7-4 俺の首、皮一枚で繋がる

「タラニス様……」


 飄々ひょうひょうと、グリフィス学園長が付け加える。


「当学園では、智慧ちえのアンリエッタ、ドハズレのエヴァンスで通っております。今まさに、御身おんみをもってお確かめになったことと存じますが、いかがですか。デーン王朝のために今後も尽くす『いいコンビ』とは、思われませんか」


 だが、国王は返事を返さなかった。俺とアンリエッタの顔を見比べながら長い間、黙っている。誰ひとり言葉を発しない中、部屋の沈黙が永遠に続くかと思われた。……と、国王は顔を上げた。


「色々な道があった。エヴァンスの話を聞いたばかりのときは……」


 独り言のように呟く。


「だがたしかに……総合的に判断すると、このふたりが潰れるのは、大きな損失だわい」

「では、よろしくお願い致します」


 この瞬間を逃すまいと、学園長が頭を下げる。


「賢王タラニス様の玉音ぎょくいん、ありがたく頂戴致しました」

「うむ。任せておけ。明日の朝には、適当な理屈をつけて触れを出しておこう」


 ふと、唇の端を上げて笑う。


「その方らの背後から、ハゲ頭がわしを睨んでおるでのう……。対応せんわけにはいかんだろう」

「しからば、わしらはこれにて失礼する」


 言われたハゲ頭の声がした。


「わしも歳じゃ。もう眠い。浅い睡眠は、肌に悪いでの」

「それが良いでしょうな」


 玉座の上で、国王は頷いた。


「……師匠。たまには遊びに来て下され。まつりごとなど、あの日々に比べると退屈にて」

「なに、お前も今、口にしたではないか。よわい十四のときに、運命に従ったと。諦めい。弱音を吐いてはいかん。お前の肩には、一国の臣民全ての命と生活が懸かっておる」

「……これは失礼。ごもっともです。弱音を吐く国王など、地獄の窯で焼かれたほうがよろしいですな。諫言かんげん、痛み入ります」

「とはいえ、たしかにわしも、魔導棋の相手に困っておったところだ。今後は、エヴァンスとアンリエッタの近況報告方々、頻繁に王宮に顔を出すこととしよう。……用務員の仕事が少ないときに」

「ありがたいことです。……ですが『用務員』とか、いつまで仰ることやら」


 苦笑いだ。


「こちらにも耳はある。……道楽も程々になさいませ、師匠」

「お前もわかっておるなら、話は早い。わしが身分を隠し、コーンウォールで遊んでおるわけを」

「まあ……デーン王朝の大恩人ですからな。そこは感謝しております」


 国王の礼を受け、俺達は謁見の間を後にした。人気のないところまで廊下を同行してきた近衛兵パーシヴァルが、そこで大きな溜息を漏らした。


「疲れた……」


 首をこきこき鳴らしている。


「私はここで別れる。今晩は近衛兵の詰め所で色々釘を差しておく。夜通しの役がいるからな。今夜の謁見の件を、万万が一にも口外しないように。特に……エヴァンスの、あの発言を」

「すまんのう……」

「イド様、私は寿命が縮まりましたぞ」

「ドハズレのすることじゃ、許してやれ」

「ぎりぎりでしたね」


 グリフィス学園長も、深呼吸をしている。


「さっきのあれで、終わったんですか。細かな相談、なにもしてないけど」

「エヴァンスよ、お前はまつりごとにはつくづく向かんのう。アンリエッタの足元にも及ばんわい」


 瞳を緩めると、イドじいさんは笑顔を作った。


「きちんとすると王が言ったではないか。あれは、わしらの意図を完璧に汲み取ったという合図じゃ」

「はあ……」

「調整は大変なのだ。方々のバランスを取らねばならんからのう。なのであの場で厳密になにかを取り決めることなど、不可能。仮にわしらになにかを細かく約束して後で細部が違っていたら、王の誤謬ごびゅうということになるではないか。臣民の瞳に映る『デーン王朝国王』は、無誤謬の存在でなくてはならん。王国を管理するのは、大変なのじゃ」

「なるほど」


 そういやそうだな。曖昧に取り決めて心の中で握ったってことか。双方の腹を理解し合い、その方向で互いにベストを尽くすと。


「今晩側近と唸りながら、タラニス国王が方策を捻り出すことであろう」

「徹夜ですねえ……」

「そういうことよ。わしらはぐっすり眠るがな。かわいそうだが、奴の仕事。宿命じゃ」

「とはいっても、こちらも同様。今から学園に戻れば、着くのは夜明けでしょう」

「一時間でも眠られれば、ぐっすりということ。……戦場あるあるじゃ」

「ふふっ。懐かしいですね」

「ところで、おいエヴァンス」


 パーシヴァルは、片方の眉を上げてみせた。


「何もわかっていないだろ。お前の首は、その胴体から離れる寸前だったんだぞ」

「えっ……別にそんな話、なかったですよね」

「馬鹿者」


 イドじいさんに頭を殴られた。


「国王が言っておったであろう。『色々な道があった。エヴァンスの話を聞いたばかりのときは』――と」

「ええ」


 国王の言葉を、俺は思い返した。


「あれをなんだと思ったのじゃ」

「いやなんか、アイテムを献上させるとか王室で保管・研究するとか、そのたぐいかと」

「損得を全て検討していたのですよ」


 学園長が口を挟んできた。


「あなたを処刑する道から、追放、軟禁、魔導薬による奴隷化。そんなところから始まって、上は英雄として顕彰けんしょうする道、さらには国王のひとり娘をめとらせるという、ありえない話まで。あらゆる選択肢を」

「マジすか……」

「そうしてタラニス様は、エヴァンスとアンリエッタの判断力に当面、自分の王国の運命を委ねることにした。これは為政者としては捨て身の賭けですよ。二十歳はたちにもならないドハズレの孤児に、自身が王として後世にどう評価されるかを託したのですから」

「はあ……」


 あんまり実感はないが俺、危機一髪だったのか。首の皮一枚って奴。


「エヴァンス、お前とアンリエッタ嬢の捨て身の訴えが、タラニス様の心を動かしたのだ。自分が若くして失わざるを得なかった情熱を持つ若者ふたりに、自身の運命を託してみようと。さすがは賢帝、タラニス様だ」


 パーシヴァルは、しきりに感心している。


「よせばいいのにお前がマクアート家と王室の歴史的経緯に触れたとき、私は死ぬかと思ったわ。タラニス様の『エヴァンスの話を聞いたばかり』というのは、正確にあの発言のことだからな」

「まさしくのう……」


 じいさんも認めると、パーシヴァルが続ける。


「あれは破滅魔法も同然の愚行。下手したら、お前だけでなく私達まで巻き添え処刑だぞ。そしてお前の言葉を謀反むほん言質げんちとして、アンリエッタ嬢とマクアート家を追い込むことすら可能になった。政を生業とする者にとって、潰したい相手の失言は、奇跡のようにありがたい天宝だからな」

「でも結果として、それが良かったのかもしれませんねえ……」


 学園長は苦笑いだ。


「政の文法や作法など、全く気にしないエヴァンスの」

「ドハズレの勝利じゃな」

「エヴァンスくんは正しいことをしています」


 アンリエッタの瞳は潤んでいた。


「先程は……自らの命を捨ててもと国王に逆らってまで、わたくしをかばってくれました。そのような人物です。わたくしも、この一命を賭して、エヴァンスくんを助けます」


 その宣言に、王宮の廊下は静寂に包まれた。かすかに、魔導トーチの発光音がする。


「これは驚いた。あの賢いマクアート家の血筋。その後継者に、ここまで言わせるとは……」


 パーシヴァルは溜息を漏らした。


「少し、思い違いをしていたようです。私は無骨な武人として育ったゆえ

「これは……ガレイ長官も頭が痛いじゃろうのう。あいつは賢い男。噂はもう知っておるはずじゃ」


 じいさんは楽しそうだ。


「アンリエッタ。お前のところに家元からなにか指示とか連絡はあるか。エヴァンスとの協力について」

「いえ……なにも。父からの便りはありません」

「それを……どちらの意味に取るかじゃのう」

「やはり、ヒエロガモスの地を目指すしかありませんね、イド様」

「うむ、グリフィス。それならマクアート家としての面目も保たれる。……というかはるか先祖の時代からの満願成就じゃ。わしらの世界がどうなるかは別として」


 イドじいさんは、ほっと息を吐いた。


「いずれエヴァンスとアンリエッタの前に、光は現れるだろうて」


 それきり黙った俺達を包むように、トーチの発光音が聞こえていた。


         ●


 翌朝、国王の「お触れ」が王国を駆け巡り、怪しい動きはぴたっと止まった。


 俺は感心したよ。「お触れ」では俺やアンリエッタの名前はうまく隠し、寝た子を起こさないようにしてある。それでいて調査が王命であることを強調して、邪推は我が身を滅ぼすと警告してあるしさ。


 特に凄いと思ったのは、「アンリエッタが協力するのは王命である」かのように誤読させ、マクアート家への攻撃を抑え込んでいる点だ。王命なのはアイテム探索であって、アンリエッタの件も王命であるとは、一言も書いていないのに。おそらくだけど、もうマクアート家とはこの件に関して握っていると思うわ。


 内容はこうだ。




――デーン王朝八代国王タラニス・ヘルム・デーンは、王立冒険者学園学園長グリフィス・ノール・イェルプフに本日、以下の王命を正式に下す――


直近発見された、国富をもたらす貴重アイテムの調査をこなすこと。人選は学園長に一任するが当面、特異な固有ダンジョンを持つ者に任せることを期待する。また長年にわたり冒険者学園に物心両面の援助を惜しまなかったマクアート家に、デーン王朝は代々敬意を払ってきた。本件遂行についても、マクアート家の援助に感謝する。


これは王命である。よって本調査に関してありもしない噂を流す者は、王国への遵従じゅんじゅうを疑われるであろう。




●業務連絡

次話から、第8章「ふたつめの宝箱」に入ります!

互いの気持ちを確かめ合ったエヴァンスとアンリエッタは、さらなる謎を求め、ふたつめの宝箱探索に。地下型モンスター娘の助けを借りながら掘削を進めるとひとつ、小さな宝箱が見つかった。その中身がまた、学園や王国でのエヴァンスの評判を一層高める。だが……。

第8章もお楽しみにー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る