6-6 学園長室の謀議1

「そうですか……。SSR以上のアイテムを十二個も一気に……」


 学園長室。例のズタ袋を置いたローテーブルを挟んで、グリフィス学園長は、呆れたように溜息をついた。


 学園長の隣にはパーシヴァルと用務員イドじいさん。向かい合う俺とアンリエッタの隣には、養護教諭のカイラ先生が座っている。


「馬鹿ですねえ、エヴァンス」


 学園長は苦笑いだ。


「隔週くらいで、ひとつずつ出せばいいのに……。一度に持ち込めば、騒ぎになるに決まっています」

「すんません学園長。なんだか色々言われるのも面倒臭くて」


 本音だ。とにかくあっちの世界での俺とアンリエッタのことは放っておいてほしい。


「グリフィスよ。こいつはドハズレじゃ。普通の男と思ってはいかん。バカなのは、仕方なかろう」


 にやにやしながら、イドじいさんは白髪の髭などいじっている。いや俺、素でディスられてるんですけど。


「だからこそ、あのダンジョンが生まれたのじゃ」

「女子化モンスターしか居ない、あのダンジョンですものね」

「あの……学園長」


 一瞬だけ、俺はパーシヴァルに視線を置いた。


「ああエヴァンス、大丈夫ですよ。パーシヴァルには全部話しました」


 やっぱりか……。そりゃ命を預け合った戦友だもんな。


「みんな約束を守ってくれませんね。絶対他人には秘密を明かさないって話だったのに」


 俺の嫌味にも全員、平然としている。


「パーシヴァルは私にとって、他人ではありません」

「それ、イドじいさんも言ってた。それで学園長に漏れた。……ずるいですよね。詐欺じゃないすか」

「まあいいではないですか。それより……」


 淹れたてのお茶に、学園長は口を着けた。


「それより問題は、どこまで隠しおおせるかですね。エヌマイナスの秘密を」

「これだけのアイテムを掘ってしまってはのう……。今頃、Zの学生は、実家に手紙を書いておることだろうよ」

「Zだけではありませんよ」


 カイラ先生が、自分のカップをテーブルに置いた。


「全学生が、今日のことをもう知っています。なにせエヴァンスは今、注目の的ですから」

「実力皆無のZはともかく、SSやSSSといった上位クラスともなれば、魔導通信術の使える学生もいますねえ……。そうなると実家には、ほぼリアルタイムで情報が伝わる。……王国中の貴族や大商人の間でこの話が爆発するまで、せいぜいあと数日でしょう」

「だから私がふたりをここに呼んだ」


 パーシヴァルは、ほっと息を吐いた。


「あらぬ噂を止めるには、もはや国王を動かすしかない。そのための相談と、ふたりの今後について話すために」

「うむ……」


 イドじいさんが頷く。


「あの鼻垂れ小僧の力を使うか」


 いやただの用務員が、国王を鼻垂れ扱いとか。しかも国王側近たるパーシヴァルがそれを諌めないなんて……。どうやら過去に色々ありそうだ。


「なんか勝手に話が進んでますけど……」


 俺は口を挟んだ。


「ずるくないですか。学園長やイドじいさんは、何かを知っている。俺のダンジョンの謎について。なのに何も教えてくれず、ああしろこうしろと――」

「なら私からもひとつ訊きますが、エヴァンス……」


 学園長にじっと見つめられた。ハーフエルフだけに、異様に澄んだ瞳だ。


「エヴァンス、あなたは私達に全てを話しているのですか。あなたのダンジョンで今まさに起こっている事態について」

「いえ……それは……」


 痛いところを突かれた。とはいえ、婿がどうしたこうしたとかいう核心部分については、今のところ明かすつもりはない。そもそもあのふくろう娘の勘違いかもしれないし、仮に事実とすれば、それはそれでヤバすぎるからな。俺やアンリエッタが実験動物や生贄いけにえのように扱われては困る。


「エヴァンスくんは、悪いことはしていません」


 アンリエッタが、学園長を睨んだ。毅然とした口調だ。


「ただ……パーシヴァル様やグリフィス学園長のご依頼どおり、国王のためにあのダンジョンを攻略しているだけです」

「……いい瞳です、アンリエッタ」


 学園長は微笑んだ。


「エヴァンスを守りたいのですね」

「もちろんです。だってエヴァンスくんは……」


 それきり、アンリエッタの言葉は消えた。


「エヴァンスくんは……あのダンジョンの……その……」


 これ以上踏み込めば、あの婚姻の話をすることになる。俺がまだ話していない以上、自分から明かすわけにはいかない。なにか戦略があるはずだから……。そういうアンリエッタの迷いは、俺にはよくわかった。


「それより今後の話をしましょう、エヴァンス」


 アンリエッタの逡巡しゅんじゅんを見て取ったのか、学園長はさりげなく話題を変えた。


「私やイド様だって、あのダンジョンについて詳しく知っているわけではない。以前も話しましたよね。古代エルフ語の伝承は理解し難いと。曖昧な話を間違った解釈であなたにしては、むしろエヴァンス、あなたやアンリエッタの今後に影が差す。それでもいいのですか」

「いえ……俺はともかく、アンリエッタには……」

「いずれ必ず話してやるわい。もう少し……お前のダンジョンの情報が出揃ってきたらの」


 イドじいさんに笑い飛ばされた。


「だから安心しろ」

「エヴァンスには、王宮に赴いてもらいます。今からすぐ」


 近衛兵パーシヴァルは言い切った。


「き、今日ですか? だってもう、金曜の夕方ですよ」


 さすがに驚いた。ここから王宮までは、馬車を使っても普通に丸一日がかりだ。


「構わん。速駆け馬車がある。国王には晩餐も中断し、寝ずに待っていてもらう」

「はあ……」

「それは決定事項。ここまでは自明だ。私の独断でな。それより私がイド様やグリフィスと相談したかったのは、アンリエッタ嬢を同行させるかどうか、その一点」

「うむ……」


 一声唸ると、イドじいさんは黙り込んだ。学園長も、難しげに眉を寄せたまま、茶を飲んでいる。


「そこは重要じゃのう……。下手をすると、エヴァンスとアンリエッタ、ふたりの命に関わるやも。運命という意味ではなく、文字通りの意味として」


 とてつもなく不吉な言葉を、イドじいさんは口にした。

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