5-5 アンリエッタと手を繋ぐ
「おっ、エヴァンスが入ってきた」
「金曜だもんな。当然だわ」
「そして待ちに待ったアンリエッタ様の登校日でもある」
「俺はむしろエヴァンスはどうでもいい。どうせ人のアイテムだし」
金曜午後。約束通り学園底辺Zクラスに顔を出した。俺とアンリエッタを見て、クラスがさざめいた。もちろん、学園役員連中や例の近衛兵パーシヴァルも教室の後ろに立ち並んでいる。
「ああアンリ様、今日もお美しい……」
「……てかなんで、アンリエッタ様がエヴァンスと手を繋いでるんだよ」
「うわマジだ」
「まさかエヴァンスと……」
「んなわけあるか。いくらエヴァンスが特別だと言っても、相手はガレイ地区長官の娘だぞ」
気づかれた。一気に騒がしくなる。口をあんぐり開ける奴、怒りの形相で俺を睨みつける奴――あーこれはビーフな。泣いてる男までいるぞ。俺とアンリエッタがどうなろうがそもそも、お前は元々アンリエッタと無関係じゃん泣くこたないだろ。第一、俺とアンリエッタは一線を越えている関係ではないし。
「Zのみなさんは、いつもにぎやかで楽しいわね、エヴァンスくん」
「そうだな、アンリエッタ」
一応そうは答えておいた。アンリエッタは嬉しそうだし。だけどいやそれ、今お前が俺の手を握ってるからだぞ、本当は。
アンリエッタと同行するようになって数日、最初こそアンリエッタは夜、リアンの向こう側に眠った。なんせ夜着が薄いし。だがなぜか朝になると、俺とリアンに挟まれている。どうにもリアンの奴が毎回夜中に位置替えするらしい。
慣れたのか諦めたのか知らんが、四日目からはアンリエッタは最初から普通に俺とリアンの間に挟まって寝るようになった。だいたいはリアンを抱き枕のように抱いて眠るんだが、たまには俺の胸にくっついたまま目を閉じる。薄く透けた服越しに俺の視線を感じようがもう、あんまり気にしてはいないようだ。
そんな夜は、リアンごとぐっと抱き寄せてあげるんだ。そうするとアンリエッタは安心するんだと。それに俺だってかわいい女子とぴったり寄り添うの嫌いじゃないし。三人の柔らかな体や温もりに包まれて、眠る前に至福の気持ちよさというかさ。
そんなこんなで俺と一緒の生活に馴染んだようで、ダンジョンお散歩のときもよく手を繋ぐんだ。いや俺とアンリエッタに限った話じゃなく、俺とリアンだったり、バステトとアンリエッタだったり。要するに気分で誰とでもってことさ。
そこには男女のどうこうという感情はない。もう純粋に仲良しの友達としての感覚さ。あのダンジョンで過ごすと、男の俺でさえそんな気持ちになっていくんだわ。女子だけの花園に、自分も友情で参加させてもらってるような……。なぜかは全然わからないけど。なにか……男女関係が抑制されるというかな。だからアンリエッタも、俺に見られたり添い寝しても平気になりつつあるのかもしれない。
それが身に染み着いたんだろうな。こうして学園内で手を握り合っていてもアンリエッタは、特にそれがおかしいとか恥ずかしいとかは思わなくなっているようだ。
「よくぞ戻った、エヴァンス」
教卓に立つ教頭が、重々しく頷いた。
「それにアンリエッタ嬢も、エヴァンスのダンジョン探索を補助して頂いておるようですな。ありがたいことです」
「いえそんな。ただエヴァンスくんの部屋で出入りを見守っているだけですし」
と、公式の答えを返している。俺のダンジョンに実は出入りしているとか、知っているのは学園長と用務員のイドじいさん、それに養護教諭のカイラ先生だけだからな。
ただ近衛兵パーシヴァルは学園長の戦友らしいし、もしかしたら聞いているかもしれない。パーシヴァルがもし知っていれば、それはさらに王室や国王に伝わっている可能性もある。
そのことを、俺は考えないようにしていた。考えたところでどうにかできる話でもないので。それに王室の意向は、俺にダンジョン探索を進めさせることだ。そのためなら、たとえガレイ長官の娘だろうが危険なダンジョン同行に放り込むのに躊躇はしまい。もっと言っちゃえば、俺の固有ダンジョンには今のところなんの危険もないし。
「えっ……アンリエッタ様、エヴァンスの部屋に出入りしてんの? 寮なのに」
「寮と言っても、エヴァンスの部屋は今は教員寮だ。あそこは男女共用だから、おかしくはない」
「そういう話じゃないだろ。上級貴族のご令嬢が、婚約者でもない男の部屋に……」
「まさかエヴァンスと……」ごくり
「いやいやそれはいくらなんでもない」
「でも……手を握り合ってるしな……」
「ああ……俺もあの麗しき御手に触れられたら……」
羨望の眼差しが、俺に集まった。てか手くらいで騒ぐほどかあ? なんなら毎晩抱き合って寝てるし。薄手の夜着を通して、なんとなく体の形や細部もわかるようになってきている。その件を明かしたら全員、卒倒するんじゃないか、これ。
「静粛にっ」
教頭が大声を上げると、教室はようやく静まり返った。
「さてエヴァンス、今日はどんなアイテムを持ち帰ったのかな」
「はい教頭、この一週間は、特にアイテムを入手できませんでした」
「そうか……」
あからさまにがっかり顔で笑える。
「まあ……そんな週もあるか」
「そりゃそうっすよ、先生」
誰かが突っ込んだ。
「エヴァンスは、ウルトラレアアイテムふたつとレジェンダリーレアアイテムをひとつ、ひと月足らずで持ち帰ったじゃないすか。どれひとつとっても、一生に一度だって目にできない品だ」
「毎週ウルトラレアが出るようじゃ、むしろこの世の終わりっしょ。絶対なにかヤバいことが起こる」
近衛兵パーシヴァルが頷くのが見えた。やっぱそうだよな。
「結局エヴァンスも、ここまでの男ってことだろ」
怒鳴ったのはビーフだ。
「たった三つで打ち止めってことだ」
ふんぞり返る。
「その点、この俺様は毎日のようにレアアイテムを入手してるしな。たしかにちょっとレア度では負けているが、俺様はこの先も成長する男ってことだよ」
舐めるような視線を、アンリエッタに置く。
「おまけに俺の実家は金持ちだ。貴族の嫁を飾りにするのにふさわしいのは、誰かってことさ」
「んなこと言ってもなあ……おい」
誰かが溜息をつく。
「そうそう。単に金にあかせてSSRダンジョンが出るまでリセマラしただけの話だしな。能力もへったくれもない。工夫すらも」
「SSRダンジョンなら馬鹿でもレア程度のアイテムは手に入る」
「ノーマル以下のダンジョンから貴重なアイテムを次々掘り出してくるエヴァンスと、比べ物になんか、なるわきゃないわな」
「たしかに、ビーフくんは優れた成績を収めておる」
教頭が認めると、ビーフの鼻はこれ以上ないほど高くなった。
「俺様の成果は、学園ひいては王室が認めたってことすね。ここ王立学園だし」
「ああそうだ。だからビーフくんは本日この瞬間よりDクラスに転籍とする」
「えっ……」
ビーフが目を見開いた。
「良かったじゃないかビーフ、ZからDなら、たったひとつとはいえ、クラスアップだ」
言ってる奴はだが、大笑い面だ。
「ほれ、はよ出てけ。アンリエッタ様のいないクラスへな」
「そうそう。千年後も語り継がれる伝説を今まさに作りつつあるエヴァンスの、クラスメイトですらなくなるってわけだ」
「早く消えろ。お前そもそも気に入らなかったんだ。平民のくせに実家の金だけを頼りにえばりくさりやがって」
「消えろ」
「出てけ」
ここぞとばかり怒声が飛び交う。表立っては言えなかったもののみんな、ビーフのこと嫌いだったんだな。
「いや……俺様は……このZクラスの平均成績を上げるために頑張ろうと……」
途端に歯切れの悪くなるビーフ。
「なっエヴァンスからも言ってくれよ。俺達、親友じゃないか」
いや今の今、俺のこと「ここまでの男」扱いしといてなにほざいてんだ、こいつ。
「良かったなビーフ、大出世だぞ。お前の頭にしては上出来だ」
「てめえ……」
怒りの瞳だが、さすがに俺相手にはなにも言い返せない。涙目でうつむいてやがる。
まあもちろん、ビーフのこの処置を決めて学園長に頼んだのは、俺だがな。俺が馬鹿にされるだけなら別に構わん。孤児育ちで慣れてるし。でも俺と仲がいいというだけで、アンリエッタに被害が及んでは困る。ビーフには「出世」してもらうさ。
Dに上がったとはいえ、Zにいた野郎が尊敬されるはずもない。ビーフがDでも「金だけある間抜けな底辺」扱いされるのは見えてる。まあせいぜい、Dの授業についていけるよう頑張れ。そうすりゃ実際に出世できた男ということになる。ある意味、人生のチャンスを俺が与えてやったも同然だ。そこに気づくかどうかで、ビーフの男としての度量がわかるはず。
とはいえ事実上授業レスのZとは違って、Dにはちゃんとしたカリキュラムがあるからな。金だけじゃもう威張れないぞ、ビーフ。
「消えろ」コールが続く中、ビーフは泣く泣くクラスの扉を開けて出ていった。
これで懸念がひとつ消えたわ。
「ひとり減るのは悲しいわね」
アンリエッタは溜息をついている。
「これでいいんだよ。お前のことは、これからも俺が守るからさ」
「……うん」
恥ずかしそうにうつむいたものの、嬉しそうだ。
「わたくしのことを、いつまでもお願いね。エヴァンスくん」
きゅっと一度、アンリエッタは俺の手を握り直してくれた。
●業務連絡
次話から、第6章「てらごや」に入ります!
宝箱の情報を求め「てらごや」を訪れたエヴァンスたち。待っていたのは、ウエアオウルの「せんせい」と、モンスター娘の生徒達。この謎ダンジョンに「おとこ」が現れた理由を「せんせい」が明かしてくれるが、事実かも不明のその情報はしかし、とんでもない内容だった……。
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