6-3 知ったかぶり「せんせい」ソラス

 俺が、この固有ダンジョンの娘全員の婿むことなる――。


「えっ……」


 それを聞いて絶句したのは、アンリエッタだ。


 正確に言えば俺とアンリエッタな。だってそんなの信じられるかよ。そんなダンジョン、聞いたことないぞ。


 普通は……というか知られている限り全てのダンジョンでは、現れるモンスターのほとんどは敵対的。狩って狩られての殺伐とした世界を冒険するもんだ。それなのに俺の固有ダンジョンだけは、モンスターが嫁として現れるとか、どういうことよ。


「へえーっ。すごーい」


 とりあえずリアンは喜んでるな。意味なんかわからないだろうに、無邪気な奴。


「そうか。あたしのヒトまたたびは、あたしの婿になるのか。えっへん」


 こいつもわけわからず自慢げだ。


「でも先生、『むこ』ってなんですか。聞いたことないんだけど」


 ごもっともな質問を投げかけたのは、ミノタウロスのミノスだ。


「余も知らんのう……」

「むかでの子供のことかな」

「エヴァンスくんがむかでになるのかあ……可愛いかも」

「いやいや、海の向こうに連れてってくれるんじゃないか。だから『向こ』。海にはあたしらがまだ友達になっていない娘が多くいるって話だし」


 わいのわいの、勝手なことを言い募ってるな。今この場でその意味を知ってるの、俺とアンリエッタ、それに先生役ウエアオウルのソラス――、この三人だけだと思うわ。それにそもそも俺にしても「婿」自体の意味は知っていても、なんでこの世界で俺が全員の婿になるのかとかは、さっぱりわからんし。どういう理屈だよ。


「先生、早く『むこ』のこと、教えて下さい」

「それは……その……」


 あら、ソラスの顔色、急速に青くなったぞ。赤くなったんなら結婚のあれこれが恥ずかしいからだろうけど、青は……なあ。


「せ、先生もよく……わかりません」


 やっぱり……。こんなん笑うわ。


「なあんだ」

「がっかり」

「こ、今度までに調べておきます。この『きょうかしょ』、分厚いし古代エルフ語なので、どこに書いてあるかよくわからなくて……」


 はあ……と溜息をつく。なんだ時間切れしたけど適当にごまかせると思ってただけか。なら婿の真実を知っているのは、この場でふたりっきりってことになる。


「エヴァンスくん、いいの……教えないで」


 俺の手をきゅっと握ると、アンリエッタが顔を見上げてきた。


「いや、婿とか嫁の説明はやめとこう。とりあえず今は」


 ひそひそと耳打ちした。


「だってさあ……、そんなの信じられないもん。アンリエッタだってそうだろ。今説明して後々間違いだったってなったら、どえらく恥かくし。俺、痴漢か色魔扱いされそうだわ」

「それは……たしかに」

「それになにかの勘違いかもしれない。古代エルフ語の字の読み間違いとかさ。あの『せんせい』、微妙にドジっ娘っぽいし」

「それも……たしかに」


 あっさり認めてて笑う。ドジっ娘美少女教師とか、それはそれで魅力的な属性とは思うよ。でも事は俺の嫁の話だ。ドジっ娘の存在に喜んでいる場合じゃない。


「でも……エヴァンスくんが……ここにいるみんなのお婿さんに……もしなるなら」


 見上げる瞳は、どういう意味かは不明だが、わずかに潤んでいた。


「もしそうなるなら……わたくし……」


 俺の腕を取ると柔らかな胸に、きゅっと抱いてくれた。そんなことをしてくれたのは、初めてだ。

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