8-2 ふたつめの宝箱

「はあー、なかなか洞窟、見つからないねー」


 溜息をついてはいるものの、リアンは楽しげだ。いつものスライミーな服を着て、俺と並んでせっせと土を運び出している。


「まあ、一度埋まった洞窟だからな……よっと」


 掘った穴の脇に、俺はどさっと土を放り出した。埃と共に、土の香りが広がった。


「掘るのって、ノウハウが結構必要なのね。わたくし、感心したわ」


 放り出した土は、アンリエッタとバステト、ネコマタのコマがならしていく。


「だよなー」


 穴掘りは、もっぱら地下型モンスターに任せている。いやつまり、ウエアモールのカロリーナ、ドワーフのヨアンナ、それにミノタウロスのクレタに。この娘たち……つまり「掘削班」がスコップやつるはしで土を掘り進む。ある程度進んだところで、サラマンダーのニュートが炎のブレスで焼いて、壁を固める。その繰り返しだ。


 重要なのは掘ることより掘った土の処分なんだと。掘削班の娘が、くどいくらいに説明してくれたよ。たとえば洞窟のすぐ脇に積んでいては、なにかのときに崩れてまた埋まっちゃったりするし。運搬班の効率化のためにヨアンナが斧やのこぎりを振るい、木切れと幹の輪切りで即席の運搬車を作り、俺達「運搬班」に提供してくれたよ。


 初日こそ車が間に合わなかったので泥縄だったが、車が完成してからは掘削と運搬で速度が均一化し、割とうまいこと進んでいる。まあ……一週間掘ってもまだ洞窟にはぶち当たらないんだけどな。


「おっ!」


 穴の奥の奥から、ミノタウロス――クレタの声が響いた。そこそこ深く掘り進んでいるから、穴の奥は真っ暗。入り口からは、掘削班の姿は見えない。


「掘り抜いた。つるはしの先は……穴だ」

「洞窟かもしれんぞ」

「床が崩れないよう、慎重に」

「あたしが一度固めておく」


 炎のブレスで、穴の奥が輝くのが見えた。


「よし。始めよう」

「注意して……と」

「おおっ!」

「抜けた。洞窟が下にある」

「あたしが先に入って壁を固める」

「バステトかコマを連れてこい。暗闇でも見える娘が欲しい」

「へへっ」


 バステトが穴に飛び降りた。


「待ってました……ってんだ」

「あたしも行くね」


 ネコ系獣人のふたりが、穴の奥に消えた。


「俺達も覗いてみよう」

「うん、エヴァンスくん」

「そうだねー」


 リアンとアンリエッタの手を取る。


「下でこぼこだからな。転ばないように」

「うん」


 焦って怪我なんかしたら馬鹿らしいからな。三人でゆっくり先に進むと、たしかに先端にぽっかり、空虚な穴が開いていた。屈めば通れるくらいか。掘削班やバステトなんかは誰も居ない。もう穴に入ったようだ。


「俺達も入っていいか」

「大丈夫よ。……私が抱えて下ろしてあげるね」


 穴に呼びかけると、ミノタウロスの声がした。


「頼むよ、クレタ。……よし、まずはリアンから。ひとりずつだ」

「うん」

「よいしょ……っと」


 リアンを抱き上げると、穴からにゅっと突き出た腕に抱えさせる。クレタの腕に掴まるようにして、リアンの姿が消えた。


「ここはそっちの穴から崩れた土で天井が低いのよ。だから入ったら、四つん這いで進んでね。すぐに広くなるから怖くないわ。そこでは立てるしね」


 みんなが待ってるし……と付け加えたクレタが、次はアンリエッタを下ろしてくれた。最後に俺。たしかに聞いたとおり、天井は低い。でもすぐに、広い横穴に出た。


「ここは……」


 壁は土。岩とかじゃなく土肌だから、以前崩れたのも当然だろう。


「また地下に鉄砲水が流れたのよ、きっと。だから洞窟が再通したの。……多分、山の雪解け水が地下を走る水脈になってるんだと思うわ。今はもう春も終わりだから、水は消えたんでしょうね」

「なるほど」

「ニュートがブレスで壁を焼き固めてくれたわ。だから安全よ。……少なくとも、私たちが地下を探索する間くらいは」

「真っ暗だなー……」

「わたくし、トーチ魔法を使うわ」

「頼むよ」


 俺の隣で、アンリエッタがごそごそ動くのがわかった。短い詠唱の後、ぽっと魔法の光球がともった。獣脂ランプくらいのか細い灯りだが、周囲を把握するにはそれで十分だ。


「この魔法を頼りに、自分の固有ダンジョンを探索していたのよ」


 光を受けて、アンリエッタの瞳は輝いていた。


「そういやアンリエッタの固有ダンジョンは地下迷宮型だったよな」

「ええ。……なぜかモンスターは一体も出なかったけれど」


 先へ先へと進んでいるうちに、洞窟の天井に穴が開いているのを見つけ、顔を出したら俺の固有ダンジョンだったんだもんな。前代未聞の、固有ダンジョン融合という……。


「よし、行こう」


 洞窟は広く、長かった。ただ、分岐はない。西北から南東にまっすぐ伸びていて、微かに会話の聞こえる西北に進むと、やがて仲間が固まって立っている場所に出た。掘削班が持ち込んだ松明たいまつで、そこはかなり明るい。


「あったよ、エヴァンス」


 ウエアモールのヨアンナが、持っていたスコップを地面に突き刺した。


「ほら、ここ」


 スコップのすぐ先に、箱があった。しっかりまつられ鎮座しているというより、ぽんとそこに放り投げられたような感じで。


「小さいな、こいつは」

「そうね」


 ピクニックのときに、数人分のライ麦サンドイッチを入れて運ぶバスケットくらいの大きさだ。


「ここ、何度も激流で洗われたんでしょう。どうして流されなかったのかな」

「動かないのよ、アンリエッタちゃん。ほら」


 しゃがんだミノタウロスのクレタが、手で押してみた。びくともしない。


「どれ……」


 俺とアンリエッタもしゃがみ込んだ。アンリエッタのトーチ魔法に間近からオレンジ色に照らされて、箱はてらてらと輝いている。


「黒光りしてる……金属だよね。……エヴァンスくんのダンジョンの入り口扉にそっくり。びっしり刻まれた紋様まで……」

「だな。ちなみにアプスーのすきの入っていた宝箱も、そんな感じだったよ」

「へえ……。見て」


 表面を撫でていたアンリエッタが、側面を指差した。


「プレートがある。なにか書いてあるわ」




――イナスの宝箱――




「ふたつめか……」


 俺は唸った。

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