7-2 俺とアンリエッタ、ふたりの危機

「どうじゃ。そちの名字は、豪奢な印象にするか。それとも端正なものがいいかな」


 タラニス国王が、俺の返事を促した。


「えーと……もったいなさすぎて……その……」


 わざと口ごもり、時間を作りながら考えた。大きな借りを作るのは危険だ。といって断れば、王の顔を満座で潰すも同然だ。身寄りすらない孤児が……。俺だけでは済まない。アンリエッタ個人やマクアート家まで、王の不興に巻き込むことになる。それだけは、是が非でも避けなくてはならない。


「タラニス様、本日エヴァンスを連れ参りましたのは、重要な相談があるゆえ。たかが孤児小僧の帯名たいみょうなぞ、後日の相談と致しましょう」


 学園長が割り込んでくれて、ほっとした。俺を卑下ひげし、名前の件は些事さじと位置づけることで、王の面子を立てつつ話題をそらす――。さすがは学園長。長寿たるハーフエルフの経験からくる戦略と咄嗟の判断力、すげえな。


「おうおう。そうであった。……実は余も心配でな。とてつもない力は、とてつもない人格にこそ宿るべき。もし無能が無限の力を持たば……」


 俺ではなく、学園長の瞳をじっと見据えている。


「そのような存在は、王国のためにはならん。そうであろう、グリフィスよ」

「ごもっとも。そのような輩は、とっとと潰すべきかと……。捕縛して、首を斬り落としましょう」


 涼しい顔だ。俺の命、あっさり学園長に切り捨てられてて笑うわ。


「だが杞憂であったようだ。のう、グリフィスよ」


 ほっと息を吐くと、まっすぐ見据えてくる学園長から、国王はすっと視線を逸した。


「エヴァンスは十八歳と聞いておる。その歳でいきなり王宮に連れてこられ、国王に名字の件を振られても、どう対応すべきか必死で考えておった。素人としては、まあまあの判断力としていいであろう」

「相変わらず、お人が悪いですな、タラニス様は」


 なんだよ……。あれ、まつりごとけたおっさん同士の、丁々発止のやりとりだったってのか。


「してパーシヴァルよ。なんでもエヴァンスがまた、とてつもないアイテムを掘り出したとか聞いておる。自身の固有ダンジョンで。……その件であろうな」

「はい、我が君」


 俺と友情を誓い合った近衛兵が一歩前に出て、並んだ。


「余は聞いておる。これまでエヴァンスは、ウルトラレアの装備とアイテムをひとつづつ、それに正体不明のレジェンダリーレア装備をひとつ持ち帰ったと。なんであったか……そう、アプスーのすき。しかもそのレアリティーにありながら、推定買取価格ゼロドラクマという」


 くっくっと声を漏らした。


「『アプスー』が何を意味するのか、王立学術院の学者が総出で調べておる。だが、さっぱりなようだ。困ったものだのう……」


 困った困ったと言いながらも、楽しそうな笑みを浮かべている。


「で……」


 玉座の上で、両手を広げてみせた。


「エヴァンスが今度はなにを持ち帰ったのだ、パーシヴァル。学園に派遣されたお前がわざわざ早駆け馬車を飛ばしてまで、夜中に駆け戻ったのだ。並大抵のことではあるまい」

「我が君、エヴァンスは十二ばかりのアイテムを持ち帰りました」

「ほう……一度にか。それは重かったであろう。よくぞ持ち帰った、エヴァンスよ」


 玉座から身を乗り出した。


「してパーシヴァル、レアリティーは」

「SSR八つ。ウルトラレアが四つ」

「なにっ!」


 パーシヴァルの説明に、海千山千の国王も目を見開き、さすがに絶句している。背後の側近連中もどよめいた。会議の場以外では自身の感情を絶対に出してはいけないと訓練されている、側近が。


「たとえばそのひとつに、ハイドラゴンの逆鱗が……」

「うむう……」


 乗り出していた体を、国王はどさっと背もたれに預けた。


「逆鱗……などと……。しかもただのドラゴンですらなく上位種の……」

「タラニス様……」


 グリフィス学園長が付け加えた。


「推定買取価格は、全部合わせて四十八億九千万ドラクマとの鑑定でした」

「それは……そうであろう……その内容なら」


 上の空でそれだけ呟くと、黙り込んだ。先程までの取り繕った親しみやすい国王の姿は、もはやない。王国と国民、それに自身の王朝を背負う男が、厳しい状況を乗り切るときの面構えだ。


「のう、タラニスよ」


 これまで一言も発しなかったイドじいさんが口を挟んだ。てか用務員のくせに国王を呼び捨てなんだけど……。同じ戦友である学園長やパーシヴァルですら敬語なのに。いいんか、これで。


「この情報は広がりつつある。その場におった学園生から、全学園、そして親元へとのう」

「……」


 国王は、まだ黙っている。それに応じ、こちら側の誰もが口を開かない。沈黙の時が流れた。


「……そういうことですか、師匠」


 タラニス国王は、ようやく言葉を絞り出した。


「だから早駆け馬車を飛ばしてきたと」

「うむ。レアアイテム大漁を喜び、呑気に報告に来たわけではないのじゃ」


 重々しく、イドじいさんは頷いた。


「一刻も早く動かねば、エヴァンスと、こやつに協力しておるアンリエッタ・マクアートのためにはならん」

「アンリエッタ……マクアート……」


 国王の視線は、俺の背後に飛んだ。後ろに控える、アンリエッタに。


 名門マクアート家の家名を聞いて、側近も侍従も静まり返っている。

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