6 「てらごや」

6-1 アンリエッタのさだめ

「ほら見えた」


 先頭を歩くバステトが、嬉しそうに指差した。


「あそこが『てらごや』だ。何人もいるし、グリフォンであるイグルーの姿もある。間違いない。あいつは『てらごや』であたしらを待つって言ってたしな」

「いや……。俺には正直、なんも見えないけどな」


 ただただ、暖かくて気持ちいい野っ原が続いているだけだ。先は陽炎で揺らいでいて、判然としない。


「『おとこ』って奴は、強いかと思うと、ヘンなところが弱いんだな」

「いや獣人の視力や嗅覚に勝てるわけないだろ」

「アンリエッタはどうだ。お前はあたしやリアンと同じ女の子なんだから、外の世界の人間とはいえ、見えるんじゃないか」

「いえ……わたくしにもさっぱり……」


 アンリエッタも戸惑っている。今日は朝からバステトが張り切っていた。匂いからして、絶対昼前には寺小屋に着くんだと。それで実際そうなりそうなんだから、そら嬉しいんだろうな。


「私はちょっとだけ見えるよ」


 額の上に手をかざして、リアンは瞳を細めた。


「バステトちゃんほどは、はっきりわからないけど」

「まあ行ってみようや。どんなところか、俺も興味あるからさ」

「よおし、ダッシュだあーっ」


 駆け出してやんの。いやそんな元気あるかよ。子供じゃあるまいし。俺は十八。アンリエッタは十六歳だぞ。それにバステトやリアンだって見た目は十五歳ってところだけど、随分古くからこのダンジョンで暮らしているようだしな。なんでそんなにハツラツなんだよ……。


 あーちなみに、王立冒険者学園コーンウォールは、十七歳で入学、十八歳でダンジョンガチャのイニシエーションを受ける決まり。だから俺は今、十八歳なわけだ。だがマクアート一族は上級貴族。なのでアンリエッタ・マクアートは特例として、十五歳でコーンウォールに入学したんだと。それに実際、入試成績も抜群で、SSSクラスに配属されているし。飛び級に近い扱いでもあるわけだ。


 入学を早めた理由を尋ねたら、本人は口を濁していた。だがZ連中の悪い噂では要するに、実家の希望なんだそうだ。嫁入りを早めるため、若いうちに学業を終えたいってことさ。貴族の娘は政略結婚が基本だからな。身も蓋もない話、一歳でも若いほうが、市場価値は高い。


 親心として、がちがちに縛られる結婚生活の前に、学園で地位に囚われない友情を育んで、その後の人生の慰めを得てほしいってのも、あるんだろうさ。


 その意味で、アンリエッタはかわいそうな娘だ。なるだけ守ってあげて、人生も楽しませてやろうと、俺は心に決めていた。


「ほら、そろそろエヴァンスでも見えるだろ」


 歩き続けるうち、バステトの声で我に返った。


「はあ、マジだな。ありゃ学校っぽいな。普通とは……ちょっと違うけど」


 たしかに、いつの間にか俺にも全貌が見えるようになっている。


 寺小屋と言っても、なにか校舎があってそこで授業……というのではないようだ。起伏のある丘の頂点に、ひときわ大きく枝を広げている落葉樹の大木がある。その木陰が「てらごや」らしかった。


 何人もの生徒らしき娘が座っている。さすがに地面や切り株ということはなく、木造りの素朴な椅子だ。おそらく、その手の工作が得意な娘が手掛けたのだろう。生徒の前には木の板と机があり、ひとりだけ脇に立っていた。黒板と教卓、それに先生といったところかな。


 もちろん、生徒も先生役も全て、少女姿。そのあたりはこの謎ダンジョンの決まり通りということさ。


「あれが……寺小屋。かわいらしい学校ね」


 アンリエッタが感嘆の声を上げた。


「あんな学園、わたくしも通ってみたいわ」


「ほら、エヴァンスさんが来たわよ」


 目ざとく俺達を見つけると、グリフォンのイグルーが立ち上がった。手を振ってきたので返した。


「エヴァンスは、私が話した、外の世界の人。……でも、ひとり増えてるわね」


 アンリエッタのことだろうな。


「どんなモンスターの子だろうね」

「かわいらしいし髪がカールしてるから、メデューサとかじゃないかな」

「私はセイレンだと思うわ」

「でも海はちょっと遠いよ。セイレンは人魚でしょ。さすがに違うんじゃないかな」


 生徒がわいのわいのやっている。


「静粛に」


 鎮めたのは、教師役のモンスターだ。茶色の狩人のような服で、バステトに似たショートパンツ姿。背は低めだが胸は大きい。茶色の柔らかそうな髪にはネコミミを思わせる跳ねがわずかにあり、眼鏡をかけている。もはやこのダンジョンでは当たり前だが、ものすごくかわいい。


「私はウエアオウルのソラス。ここ『てらごや』の『せんせい』です。あなたがエヴァンスくんですね」


 くいっと直した眼鏡が、陽光に輝いた。


「それにバステトにリアンね。そして……そこの生徒は……見覚えがないわね」

「わたくしはアンリエッタ。エヴァンスくんと同じく、外の世界から来ました」

「そう。わざわざ『てらごや』に来るなんて、勉強熱心ね。先生、感心しちゃったわ」

「よろしくお願いします」ぺこり


 アンリエッタは頭を下げた。


 ソラスと名乗ったウエアオウルは、先生風を吹かしている。とはいえ見た感じ、他の生徒やリアン達と同じく、十五歳くらいに見える。いやこのダンジョンのモンスターは随分昔からこうして歳も取らず暮らしていたらしいから、実際の年齢はわからんけどさ。


「はい、皆さん立って」


 ソラスの言葉に、生徒が全員立ち上がった。そうすると顔だけでなく服も体もよく見える。俺は頭がくらくらした。どう集めたらこうなる……というしかないほど、かわいらしい女の子ばかりだったからだ。


 全員、興味深げに俺を見つめてきた。



●業務連絡

島流しから帰還したので、愛読感謝として次話以降しばらくは連日公開します。

次話は明朝公開。割ととんでもない情報が飛び出す回なので、お楽しみにー!

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