6-4 「てらごや」の「きゅうしょく」

「さて、食べるぞーっ」


 大量の食物を前に、バステトは大喜びだ。


 結局、「婿」のことなんか誰も知らない。その場はウエアオウルのソラス先生が適当にごまかし、これ幸いと「きゅうしょく」時間となった。ちょうど昼時だしな。みんなでご飯を探しに行って、地面に車座になって食事にした。


 十数人分の飯なんだ。そらもう俺の包丁スウォードが大活躍よ。なんか知らんが「男って便利」とかで、やたらと感心された……というか下僕としてモテたわ。


 それにバステトが余計な事を言ったせいで、ほとんどの娘にとっかえひっかえ密着され、くんくん体中の匂いを嗅がれた。だいたいは「ふーん」的な表情で「いい匂いだけど言うほどじゃ……」って感じ。


 でもネコマタのコマだけは猫系モンスターのせいか、やはりバステト同様、俺の首の匂いを嗅いでいるうちに腰が抜けたように座り込んだ。俺の脚にすがりつき手を回したまま、それでもまだ太腿をくんくんしてうっとりしてた。


 みんなもそれを見て、バステトの話はあながち嘘ではないとわかったみたい。ただ効果の強さが人によって違うだけで。


 それと俺は、妙に先生になつかれた。飯の間も後も、座り込んだ俺の体を後ろから抱いたまま、背中に頬をすりすりしていたよ。またたび効果じゃなくて、なんだか「頼りがいがあって素敵」ってことらしい。どうやら知識欲があるせいで「先生役」をやらされていたがソラス、ドジっ娘だけに自信はあんまりなかったらしい。そんなようなことを話してくれたし。


 俺は外の存在だ。だから教師の仮面を外して頼ってもおかしくない。だからこれまで我慢してきた甘えを、思いっ切り俺にぶつけてきているようだった。


 ここ「てらごや」には決まったカリキュラムとかはない。生徒にしたって固定的ではなく、その日気が向いた娘が集まって、先生と一緒にいろんな話をしているらしい。つまり学校というよりあちこちの噂話や新しい寝床や沐浴場所情報なんかを交換する、井戸端会議みたいなもんだな。


「それでね……」


 給食が終わった頃、リアンが立ち上がった。


「エヴァンスはねえ、この世界の宝を探して冒険してるんだよ。ひとつはもう見つけた。イグルーちゃんが教えてくれたんだあ。あの長っ細い宝箱を」

「そうそう。これまで誰も開けられなかった宝箱なのに、エヴァンスさんが触っただけであっさり開いちゃって、私もびっくりしちゃって」

「中はなんだったの」

「なんか長い枝みたいだったよね」

「俺の世界で鑑定してもらったら、『アプスーの鋤』ってアイテムだった。だれかこれ、知ってるか」

「……」


 全員、首を横に振っている。やっぱこの世界の住人にも謎か……。


「だからみんなも知ってたら、宝箱のことを教えてほしいんだけど」

「それは興味深い話ね」


 俺に抱き着いたままうっとりしていたソラス先生が、元気よく立ち上がった。知識欲が刺激されたんだろう。


「誰か、知っていますか、宝箱のありかを」


 全員、顔を見合わせたまま、黙っている。


「余が……友に聞いてみよう」


 ハイドラゴンのグウィネスが請け負ってくれた。


「空を飛べる娘は、行動範囲が広いからのう……」

「助かるよ、グウィネス」

「なに、いずれ婿殿になる存在の頼みとあらば、お安い御用だ」


 相手が意味を知らないとわかってはいるが、元がドラゴンだけにとびきり高貴な姿の美少女に言われると、どきっとするわ。


「実は……あたし……ひとつだけ心当たりはある」


 歯切れが悪いのは、ウエアモールのカロリーナだ。


「以前、退屈しのぎに穴を掘りまくっていた時期があるんだ。そのとき、不思議な洞窟にぶち当たった」


 なにかを思い出そうとするかのように、天を仰いだ。それから続ける。


「いや洞窟は洞窟なんだけど、岩とかじゃないんだ。地下水が鉄砲水で流れた後の空洞かなんかで、単に土……というか泥。そこに宝箱がひとつあった。でもそういう穴だから危なくてな。実際、数日で天井が落ちて埋まっちゃったし」


 俺の顔をじっと見つめた。


「だから、あたしらみたいな地下モンスター以外を連れて行くのはちょっと……」


 言いにくそうだ。


「でもエヴァンスがどうしても行きたいって言うなら、案内はできる。大体の場所は覚えているし」

「それなら俺にも手伝わせろ。穴掘りとくれば、このドワーフ様だって負けてはおらん」

「ならあたしも参戦するね。サラマンダーは穴蔵好きだし、脆い壁は炎で固められるから、役に立つよ」


 結局、ミノタウロスまで含め、その場に居た地下系モンスターが協力してくれることになった。あとネコマタのコマな。こいつは地下系じゃあないんだが、どうしてもついていくと主張した。理由はまあ……バステトと同じだろう、多分。


「助かるよみんな」


 俺は頭を下げた。


「なんてお礼を言っていいやら……」

「いいんだいいんだ。あたしはリアンと仲いいし」

「それにせっかくの新しい友達、エヴァンスとアンリエッタの頼みだしねえ」

「『おとこ』っていう存在がどういうものか、興味もあるしな」

「そうそう。私、エヴァンスと抱き合って思ったもの。……なんだか妙に懐かしい。ここは本来、私の居るべき場所なんだって」

「だからエヴァンスと寝泊まりもしたいから」

「ありがとうな、みんな。その……」


 この際だ。ついでに言っちゃおう。


「その……あとひとつ、実は頼みがあるんだけど」

「なんだ、婿殿。なんでも申してみよ」

「またご飯作ってくれるなら、なんでもしてあげるよ」

「あたしは添い寝してもらうだけでいい」

「実はさ、俺の居る世界にアイテムを持ち帰りたくて」

「アイテム?」


 みんな、首を傾げている。


「ああ、宝とかそんな大げさなもんじゃなくていいんだ。みんながもう使わない、捨ててもいいような奴。壊れた道具とか古い物とか」


 実際、リアンの謎ストローとか、バステトの謎泥玉とか、そんな感じでもらったもんな。なに、そんなんでいいんだよ。俺はもう貴重なアイテムを三つも持ち帰った。後はノーマルだろうがハイノーマルだろうが、その程度の品でもちょくちょく出していれば、学園でいきなり扱いが悪くなることもないだろ。


 いや俺は元に戻るだけだからいいんだけど、アンリエッタがかわいそうだ。上級貴族の、しかもひとり娘なのに、孤児底辺の俺と仲良くした挙げ句、一時的に出世した俺がいきなり失墜したとなるとさ……。知らん奴が悪意を持って解釈するなら、「有望株に尻尾振った馬鹿な娘が……」とかなるだろ。ビーフみたいなカス野郎だっているわけで。


「ああいいよ。こんなんでいいなら持ってってくれ。使い込んで切れ味が悪くなった戦斧だけど、鍛造の出来はいい。一度焼きなまし、また焼入れして研ぎ直せば、最高の切れ味に戻るぞ」

「実はこれ、私も持て余していたんだよ。だからあげるね」

「婿殿の頼みとあらばなに、余の全てでも捧げてみせようぞ」


 ――とかなんとか、全員から多種多様な不要物……あわわアイテムが集まったよ。みんなありがとうな。


 んでまあ、このアイテムがまた、学園で大騒ぎを巻き起こしたわけさ。



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