8-3 謎の種の鑑定

「イナスの宝箱、ふたつめか……」


 アプスーの鋤のときと同じだ。この「イナス」ってのも、「アプスー」同様、誰も知らないんだよなー。でも離れた場所にあった宝箱ふたつが「イナス」だってんだから、地名というより人名とか効果名、種類名の可能性が高くはなってきたか。


 とはいえまあ……国レベルの広い範囲の地名なら、同じであっても不思議ではないか。つまり相変わらず正体不明ってこった。


 溜息を漏らした俺の手を、アンリエッタがそっと握ってきてくれた。


「大丈夫よ、エヴァンスくん。いずれわかるわ」

「そうだといいな……」

「正体はともかく……」


 ドワーフのヨアンナは腕を組んだ。


「開きやしない。オレが蹴り飛ばしてみたんだがな」


 乱暴な話をする。


「見たところ、鍵穴はない。紋様に仕掛けでもあるのかと思ったんだ。飾りをある順番で回すと開くとか……。仕掛け箱作りは、オレも趣味でやるからな」


 ほっと息を吐いた。まあドワーフは地下掘削に加え、鉱石の精錬だの刀鍛冶、それに彫金なんかの工芸まで大得意だからな。


「でも無駄だった。仕掛けはなにもない」

「なに。前もそうだった。なっ、エヴァンス」


 顔を寄せてきたバステトが、俺の胴に手を回してきた。


「前みたいに触ってみろよ。開くかもしれない」

「そうだよエヴァンス。撫でてみて」


 リアンも頷いている。まあなー。前は俺が触れたら開いたからな。「外の世界の存在」がポイントになってるのかとは思ってたんだ。でも今まさにアンリエッタが撫でていたけど、箱にはなんの変化もなかった。……てことはやっぱり、俺限定なのかな。ここは本来、俺だけの固有ダンジョンだし。


「よし。……念のためみんな、少し離れてろ。万一にでも怪我するとまずい」

「うん」

「わかったー」

「はい……」


 全員が下がったのを見て取ってから、箱の表面に触れてみた。紋様の凹凸が、俺の指をくすぐる。――と、前のとき同様、俺の指と宝箱の間に、なにかが流れた気がした。ぴりっと。思わず手をひっこめる。


「毎度ながら驚くな。急にびりっとくるから」

「見てっ」


 少し離れた場所から、ネコマタのコマが叫んだ。


「煙が……」


 宝箱表面から薄く、黒い煙が立ち昇った。




――バンっ――




 金属質の音がして、箱の蓋が跳ね上がった。勢いよく。中から煙が立ち上っている。


「ほら開いた」


 バステトは得意げだ。


「あたしのヒトまたたびは有能なんだ。なにしろいずれ、あたしの婿になるくらいだからな」


 いや意味もわからず自慢してもなー……。


「エヴァンスくん、中身はなに」


 おずおずと、アンリエッタが近寄ってきた。みんなも続いて。


「なんか、ボールっぽいな。なんだこれ」


 取り出してみた。


「重っ!」


 手のひらにちょうど収まるくらいの丸っこい物体。茶色のしわしわで細かな筋がたくさん入り、つや消しの質感だ。


「植物に思えるわね」


 俺の手の上の「お宝」を、アンリエッタは指先で撫でた。


「触り心地もそう。冷たくないし。丸いし、種とか……干した実とかじゃないかな」

「でもどえらく重いぞ。ほら」


 持たせてみた。重そうに、アンリエッタの手がすっと下がる。


「本当だ。……この重さだと金属みたい」

「オレに持たせろ」


 受け取ると、ドワーフのヨアンナは懐からレンズを取り出した。目に嵌めて、球体の表面を拡大して見ている。


「金属じゃないな。……少なくとも、オレの知ってる金属じゃあない。ドワーフが知らないということは、誰も知らないってこった」

「バステト、コマ、嗅いでみろ」

「任せろっ」

「うん」


 嬉しそうに、ふたりがくんくんし始めた。


「これは……種かな」

「あたしも種だと思うよ」

「植物の香りだよな」

「そうそう。それに、命が中に入っている匂いもするもん」


 ふたりの意見が一致した。獣人の嗅覚で嗅ぎ分けたんだから、多分植物の種って線は当たりなんだろう。


「これで、イマスの宝は、ふたつめか……」

「いくつあるんだろうね、エヴァンスくん」

「いくつだろうなあ……」


 アンリエッタの体を、俺は抱き寄せた。


「わからん。……でもとりあえず、こいつの鑑定が楽しみだな」

「学園でね……」

「ああ」


 トーチ魔法と松明に照らされたみんなの瞳が輝いていた。次に俺に会ったときに、正体を聞かせてもらえると期待して。


           ●


「これはまた……奇妙なものを持ち帰ったな、エヴァンス」


 教卓に立つ教頭は、首を捻っている。


 金曜夕方。俺とアンリエッタは冒険者学園コーンウォールの底辺Zクラスに戻っていた。クラスメイトは食い入るようにブツを見つめ、ざわざわ。教室最後部にはもちろん、学園役員や近衛兵パーシヴァルが立っている。


 俺とアンリエッタが入っていくと、パーシヴァルは瞳だけで挨拶してきたよ。考えてみたら、あのとき国王と丁々発止した「戦友」みたいなもんだよな、俺達。


「はあ……まあ」


 俺は肩をすくめてみせた。


「今回は面白いと思いますよ」


 なんせ「イナスの宝箱」に入っていた品だ。前の「イナスの宝箱」に入っていたのは、レジェンダリーレア「アプスーの鋤」だった。当然こいつも、かなりのレア品だと思うわ。


「おう、エヴァンスの『面白い』宣言が出たぞ」

「今回も期待できるな」


 クラスがざわめく。


「なんせ前回は、十二個持ち込んだ品が全てSSR以上。総額五十億ドラクマ近い高額アイテム揃いだったからな」

「それで世間の噂になって……おっと」


 首を振ってやがる。


「あんまり余計なことを言わないほうがいいな」

「ああ。親元にも迷惑かかるしな」


 タラニス国王の勅令ちょくれい、ちゃんと効果を発揮しているようだな。助かるわ。


 それにしてもビーフの野郎を「出世」させてクラスから叩き出したからか、俺に対する当たりも随分、柔らかくなったわ。孤児だの底辺だのと俺を小馬鹿にする声は、もはやない。クラスメイトの超絶レアアイテム掘りを、クラス全体で素直に楽しんでいる感じよ。例の勅令効果もあり、クラスはかなり健全化したと思うわ。


「干し果実かな……これは。やたらと大きいが」


 こわごわ……といった様子で教頭は、教卓に置かれた「お宝」を見つめている。


「先生、早く鑑定して下さい」

「お、おう……。魂の精霊よ、我が請願に応え、存在の深淵から――」


 いつもの鑑定魔法を唱え始めた。詠唱が終わると、虚空に神託の声が響き渡る。




――ムンムの種。所有者限定アイテム――




「またもエヴァンス限定アイテムか」

「銘ありってことは、またぞろ、かなり貴重なアイテムだろ」

「例によって、謎の銘だけどな。なんだよムンムって。誰も知らんだろこんなん」

「またしてもSSR以上は確定か……」

「下手すると……ってのは変か、とにかくもしかすると、ウルトラレアがまた出るぞ」

「五千万ドラクマは稼げそうだな。まあ……限定ってことは他人には使えないアイテムではあるんだけど」


 ひそひそ声が聞こえる。


「ムンム……って、わかる?」


 背伸びしてくると、俺の耳にアンリエッタが囁いた。


「いや、全然……」


 イナスにアプスーにムンムか……。謎が増えるばかりだ。とはいえ後で考えよう。それより今は神託だ――。


「ほらアンリエッタ、おいで。神託の続きが出るぞ」


 腰に手を添え、アンリエッタの体を抱き寄せた。


「うん。……楽しみだね、エヴァンスくん」

「ああ」


 続いた神託に、クラスはまたしても大騒ぎになった。




――稀少度:レジェンダリーレア。推定買取価格ゼロドラクマ――

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