5-3 人生の寝物語
昼飯後も南を目指し、俺達は進んだ。時折、高台に駆け登ると、バステトが方角を微修正する。幸い厳しい山道はなく、穏やかな草原の丘が続いている地帯なので、楽しいピクニックみたいなもんだ。
なんせ三人のかわいい女子とわいのわいのやりながらだし。花を摘みたがるリアンに付き合ったり、小魚をからかうバステトと一緒に小川に素足を漬けたりと、ガチ遊びモードだしな。
アンリエッタも楽しげで、ちょっと安心した。リアンやバステトともすぐ仲良くなったし、良かったわ。
とはいえ太陽が次第に西に傾き、吹き渡る暖かな風も少し涼しくなってくると、なぜかアンリエッタは言葉少なになった。
「さて……」
岩のてっぺんで南を確認していたバステトが、身軽に飛び降りた。
「この先は湿地が近いから、ちょっとじめじめしてそうだ。それに見た感じ、寝綿草がない。今日はここで晩飯にして寝るのはどうだ、エヴァンス」
「そうだな……」
天を見上げた。おそらく十七時前くらい。俺達の旅ではテントも張らないから基本、日の出で明るくなったら起き、日が沈んだら眠る。今から晩飯探して寝床を整えたら、ちょうどいい頃合いだろう。
「そうしよう」
「なら私、晩ご飯探してくるね」
「あの……リアンちゃん、わたくしもご一緒していいかしら」
リアンの手を、アンリエッタが取った。
「わたくしも、仲間として役に立ちたいの」
「わあ、大歓迎だよ。おいしい根菜がありそうな場所の見つけ方、教えてあげるね」
「あたしはいつもどおり、木に登って木の実と果物を落とす。おいエヴァンス、お前が根本で受け取れ」
「任せろ」
幸い、ここはとりわけ豊かな土地だったようだ。十分かそこらで、四人の晩飯には余るほどの食材が手に入った。ホーチョを振るって切り分けると、木の葉を皿代わりに、四人の前に並べた。
「うん……うまい」
あぐらを組み大口開けたバステトが、次から次へと口に放り込む。豪快に食べるから、見てて気持ちいいわ。獣人は活動量が多いから、やっぱ人一倍エネルギーが必要なんだろうな。バステトはリアンの倍くらいは食べる。あのスリムな体型のどこに収まってるのかは謎だ。
ちょこんと女の子座りしたリアンは、小さくした根菜をひとくちずつ口に入れてゆく。背筋を伸ばしたアンリエッタも、ほぼほぼ同じペース。始終あれこれ話しかけるリアンに、口数少なく答えている。
「食ったーっ」
立ち上がると、バステトが指を舐めた。
「さて、寝ようぜ」
「もう少し待てよ。まだ俺達、飯、食ってるし」
「それもそうか。あはははっ」
のどちんこ見えてるぞ。
「じゃああたし、そこの小川で手を洗ってくるよ。寝綿草もならしておく」
「頼んだ」
「あの……エヴァンスくん」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるように川に下りてゆく背中を見ながら、アンリエッタは首を傾げてみせた。
「ど……どこで眠るの、今晩」
「ああ話してなかったか。どうやらここではみんな、野っ原で寝るみたい」
「えっ……野宿ってこと」
「まあそうだ」
説明してあげた。雨や虫は大丈夫なこと、草の上だが上質の寝台並に寝心地がいいこと、温かくて寝冷えはしないこと……やなんやかやを。
「ここで寝るんだ……」
寝綿草の群生まで連れてってやると、しゃがみこんだ。草の表面を撫でている。
「本当だ。温かいし柔らかい。わたくしの実家の寝台みたい」
そりゃ良かった。俺が育った孤児院だと、「寝台」という名称は、「木の床」と同じ意味だったからな。硬くて寒くて。あと臭い穴開き毛布な、シラミだらけの。それと比べたら、ここはマジで天国だ。
「今日もくんくんするぞーっ」
バステトが、ごろんと横になる。
「早く来いよ、エヴァンス」
「いやそこは、『今日も寝るぞー』だろ」
「私も眠くなってきた」
バステトの隣に、リアンも横たわった。
「あの……」
困ったように、アンリエッタが俺を見上げた。
「その……みんな、夜着は」
「ああ、この世界のみんなは、服が汚れないんだ」
「そういえば昼、服は一着だけって言ってたわね」
「そう言うことさ」
「早く来てくれよ、エヴァンス」
「今行くよ」
バステト、早く「ヒトまたたび」したくて仕方ないみたいだな。野外服を脱ぐと、俺はそこらに投げた。どうせ誰も盗みやしない。どこに置いたっていい。
「でもアンリエッタ、俺達の服は少し汚れるみたいだ。現実世界よりはずっと汚れないんだけど」
「そうなんだ」
「だから寝るときは服は脱いだほうがいいぞ。俺みたいに」
ボタンを外すと、シャツも脱いだ。慌てたように、アンリエッタが後ろを向く。
「と、殿方と裸はちょっと……」
「大丈夫だ。パンツは穿いてる」
「わ、わたくし、夜着や替えの下着は持ってきているわ。それを着ます」
「それでもいいよ。普段着さえ汚さなければいいからな」
「あの……着替えの間、向こうを向いていて。その……夜のこと考えたら、なんだか昼からどきどきしてて、わたくし」
ああ。それでなんとなく口数落ちてたんか。女の子ってかわいいとこあるな。男同士だとそんなん、気にもしないし。てか孤児院の頃は男も女もそんな気遣いさえさせてもらえなかったわ。床に並んで雑魚寝で毛布を奪い合う仲だったからな、女子とも。
「待たせたな、バステト」
リアンとバステトの間に体を入れると、待ってましたとばかりバステトが抱き着いてきた。……というか胴締めといったほうがいいか。要するに全然色っぽくない。
もうすっかり陽は落ちていて、周囲は暗い。今日は三日月だから余計に。それでも月明かりに、バステトの瞳が輝いていた。
「おやすみ、エヴァンス」
さっそくはあはあし始めたバステトを横目に、リアンが俺の肩に頭を載せてくる。この世界で暮らし始めて、いつの間にか三人はこうした体勢で寝るようになっていた。
「あの……わたくしは、どこに寝ましょうか」
暗闇に、アンリエッタの声がする。よく見えないが、肩紐で吊られた服のアウトラインが、ふわふわと風になびいている。裾は腰のすぐ下くらいで、形のいい脚が伸びているのはわかる。
「ここにおいでよ。私とエヴァンスの間。エヴァンスってねえ、あったかいんだー。だから気持ちいいよ」
「いえ……殿方と添い寝は……」
困ってるな。
「リアンの隣に寝るといいぞ、アンリエッタ。リアンだって柔らかいからな。いい抱き枕になる」
「そうね……その位置なら、エヴァンスくんにも見られないし」
ごそごそ音がすると、リアンの体に腕が載せられた。
「これでいいかな。リアンちゃん、重くない」
「平気だよ。四人で眠れるなんて、冒険みたいで楽しいね」
「まあ冒険なんだけどな」
「本当だ。リアンちゃん、柔らかいのね」
「もっとぎゅっとくっついてもいいよ」
「こ……こうかしら」
「そうそう。……ふわあーっ」
あくびをひとつすると、すうすう寝息が聞こえてきた。
「えっ……もう眠っちゃったのかしら」
「リアンは寝付きがいいんだ。スライムだからかな、よくわからん」
「バステトちゃんは」
「話したろ。こいつにはまたたび効果があるって」
「ええ」
「だからだいたい、そのままうっとりして眠っちゃうな」
「ふたりとも、悩みがないのねえ……うらやましい」
「お前だってないだろ。上級貴族の一人娘なんだし」
「そうね……。そう見えるわよね。でも……」
それきり、アンリエッタは黙ってしまった。何不自由ない貴族暮らしとはいえ、それはそれで面倒なこととかあるんだろうな。そう思ったから、俺はなにも聞かなかった。人生は、どんな人間にも残酷なのかもしれない。この夢のようなダンジョンに暮らすみんなを別にすれば。
遠い空。またたく星が流れるのを見つめていると、やがれ俺にも睡魔が近づいてきた。リアンとバステトの寝息を子守唄に、俺の意識は途切れた。
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