6-7 学園長室の謀議2

「エヴァンスくん……」


 アンリエッタが不安げだったので、テーブルの下で手を握ってあげた。


「大丈夫だよ、アンリエッタ。俺がついてる」

「うん……」


 きゅっと、握り返してくる。


「エヴァンスくんのこと、信じてる……」

「マクアート家は、ガレイ地区長官か……」


 イドじいさんが、茶を口に運んだ。


「権力者じゃのう」

「しかも現王家より、遥かに長い歴史を誇っていますねえ……」

「イド様やグリフィスが知っての通り、その意味で、国王はマクアート家に複雑な思いを抱いています。そのひとり娘が、今回の事態に深く関与している。……会わせてもいいものやら」

「しかしアンリエッタが手伝っていること自体、すでに国王は知っておる。それにそもそも長官の娘ともなれば、国王との面識自体がすでにある」

「ですが、ダンジョンの中に同行しているとまでは、知らないはずですねえ……。パーシヴァルもしらせていないし。なら……謁見させてもいいのでは」

「立場上、ガレイ地区長官の娘であれば、謁見しても不思議ではない。孤児であるエヴァンスの謁見のほうが、はるかに異例であって」

「私は、アンリエッタさんを同行させるべきと思います」


 ここまで口数少なく動向を見守っていたカイラ先生が、力強く言い切った。


「皆さんも、先程からのアンリエッタさんの決意、ご覧になりましたよね。エヴァンスくんとアンリエッタさんには、心にもう強い繋がりがある」

「だからその心の繋がりが危険だと言っておるのじゃ。王室にとって、奇跡のアイテム掘りを次々成し遂げるエヴァンスは、金の卵を産むがちょうと同じ。独占したいはず。そこに王家よりはるかに長い歴史を持つマクアート家がしゃしゃり出て、エヴァンスを囲い込もうとしている……。そう解釈するやもしれん」

「逆に連れて行かなければ、それはそれで『エヴァンスはマクアート家の関与を隠している。後ろ暗いところがあるからだ』と、疑心暗鬼になるかもしれませんよ」


 カイラ先生は唇を強く結んでいる。


「だってそうでしょう。イド様が仰ったように、アンリエッタさんがエヴァンスくんに協力しているのは、もう王宮だって知っている。なぜ連れて来なかった――となるに決まっています」

「国王がどう感じ、どう動くかですねえ……。私やイド様が現国王と絡んでいたのは随分前。……どうです、パーシヴァル。近衛兵として見た、最近の国王は」

「国王が本件でどう判断するかは、私にもわかりません」


 パーシヴァルは首を振った。


「ただ、そこに王室の危機を嗅ぎ分ければ、思い切った手段に出るかも……。がちょうが自分の手を離れるのが必然なら、他人に渡る前に殺せばいい。国富にこそ反しますが、それも覇者としては、ひとつの正しい判断だ。それにがちょうを巡り内乱になれば、むしろ国は貧しくなるし」

「いえパーシヴァル様、今のうちに、大変動の可能性について慣らしておくべきです」


 カイラ先生は、強い口調で言い切った。


「だってそうじゃないですか。イド様やグリフィス学園長の口ぶりでは、いずれもっと大きな大変動が起きますよね、エヴァンスくんの固有ダンジョンで。そしてそれにはアンリエッタさんも絡んでくる。……ならば早いうちに、少しずつ国王に見せておくべきです。がちょうが自分の手を離れる可能性について。突然離れたら混乱の末に殺すかもしれない。しかし……少しずつであれば、事前に妥協案を捻り出すでしょう。国王タラニス様は賢君と、噂に聞いておりますし」

「うむ……」


 イドじいさんは、髭を撫でている。


「それにアンリエッタさんの気持ち、女の私には痛いほどわかります。学園生の願いに応えてあげられないで、なんの養護教諭でしょう。そして、なんの王立学園の誇りでしょうか」

「耳が痛い……。カイラの言う通りですねえ、イド様」

「気持ちはのう。しかしながら国王を慣らすというのは……。たしかに、そういう考え方もある。だがそれは両刃もろはの剣。いらぬ反応を巻き起こしてしまうやもしれんのう……」

「わたくし、同行致します」


 アンリエッタが、パーシヴァルを見つめた。


「わたくしとエヴァンスくんには、なんの後ろ暗いところもない。マクアート家にしてもそうです。現王家に逆らう気などありません。だってそうでしょう。我が一族は、滅びた王朝から現王朝に到るまで、何百年も王家を守ってきた摂政の家系。摂政が王家に逆らうとするなら、それは混乱し堕落した国王を命懸けでいさめるときのみ」


 近衛兵パーシヴァル、イドじいさん、グリフィス学園長と、アンリエッタは向かい合う重鎮たちをまっすぐに見据えた。


「今の国王は優れたお方と、父から常々聞かされております。国王は必ずや、エヴァンスくんに自由にダンジョン探索をさせて下さると信じております。エヴァンスくんの真の気持ちを、わたくしが国王に説明致しましょう。摂政マクアート家の存亡を懸けてもいい。父もわかってくれます。たとえわたくしの行動で、我が家系が途絶えたとしても。摂政の道理を全うした娘だと、必ずや褒めて下さいます」

「ふむ……」


 パーシヴァルが頷いた。


「アンリエッタ嬢……これでまだ十六歳か。さすがは誇り高き摂政マクアート家、ただひとりの後継者。頼もしいことだ」

「だからこそ……でしょうな、イド様。アンリエッタが選ばれたのは」

「うむ。……では、アンリエッタには同行してもらおう。……念のためグリフィス、お主もわしと共に、速駆け馬車に乗るのじゃ。あの鼻垂れに無言の圧力をかけんとのう……。エヴァンスとアンリエッタには、わしらがついておると」

「イド様やパーシヴァルと同じ速駆け馬車……」


 楽しそうに、学園長は微笑んだ。


「あの戦いを思い出しますな」

「大隊で三人だけ生き残った我らならばこそ……じゃな」

「私も感無量です、イド様……」


 近衛兵パーシヴァルが、俺とアンリエッタを交互に見た。


「この三人で、次代の誕生を見届けることができるやもとは……」




●業務連絡

次話から、第7章「国王謁見(仮題)」に入ります!

怪しげな噂のひとり歩きを防ぐため、国王への謁見を求めたエヴァンスと後見者達。奇跡の天才に興味津々の国王はだが、エヴァンスの「処分」を巡り、「もうひとつ」の厳しい道すら考えていた……。


第7章は珍しくシリアス気味の章ですが、続く第8章からは舞台もダンジョンに戻り、エヴァンスが大勢のモンスター娘といちゃつきながら冒険します。そんな姿を見て、エヴァンスとのハードルをどんどん下げていくアンリエッタはついに……。第8章もお楽しみにー。

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