8 ふたつめの宝箱

8-1 満天星空の下で

「風呂も飯も終わったし、さて、そろそろ寝るか」


 あぐらを解くと、バステトが立ち上がった。


「もうじき陽が落ちる。あたしやコマのように夜目が利く奴ばかりじゃないしな。転んだら大変だ。寝よう」

「そうそう。寝よう寝よう」


 ネコマタのコマも大賛成。うきうき顔だ。


「あたし、晩ご飯の片付けするね」


 いそいそと、皿代わりの木の葉など回収し、大木の根本に置いたりしている。


「たしかに夜目はバステトちゃんとコマちゃんだけど、でもあたしやヨアンナ、カロリーナなんかは、洞窟大好き地下大好きっ娘だから、割とよく見えるけどね」


 サラマンダーのニュートが、口を尖らせた。


「そうそう。オレのようなドワーフを舐めてもらっては困る」

「暗いと本当にダメなのは、エヴァンスとアンリエッタ、それにミノタウロスのクレタくらいだよね」

「うんうん」

「だよねー」


 サラマンダー、ドワーフ、ウエアモールの三人で頷き合っている。


「いいんだよ。あたしは早く眠りたいんだ」


 バステトは言い切った。


「あー眠い」


 嘘つけ。


 今、俺とアンリエッタに同行しているのは、七人。サラマンダーのニュート、ドワーフのヨアンナ、ウエアモールのカロリーナ、ミノタウロスのクレタ。あとネコマタのコマ。それにいつものバステトとリアンだ。


 地下組モンスターを引き連れ、俺とアンリエッタはこうして、ふたつめの宝箱探索に挑戦している。「随分前に謎の宝箱を掘り当てた」謎洞窟が地下に埋まる場所まで、カロリーナの先導で出向いた。洞窟を探すため毎日、こうして掘って掘って掘りまくってるわけさ。


 以前カロリーナが宝箱を見つけたとき、やはりそれは開かなかったんだと。困っていると洞窟の天井が崩れ埋まってしまった。なので俺達は、まず洞窟の跡だかなんだかを掘り当てないとならないからな。


 あの「てらごや」からここまで一週間の道のりだった。そこから掘り始めて、今日で三日目。つまりタラニス国王との対決から、十日目ってことさ。


「さあ寝ようぜ、エヴァンス」

「おいでおいでー……。必殺、猫招きの術」


 寝綿草に倒れ込むと、コマとふたり、俺を呼びつける。周囲には寝綿草の群生があちこちにあり、仲間は皆、二、三人ずつくっついて横になっている。


「はいはい」


 こっそり溜息をつくと、コマとバステトの間に腰を下ろした。体を倒すと、さっそくふたりが抱き着いてくる。


「よし、今日最後のまたたびタイムだ。くんくんするぞーっ。がおーっ」

「はあ……エヴァンスくん……いい匂い。にゃーん……」


 例によって絞め技並にくっついてくると、ふたりして俺の胸や首、脇に顔を寄せてくんくんしている。


「あたし、エヴァンスくん大好き。エヴァンスくんの匂いが」

「あたしもだ。一生ヒトまたたびを離さないぞ」


 愛の告白じゃあないけど、まあいいや。俺、女子に好きとか離さないとか言われたことないし。愛の告白に脳内変換しとこう。


「ほら尻尾尻尾」

「耳、耳」

「はいよ」


 促されるまま、ふたりのネコミミを撫で、尻尾の付け根をぎゅっと握ってやる。こうするとふたり、喜ぶからさ。気持ちいいんだって。


 夢中になったバステトとコマは、俺の裸の胸に口を着けて唇を開き、荒い息をしている。うっとり瞳を閉じたまま。ふたりの体が発熱し始め、押し付けられた柔らかな胸を通じ、速くなった鼓動が聞こえてきた。


「はあはあ」

「はあはあ……エヴァンスぅ……もっと尻尾」

「よしよし」

「あ、あたしも……もっとなでなでして」

「よしよし」


 なんかもう、本当にネコをあやしてるみたいなもんよ。そのうちふたりとも幸せそうな顔で寝入ったので、俺はそっと体を起こした。


「むにゃ……」

「むにゃ……」


 ふたり抱き合って、そのまま満足気にすうすう寝息を立てている。


「毎晩これだからなー」


 地下系でもないコマが俺についてきたのはもちろん、ヒトまたたびを味わうためだ。でもバステトと交互に呼びつけられても面倒なので、夜寝るときにこうしてまとめて相手をしてやることにしたんだ。


「エヴァンスくん……寝た?」

「ああ、アンリエッタ」


 子供(?)を寝かしつけた俺は、アンリエッタとリアンが待つ寝綿草に移る。ネコの相手をしてやって、ようやく本当に眠れるってわけさ。


「いつもご苦労さま」


 夜着姿のアンリエッタは、くすくす笑っている。


「まあ仕方ないよ。ふたりとも頑張ってくれてるし。……よいしょっと」


 横になると、アンリエッタが身を寄せてきた。


「エヴァンスくん、頼もしいわ……」


 俺の腕に頭を乗せて肩に頬を寄せる。脚を俺の体に乗せると、胸を抱いてくれた。さりげなく、太腿も俺の腰に乗せてくる。


「すっかりみんなのリーダーね」

「そうかな」

「そうそう」


 話に加わってきたのは、サラマンダーのニュートだ。俺とリアンの間に寝ている。


「エヴァンスはリーダーになるべくこの世界に現れたんじゃないかって、あたしは思ってる」

「そうかな」

「そうだよ。……だってエヴァンスは、他の誰でもない『おとこ』だし……」


 遠慮がちに、俺の脇に体をくっつけてくる。つるつるした鱗、赤と黒のストライプワンピース水着が、俺の裸の胸に冷たくて気持ちいい。


「私もそう思うんだあ……」


 ニュート越しに手を伸ばしてくると、リアンが俺の体を抱き寄せた。そうするとニュートの体が俺に密着した。ニュートの控えめな胸が、呼吸に従って膨らみ、俺の胸を押してくる。


「だからみんなとすぐ仲良くなれるんだよ」

「そうかな……」

「リアンちゃんが言うなら、そうなんじゃないの。この世界でエヴァンスくんを待っていてくれたんでしょ。初めて出会った……お友達の判断だもの」

「アンリエッタもそう思うのか」

「うん……」


 アンリエッタは、俺の胸をゆっくり撫でた。


「エヴァンスくんは、わたくしやみんなの道しるべ。……そんな気がするの」

「……」


 俺は何も言わなかった。黙ったまま、アンリエッタとニュート、リアンの体を抱き寄せる。焚き火の炎のように、俺達はひとつになっている。


「……すう」

「リアンちゃん、もう寝ちゃった」くすくす

「いつものことだろ」

「ええ」

「あたしはまだ眠れそうもない」


 ニュートが俺の胸に唇を着けた。


「まだ『おとこ』……というかエヴァンスに慣れていないんだ。あたしやリアンとは違う体や心を持つ存在に」

「怖いなら俺、他に行くけど」

「ううん……」


 唇を開けると、胸を甘咬みしてくる。


「自分でも信じられないくらいすごく……落ち着くんだ。あたしの居場所はここだって感じる。そのことにまだ……戸惑ってる」

「俺はどこにも行かないよ。だから早く寝ろ」

「エヴァンス……優しいんだな」


 ちゅっと、少し強めに甘咬みしてくれた。


 俺が寝るのはいつも、アンリエッタ&リアンとだよ。ただリアンは、誰かひとりを必ず寝綿草に連れてきた。自分と俺の間に挟むようにして。


 おおむね毎日、違う娘だ。なんというか……俺をみんなに慣らすような感じ。俺やアンリエッタにしてみれば一気に友達が増えたわけで、リアンなりの気の遣い方なのかもしれないな。そういやアンリエッタのことだって、寝床では俺にくっつけてきたからな、リアンが。考えたら、あれと同じかも。


 寄り添ってやるうちに、ニュートも眠りに落ちたようだ。静かになった。


「エヴァンスくん……まだ起きてる」

「起きてるよ、アンリエッタ」

「きれいな夜空ね。星がまたたいて」

「そうだな」


 空気は驚くほど澄んでいて、またたく星が何千何万と満天に広がっている。


「その……」


 アンリエッタは黙っちゃったよ。


「……どうした」

「あの……」


 不安そうな声だ。


「ほら、おいで」


 ぎゅっと強く抱いてやった。少しでも落ち着くように。


「……わたくしを置いて……」


 消え入りそうな声だ。


「わたくしを置いて、消えちゃわないでね。この……ダンジョンで……」

「消えやしないさ。俺はアンリエッタを守るって決めたからな」

「うれしい……」


 夜空に、体を起こしたアンリエッタのシルエットが浮かんだ。夜に舞う妖精のように美しい。


「……約束よ、わたくしに黙って消えないって」


 ゆっくり顔が近づいてくる。長い巻髪が優しく俺の胸に落ちると、唇が重なった。


「……」

「……」


 アンリエッタは瞳を閉じている。永遠にも思える一瞬が過ぎた。


 唇を離すと、アンリエッタは、俺の頬を撫でた。すぐ近くから、俺の目をじっと見つめてくる。星の光に彩られ、神々しいまでに澄んだ瞳で。


「今のは……約束のキス」

「アンリエッタ……」

「男の子と女の子のキスじゃあないの。だからいいでしょ……。お父様だって、この世界だって……許して……くれるわ」

「そうだな」

「……もう一度だけ、約束して」


 柔らかな唇が、俺の唇に触れてきた。


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