4-5 グリフィス学園長
「……」
学園長は、窓から外を眺めていた。風に葉を揺らす木々を。俺とアンリエッタが学園長室に入っていくと、振り返る。
「ようやく会えましたね、エヴァンス」
微笑む。俺が学園長に会ったのは初めてだ。なんせ雲の上の人だし、こっちは孤児枠。接点なんてない。
「それにアンリエッタ」
学園長とはいえ、若い男だ。「若く見える」と言い直してもいいが。なんせ学園長、ハーフエルフだからな。長寿なんだわ。銀髪の長身イケメンで、エルフの血を引くだけに魔法も使える。これ絶対、モテるだろう。名前はグリフィスという。
「座って下さい。今、お茶を淹れます。ちょうど、沼桜のいい奴が手に入ったところでね……」
自分の手で茶を淹れると、繊細な魔造グラスの茶器を俺達の前に置く。それから自分も腰を下ろす。静かな学園長室に、茶の香りが立ち上った。
「エヴァンス、君は次々学園に嵐を巻き起こしますね」
面白そうに微笑む。
「私も楽しんでいるのですよ。ついには王室まで巻き込んだし」
「はあ。あんまり大事にはしたくないんですけど。目立つのは嫌いです。ただ俺は、静かに暮らせれば幸せなんで」
「孤児ですからね、あなたは」
じっと見つめてくる。
「孤児枠を作ったのは、私です。もう百年も前になりますか。戦乱孤児が溢れた時代でした。孤児だというだけで優秀な冒険者の卵を腐らせるのはかわいそうだし、王国のためにもなりませんからね。それに……」
窓の外に視線を走らせる。葉が揺れている。
「それにこの学園を、特権階級のぬるま湯にしたくはなかった。学校というのはですね、利害関係でがちがちに縛られる社会とは違う友情を育む、大事な場。全く異なる背景を持つ子弟を集めることで、化学反応も起こるものです。ただ……」
わずかに眉をひそめる。
「ただどうしても、いじめが発生する副作用はある。寄付金を積む方々の要望も、表立っては叶えなくてはならないし」
「学園長も大変なのですね」
アンリエッタは、居住まいを正した。
「心中お察し申し上げます」
「さすがはマクアート家のご令嬢。お父上の教育がしっかりしておられる。私も以前、マクアートの方々とは親しくした時期がありましてね。もう三代前の話なので、アンリエッタは聞いていないでしょうが」
「今度父に訊いてみます」
「やらかした過去があります。恥ずかしいので、それは勘弁」
あっさり切り捨てる。
「さてエヴァンス、あなたのダンジョンは特別らしいですね」
「はあ、まあ……」
とりあえず、曖昧に返事しておく。
「なんか俺、なぜか偶然、レアアイテムを持ち帰れてますし」
「それにモンスターは女子しかいない。人型化した女子モンスターしか」
「それは……」
驚いた。なんで学園長が、その秘密を知っているんだ。
「安心しなさい」
困惑した俺に、微笑んだ。
「イド様に聞いたのです。私は誰にも言いませんし、他には漏れません」
「えっと……」
くっそ。あのハゲヒゲ用務員、学園長にチクったんか。今度ヒゲむしり取って頭に植えてやる。ヅラとして。
「イドじいさんは、言ってたんですけどね。赤の他人には明かさないって」
俺の抗議に、学園長は微笑んでみせた。
「私は赤の他人じゃあないですからね。一心同体も同然です」
「なんすか、それ」
詐欺に遭った気分だわな、これ。
「イドさんはただの用務員ですよね。いわば学園長の部下ということになります」
アンリエッタが口を挟んできた。
「一心同体……。だから部下でもイド『様』なんですか」
「あんまり突っ込まれたくないですが……」
苦笑いだ。
「私とイド様は、戦友です。命を預け合った。私はイド様を部下だなんて思っていません。むしろ私の大恩人。今も私を陰から支えてくれる存在です」
「先の対戦で、学園長は出征し、英雄と讃えられたと聞いております。でもイドという名前の英雄は、吟遊詩人の語る戦記物語には出てきません」
「それは……」
遠い目をした。
「色々ありましてね。アンリエッタ、もしそれがあなたの運命なら、いずれあなたも知ることになるでしょう。過去の戦い、歴史の陰に隠れた真実を。……それよりひとつ聞きますが」
「はい、学園長」
「あなたは今後、エヴァンスと行動を共にしたいと申し出ました。学園のエヴァンスダンジョン入り口に詰め、補給や治療を助けたいと。その時間を作るために単位全取得の許可を、エヴァンスが事務方に申し出た」
「ええ。そうです」
「本当は違いますね」
「いえ……その……」
「エヴァンスのダンジョンとあなたは、なにか密接な関係があるのでしょう」
「それは……」
「顔に書いてありますよ」くすくす
「俺が話します」
俺は決断した。相手は何百年も生きてるハーフエルフ。しかも過去に戦乱を何度も経験した男だ。ごまかすのは不可能。なら正直に明かしたほうがいい。どうせイドじいさんには教えるつもりだった。ならあのハゲヒゲ経由で学園長にだって伝わるに違いないしな。
「アンリエッタの固有ダンジョンは、俺のダンジョンと内部で繋がっていました」
「ほう……」
長い人生であらゆる経験をしたはずのハーフエルフですらさすがに驚いたのか、片方の眉を上げてみせた。
「では……アンリエッタが……人類側の……。もしやマクアート家は……」
なにか唸っている。
「エヴァンスくんとの同行を許して頂けますか、学園長」
「えっ? ……ああ、はい」
我に返ったように続ける。
「それではアンリエッタ、あなたはエヴァンスと共に、ダンジョンを冒険するつもりなのですね」
「はい」
「なるほど、そういうわけですか……」
俺とアンリエッタの顔を、交互に見比べている。
「それより学園長」
俺は口を挟んだ。いい機会だ。全部聞いてやろう。
「イドじいさんと仲いいってんなら、もしかして知ってるんですか。じいさんからは……なんだっけな……そう、『ヒエロガモスの地』とかいうのを探せって言われてます。俺のダンジョンで」
「ヒエロガモス……ね」
ほっと息を吐いた。
「それは私も探してほしいですねえ。ただ……それが世界のためかはわかりませんが」
「なにか、災の兆しなのでしょうか」
アンリエッタが身を乗り出した。ダンジョンが融合し今後共に動くと決めたので、俺は全て、知る限りの情報をアンリエッタには与えてある。
「それは……なんとも。伝承も解釈が分かれていましてね」
「それ全部教えて下さい。冒険の役に立つ」
「慌ててはいけませんよ、エヴァンス。これは長寿種族エルフに伝わる伝承です。私ははるか昔に母から聞きました、古エルフ語の叙事詩として。古エルフ語は詩的で曖昧な上に難解。解釈は難しいし、そもそも今の言葉に訳すのが厳しい」
「はあ……」
「ですがエヴァンス、これだけは言えます。あなたがもしヒエロガモスの地を見つけられたら、そこで全ての真実が明らかになるでしょう。そのときは……」
真剣な瞳になった。
「彼の地で事を起こす前に、必ずイド様に相談しなさい。いいですか。アンリエッタも連れて」
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