6-2 「おとこ」が世界に現れたわけ

「はい、皆さん立って」

「はーい」

「はい、先生」

「はーいっ」


 教師役であるソラスの言葉に、みんな素直に立ち上がった。


「皆さん、新しいお友達にご挨拶しましょう」

「はーいっ」


 最初に手を上げたのは、例の羽毛ビキニ姿のグリフォンだ。


「私はグリフォンのイグルー。エヴァンスさんとはもうお友達だけれど、アンリエッタさんとは初めてね」

「あたしはサラマンダーのニュート。よろしくね」


 これは赤と黒のモダンなストライプ、ワンピースのどう見ても水着を着た娘。髪色も真っ赤だ。さすが炎系リザードタイプだけある色使いというか。水着なのも、サラマンダーは炎系のくせに元来、水棲イモリが錬金術師の手によってモンスター化したものとされているからだろう。


「オレはドワーフのヨアンナだ。よろしくな」


 ドワーフはオレっ娘か。ドワーフといってもちょっと小柄なだけのとてつもない美少女。ヒゲもじゃのムキムキ男もどきというわけではない。その意味でドワーフとは思えない。


 とはいえミスリルと思われる金属製で、微細な彫金がびっしり入った胸当てを装備しているのが、地下鉱山を支配するドワーフっぽいとは言える。あー下半身がなぜかビキニと、防御力は無さそうなのが謎。胸当ての下も多分、そんな感じだろう。


「あたしはウエアモールのカロリーナ。穴が掘りたくなったら呼んでね」


 おう。冗談で言ってたが、マジでもぐら男がいたか。まあ女子化してるけれど。体にぴったりフィットする、ワンピースのスーツを着ている。その意味でちょっとリアンっぽい。だがカロリーナの服は、ゴムのような謎素材。だから服の下の体の線はまるわかりだ。そのおかげで下着を全く身に着けていないのが、あれやこれやからわかる。


「私はミノタウロスのクレタ。地下迷宮の中央に暮らしているんだよ」


 うおっ。ミノタウロスなら猛牛並の怖い外見とか思いきや、可愛い。ちょこんとついたふたつの角がまた髪飾りみたいで。


「余はハイドラゴン。グウィネスと申す」


 黄金に輝く鱗状のビキニ姿でひときわかわいい娘が、俺に微笑みかけた。てかドラゴンかよ。ラスボス級じゃん。しかもハイドラゴンとか、現実世界では古代に絶滅したとされているのに、ここでは生き残ってるのか……。


「あたしはね――」

「ボクは――」


 それからも自己紹介が続いた。驚いたことに、水棲・海棲モンスターが居ない以外、十人かそこらとはいえ、バランスの取れたモンスター構成だ。


「はい。自己紹介は終わりましたね」


 先生役のソラスがまた、眼鏡を直した。


「では今日はこれから特別授業として、エヴァンスくんに登壇してもらいます。外の世界にしか居ない『おとこ』というモンスターについて、勉強をしましょう。……エヴァンスくん、こちらに」

「はい、ソラス先生」


 いつものように「おう」とか答えようと思ったけど、「がっこうごっこ」が面白かったんで、あえて乗ってみた。


 俺が隣に立つと、ソラスは俺のことを頭のてっぺんから足の先までじろじろと眺め渡した。


「本当に、グリフォンのイグルーくんが言っていたように、不思議な体つきをしているのね。……伝説にあるとおりだわ」

「エヴァンスの体のことなら、あたしに任せろ」


 よせばいいのに、バステトがしゃしゃり出てきた。


「まずこの胸な」


 俺の胸を叩く。


「ほら、固いだろ。裸に剥くと、あたしらと違ってて真っ平らなんだ。それに胸の先だって小さくて固い」


 なんだか得意げだ。


「それにいい匂いがするんだ。くんくんすると、またたびと同じではあはあしちゃうぞ。……でもそれ、なんかあたしだけみたいなんだけど。リアンやイグルー、アンリエッタは、はあはあしなかったよ。いい匂いとは言ってたけどさ」

「へえー、ならあたし、あとで嗅いでみるね」


 瞳が輝いたのは、ネコマタのコマと名乗った娘だ。考えてみればこいつも猫系モンスターだから、俺のヒトまたたび効果があるかもな。ネコマタだけに、伝説どおりに二股に分かれた尻尾が、短いスカートの下で揺れている。


「みんなも匂ってみろ。それに胸や体をいじってもいいぞ。あたしが許す」


 いやバステトお前、俺の飼い主かよ。笑うわ。


「ただし、ここだけは触るな」


 こわごわと、俺の股間に軽く触れる。


「ぐにゃぐにゃして柔らかいから、おいしいおやつでも隠してると思うだろ。でもここには呪いの装備が隠れてるんだ」

「まあ!」

「本当?」

「こわーいっ!」


 俺の冗談、すっかり信じられてるな。なんか嫌われてるみたいであんまり気持ち良くはないが、無邪気で何も知らない女の子に寄ってたかって握られたりこすられたりしたら、かなわんからな。まあいいか。


「はい、先生」


 サラマンダーのニュートが手を上げた。


「はい、ニュートくん」

「エヴァンスくんが、世にも珍しい『おとこ』という存在なのはわかりました。でもその『おとこ』が、どうしてこの世界に現れたんですか。もう何百年も居なかったのに」


 はあ……このダンジョンは何百年も存在してたんか。人知れず。


「いい質問ですね、ニュートくん」


 先生の眼鏡がきらりと輝いた。


「イグルーくんからエヴァンスくんの噂を聞いて先生、この『きょうかしょ』で調べたんですよ、『おとこ』という存在のこと。先生も昔どこかで名称を耳にしたことがあるくらいで、『おとこ』のことは全然知りませんでしたからね」


 よいしょっ……と、教卓らしき机の下から、なにかでっかい書物を取り出した。本と言っても普通に小さなテーブルほども大きい。異様に分厚いから、千ページとかありそうだ。あれ持ち上げるとか、見た目に反して力あるんだな、ソラス。


「皆さん……」


 胸を張ると、生徒を見回す。


「はるか古代からの伝説、決まり事として、『きょうかしょ』に書かれていました。いいですか皆さん。伝説にはこうありました。『いつの日にか、ひとりのおとこが、この世界に現れる』と」


 そこで一息入れると、また全員を見回した。


「その『おとこ』は、私や皆さん、つまりこの世界に存在する全ての娘の婿むことなる。そのためにここに現れる――と」


 俺を見た。


「エヴァンスくんは、私達みんなのお婿さんになるのです」


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