定を終えると、廊下でパーシヴァルと少し話をした。国王に対する今回のアイテム報告をどう処理するかとか、学園長やイドじいさん、カイラ先生なんかにはパーシヴァルが
まあ……事務会話だけじゃなく「相変わらずお前のダンジョンは途方もないな」とか、苦笑いはしていたけどさ。
「これで……よしっと」
教員寮の俺の部屋に戻ると、アンリエッタとふたりで、「ムンムの種」って奴を収蔵庫に収めた。中にはダンジョンで入手した宝物が、無造作に置かれている。まるで古道具屋の倉庫並だが、これ全部で五十億ドラクマ以上だからな。おまけにほとんど、どう使うかすらわからない謎アイテムばかりだし。
「何度経験しても、まるで夢ね」
宝物を眺めやりながら、アンリエッタはほっと息を吐いた。
「現実とは思えないわ」
「そうだな」
「特にふたつの『イナスの宝箱』、中身が
「うん」
「鋤で大地を耕して、種を埋めろって指示じゃないかしら。……この世界か、エヴァンスくんの固有ダンジョンでかはわからないけれど」
「それなあ……」
俺の返事を、アンリエッタはじっと待っている。
「それ、俺も考えてはみたんだ。でも埋めるためなら、種だけでいいよな。そこらのスコップでも地面なんて掘り返せるし」
「そうね……」
「だからなにか、特別な場所で埋めるとかじゃないかな。あの鋤じゃないと掘り返せない地面とか。あるいは埋めるとかはなしで単に、鋤と種に儀式的な意味があるだけとか」
「次の宝箱で埋める地面が出てくるとかは、どう?」
「ちょっと荒唐無稽だけど、それだってありえるよな」
「それなら指示もはっきりするものね」
「いずれにしろ、三つめの宝箱探しをするしかないだろ」
「うん」
「さて……」
窓の
「今日はこれで解散だな。……明日も朝、早いし」
なんたってリアンやバステト、それに掘削班のみんなが、あの洞窟脇で俺を待ってるからな。明日から俺は、みんなとまた「てらごや」に向かう予定だ。
「いつもありがとうな、アンリエッタ。助かるよ」
別れの挨拶に軽く抱いてやると、アンリエッタは俺の目をじっと見上げてきた。黙ったまま。ランプを点けていないので、どんどん部屋が暗くなる。
「……どうした」
「今晩はわたくし、この部屋に泊まるわ」
「えっ……」
冗談を言っているようには思えない。真剣な瞳だ。
「女子寮に戻らずにか」
思わず、当たり前のことを聞き返してしまった。
「うん。今日はエヴァンスくんと一緒に寝る」
「その……晩飯とか風呂は」
「もう済ませたじゃない」
「……そういやそうか」
なんせ洞窟掘りの肉体労働で、汗を掻いたし疲れて腹が減った。だから戻る前に向こうの温泉泉で風呂にして、おやつ……というかもはや早めの晩飯か、とにかく腹いっぱい食事して、みんなと別れたんだ。たしかにアンリエッタの言う通り、今日はこのまま眠ったって悪くはない。
俺ダンジョンでの生活は基本、野外。陽の出と共に活動を始め、夕方には寝床の準備をして陽が落ちたら寝るからな。その生活に体が慣れているから、もう眠いっちゃ眠いし。とはいえ……相手は貴族のひとり娘。もちろん嫁入り前だ。いくら国王の勅令で守られたとはいうものの、噂は怖い。
「朝、出入りを人に見られたらヤバいだろ」
「あら大丈夫よ。だって朝起きたら、そのままここからエヴァンスくんのダンジョンに入ればいいじゃない。一度も部屋から出ないんだから、誰にも見られないわ」くすくす
「それもそうか……」
「それに……わたくし、もう決めたもの」
まっすぐな瞳で、俺を見つめてくる。
「毎日向こうで、エヴァンスくんやリアンちゃんと添い寝してるでしょ。それと同じよ。なにも変わりはないわ」
「まあ……たしかに」
ただ、ふたりっきりだけどな。男と女の。
「わたくしなんだか最近、金曜の夜に女子寮で独りで横たわるのが寂しくて。あの世界では、毎日みんなで仲良く寝床に着くでしょう」
「まあな」
実は俺も、少し物足りなく感じてはいたんだ。なんというか……あの世界で雑魚寝してると、落ち着くんだよな。
「ならまあ……いいか」
正直迷ったが、もういいや。なるようになれ。なんかイドじいさんに怒鳴られそうだけど、知るか。俺は自分の好きなように生きるわ。
「よかった……」
ほっとしたように微笑むと、アンリエッタは背負ったバッグを下ろした。
「夜着に着替えるね。少しだけ……こっちを見ないで」
「ああ」
後ろを向く。背後で衣擦れの音がした。
「エヴァンスくんは……いつもどおり、裸でいいよ」
背中にアンリエッタの声がする。
「いや俺もこっちの世界には寝巻きくらい置いてあるし」
「裸がいいの。それが……いつものエヴァンスくんだもの」
「そうか……」
アンリエッタがいいなら、まあいいか。すっかり暗くなった部屋で、下着一枚になって寝台に横たわった。暗闇に輪郭しか見えない体が、すぐに滑り込んでくる。
「エヴァンスくん……」
「アンリエッタ」
いつものように俺の肩に頭を預け腕を回す。そのまま体を俺の上に重ねてきた。太腿も、俺の腰に乗せて。
「いつもよりずっと……エヴァンスくんの匂いがする」
小声だ。
「エヴァンスくんの寝台だからだよね」
「そうだな、アンリエッタ」
「なんだかすごく……落ち着く」
「早く寝ろよ。こうしていてやるからさ」
「エヴァンスくん……優しい」
頬を擦り付けてきた。
「ぎゅってして」
「はいよ」
左腕で抱き寄せてやった。
「背中……なでなでして」
「……」
右手で、ゆっくり撫でてやる。左右の肩甲骨の間から、すっと通った背筋……それからきれいな尻まで。アンリエッタの夜着は、裾が短い。何度も撫でてやるうちに次第にめくれて、ずっと上までまくれてしまった。そのまま撫で続けたから、俺の手は裸の背中と下着の上を何度も往復することになった。
「ねえエヴァンスくん」
「うん」
「あの世界は、エヴァンスくんをお婿さんとして迎えた。そうよね」
「そうだな。ただそれ、あのドジっ娘ふくろうのソラス先生が言ってるだけだけどな」
一応、「きょうかしょ」とかいう古代の書物を読み解いたらしいけどあいつ、絶対古代エルフ語の読み間違いとかしてそうだし。
「あんまり信頼できないよ」
「それを聞いたとき、わたくしショックだった」
今日は新月。緞帳も引いてあるから部屋は真っ暗。アンリエッタの顔は見えず、声だけが聞こえてくる。アンリエッタが話すと、首や胸を息がくすぐってくる。
「エヴァンスくんが、全員のお婿さんになるということは、いずれエヴァンスくんはあの世界に取り込まれてしまうんじゃないかって」
「どうかな、それは」
「もしそうなったら、エヴァンスくんはわたくしの前から消えてしまう。独り取り残されたわたくしはどうなってしまうのかと、不安で……」
そういやこの間、アンリエッタに言われたな。自分を残してこの世界に消えないでくれ――って。あのとき、こんなことを考えていたんだな。
「アンリエッタを置いて独りで消えたりしないよ」
「そう言ってくれると信じてた。エヴァンスくん、優しいもの。わたくしのことを大切にしてくれるし」
愛おしげに、アンリエッタの手が、俺の裸の胸を撫でてくれる。
「でも……みんなと毎日過ごすうちに、そんな不安も自然に消えていった。だってあの世界、ものすごく純粋だもの。わたくしに意地悪するような事態は起こらないんじゃないかって思えてきた」
「たしかにな」
信じられないほど純粋で無垢の世界だ。おれは俺も心から感じていた。
「それに……気がついたの。ソラス先生は、なんて言ってたかって」
「婿の件か」
「うん。ソラス先生は、モンスターみんなのお婿さんだなんて、ひとことも言わなかった」
「なんて言ってたかな」
衝撃発言に動揺したから、うろ覚えだわ。
「正確に覚えているわ。こう言っていたのよ。『その男は、私や皆さん、つまりこの世界に存在する全ての娘の
「……」
そう言えば……だが、たしかにそうだった気はする。
「いい。モンスターのお婿さんじゃないの。この世界の全ての娘のお婿さん……」
「そうだな」
「なら、わたくしも入るわよね。わたくしだって、あの世界に存在している娘だもの」
そこは気づかなかった。言われてみれば、たしかにその可能性はある。
アンリエッタの温かな体を抱きながら、俺の脳内を思考が高速で走った。
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