5-2 みんなでお風呂
「おう、あそこに泉がある。湯気も立ってるから、あれはあったかい奴だ」
軽やかに先頭を歩くバステトが、嬉しそうに前方を指差した。
「ちょうどいいな、もうすぐ昼だ」
手袋の指で、太陽の位置を確認している。
「エヴァンス、あそこで朝の沐浴にしようぜ。そしたら昼飯だ」
「ああいいよ」
「あの……沐浴って……お風呂?」
アンリエッタは戸惑いの声。
「まあな」
「お水とはね、一日に何度か出合えるんだよ」
リアンが説明をし始めた。
「だからそのときにお風呂にして、あとご飯も食べるんだ。洗い物に便利だし」
「へえ……。でもわたくし、まだ汗はかいていないけれど」
アンリエッタは天空を見上げた。
「面白い世界ね。こんなに暖かいのに、汗が出てこない」
「多分、空気が乾いているからだ。それにどうやら、ここにいると色々、体調に変化もあるみたいだし」
「へえ、どんな風に」
見つめられた。
「それは……その……」
かわいい女子と抱き合って眠っていてもヘンな気分にならない……とか。
「まあ色々だ。色々」
「なんだかごまかした」
くすくす笑っている。
「まあいいわ。いずれ教えてね。エヴァンスくん」
教えてもいいんか、上級貴族のお嬢様に。男の謎について……。
「さあ、泳ぐぞーっ」
泉のほとりに着くともどかしげに、バステトは手袋を放り投げた。
「ほらほら、リアンもアンリエッタも、早く来いよ」
早くも上着を脱ぎ捨て、ショートパンツに手が掛かっている。
「はーいっ」
ぴっちりした例のスライムスーツを脱ぐと、リアンは丁寧に畳み始めた。
「ええと……わたくし、どうしたら」
困ったように、アンリエッタが俺を見る。
「遠慮せずに入れよ。普通の風呂と同じさ。この泉、湯気立ってるし」
「は、裸ってこと? 湯浴み着、使わないの」
「ああ。この世界のみんなは、服は一着だけらしい」
汚れないって話だしな。謎だわ。
「でもでもエヴァンスくんが……」
俺の体に視線を飛ばした。
「どうしよう……わたくし、殿方とお風呂は……その……」
真っ赤になっちゃった。
「ああ安心しろ。俺は後で入るんだ。女湯からの男湯ってことさ」
「そ、そう……」
ほうっと息を吐く。ジャケットのポケットから柔らかなミニタオルを出すと、額の汗を拭いている。相当緊張してたな、これは。
「アンリエッタ、俺はあっちで昼飯の材料を掘ってくるよ」
「掘る?」
「ああ。この世界での飯は、根菜とか木の実なんだ。肉やパンの味がしてうまい。もちろん果物の味の奴もあるし」
「へえ……。面白い世界ね」
改めて、周囲の木々や野原を見渡している。
「そういうことだ」
「どぼーんっ」
掛け声と共に素っ裸のバステトが泉に飛び込むのが、俺の視野の隅に映った。
「始まったな。アンリエッタ、じゃあ後でな。気持ちのいい湯を楽しめよ」
「う、うん……」
戸惑いながらもアンリエッタが制服ブレザーのボタンを外し始めるのを確認して、俺は背中を向けた。
●
「本当だ。お肉の味だし、おいしい」
泉のほとり。俺の採取した根菜を口にして、アンリエッタはしきりに感心していた。風呂上がりのせいか、肌に赤みが差していてかわいい。まあこの泉のお湯、かなり温かかったしな。
「動物はいないのかしら、この世界」
「いるみたいだけど、食べる必要はないみたいだな」
獣も鳥も、捕まえるのに手間が掛かる。そんなことしなくても、そこらに食べ物はいくらでもある。リアンやバステトの話だと、獣や鳥にしても、虫や小動物を食べるなどはないらしい。
「この世界には、弱肉強食とか食物連鎖はないってことさ。まあ虫が草を食べるとかはあるだろうけど。植物なら、俺達もこうして食べてるしな」
「へえ……優しい世界なのね、ここ」
「というか、外の世界にはうまいもんないのか」
バステトの言葉に、アンリエッタは詰まった。
「いえあるけれど、なんというか……」
バステトは獣人だ。バステト相手に「獣を食べる」と言っていいのか、迷っているようだ。
「この世界ほどうまいものはないよ。なっ、アンリエッタ」
助け舟を出してやった。
「そ、そうそう」
「なんだ、そうか。なら遠慮せずに食えよアンリエッタ。あたしのおごりだ」
根菜の尻尾を口に放り込むと、バリバリと噛み砕く。
「うん。やっぱり尻尾がいちばんうまいな」
「ありがとう、バステトちゃん」
「いやおごりもクソもないだろ、バステト。そこらに生えてるし、採取したのは俺だ」
それに謎の短剣「ホーチョスウォード」で根菜を切ったのだって俺だもんな。
「細かなこと言うなって」
バステトは、豪快に笑っている。
「バステトちゃんはね、おいしいご飯を見つけるのも得意なんだよ。一緒にいると楽しいんだあ」
「そうだな、リアン」
つくづく思うけど、リアン、すごくイノセントだよな。こんな純真な存在、どうして生まれたんだろう。スライムの種族特性なのかな……。
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