4-4 アンリエッタ、Zクラスに転入
底辺Zクラスは、いつもどおりダレ切っていた。なんせまともな授業なんて皆無で、全時間自習だからな。ざわざわとした声が、廊下にまで響いている。
野外行動服の俺がZクラス教室の扉を開けると、騒ぎはぴたっと収まった。クラス全員が、入り口を凝視している。
「えっ……」
「今日は火曜日。エヴァンスが顔を出す金曜まで、まだ三日もあるぞ」
「なにかあったのかな。制服すら着てないし」
「ダンジョンから急遽戻った風だもんな」
囁き声が続く中、俺は教卓まで進んだ。今日は俺アイテムの鑑定日じゃないから、学園の役員連中とか近衛兵パーシヴァルは、もちろんいない。
俺に続いて、ふたりが教室に入ってくる。――と、クラスの連中は息を飲んだ。
「えっ……女生徒……」
「すごい美人。……顔、小さっ」
「かわいいだけじゃなくて、神々しい……」
もう大騒ぎ。そりゃ、Zクラスは底辺だけに女子生徒ひとりもいないしな。女子のほうがまだ真面目だから、入試結果で最低でもDクラスくらいには配属されるし。万事実力主義の冒険者学園コーンウォールで、Zクラスの男子に近づいてくる上級クラスの女子なんかいない。だから女子に飢えている……というかそれ以前なのも当然だ。
「あの胸章は……SSSクラスじゃん。なんでZに入ってきたんだ」
「底辺観察の宿題でも出たのかな」
「それよりお前ら、とんでもないことだぞこれ。だって……嘘だろ、あれ、アンリエッタ様じゃん」
「マジか……。アンリエッタ様は、名門マクアート家だぞ」
「そんな家、知らんぞ俺は」
「そりゃお前んちは商人だからな。父親はガレイ地区長官だわ」
「それって権力者じゃん」
「ああそうさ。マクアート家はそもそも現王家よりはるかに長い歴史を誇る、名門中の名門貴族だ」
「それは本当か」
ビーフの野郎が、アンリエッタをまじまじと見つめた。顔から胸、スカートからすらっと伸びた脚まで、舐めるように。
「なら俺が、あのお嬢様の恋人になる。あの女なら俺様の飾りになるからな」
「はあ? お前んち、貴族じゃないだろ。ただの金貸しじゃねえか」
「釣り合うわけない」
「相手にすらされんわ」
「なに、周囲から金を撒いてやるよ。それにあいつは世間知らずだろ、箱入り娘なら。ちょっと小細工すれば、すぐ俺様の虜になるわ」
いやどうでもいいけど、俺やアンリエッタに丸聞こえだぞビーフ。いくら興奮してるからって、もう少し頭使えや。
「ビーフ、馬鹿言うな」
「ならんならん」
「そもそもだな、親の地位もそうだが、向こうはSSS、こっちはZ。実力主義のこの学園で、相手にされるわけないだろ」
「ああそうだ。Dの女子でさえ、Zの俺達には声も掛けてくれないってのに」
「それでも俺にはワンチャンあるわ」
すごい自信だな、ビーフ。にしてもアンリエッタに続いて入室した教頭のことなんか誰も話題にしないんで、笑ったわ。あーZ担任は影も形もない。俺のアイテムくすねようとした件で
「静まれ、諸君」
騒がしい教室で、教頭が声を張り上げた。
「今日は諸君に報告がある」
傍らの俺とアンリエッタを一度見てから続ける。
「アンリエッタ・マクアート嬢は、本日よりZクラス所属とする」
「えっ!」
「そんな……」
「底辺Zに落ちるとか……。やらかしたんか、なにか」
「いやいくらやらかしたって、一週間停学とかで済むだろ。マクアート家だぞ。論外の地に追いやられるわけがない」
「そんなんどうでもいいわ。アンリエッタ様とご学友になれるチャンスだぞ、お前ら。底辺地方貴族の俺達が」
「それもそうだ」
「よし、これで俺様と恋仲確定だ。クラスメイトならワンチャンどころか全チャンある」
「またビーフが寝言言ってやがる」
「なれるわけないよ。僕だって、自分の顔と親の領地考えて諦めるもん」
興奮しきってるんだろう。アンリエッタ本人を前に、あられもない大声が飛び交っている。
「これは本人の強い希望である」
負けじと教頭が声を張り上げる。
「なので諸君も仲良くするように」
「うん」
「はい」
「はい」
「もちろんです」
「せ、席は俺の隣に」
「そこは俺の席だろ」
「お前は後ろで立ってろ」
「立つのはお前だ」
「死ねっ!」
「いてっ」
「てめえこそ死ねっ」
「野郎っ」
ついにはそこここで殴り合いまで発生した教室で、教頭が息を大きく吸い込んだ。
「静まれいっ! 馬鹿どもっ!」
頭の血管が切れんばかりの大声に、さすがにクラスは静まりかえった。
「アンリエッタ・マクアート嬢は本日、教程全単位取得を認められた」
「は?」
「どういうことよ」
「エヴァンスと同じってことだよ、間抜け」
「んじゃあアンリエッタ様は……授業に出ないのか」
「そうなるな。気が向けば教室に顔を出すだろうけど」
「はあー……」
「喜ばせてから崖下に突き落とすとか極悪……」
「ああ……俺の嫁、アンリエッタ様……」
「誰の嫁だアホ」
がっかりオーラ凄いな。教室に満ち満ちてるわ。もし俺がオーラを見られる体質だったらここ今、真っ黒だろ。
アンリエッタのこの処置は、俺が頼んだものだ。なんせ俺、学園の全権を与えられてるからな。アンリエッタは、俺とダンジョンを冒険したいと言ってくれた。学園の単位に縛られていては、それは難しい。だから授業免除に持ち込んだ。
それでもさすがに名門クラスSSSでの特別扱いは遺恨が残るってんで、Zにクラス替えということになった。Zなら元々授業なんて無いも同然だからな。
名門マクアート家の娘がZなんて底辺で経歴を汚していいのかとは思ったが、アンリエッタは構わないと言ってくれた。それよりも毎日俺といられるほうが嬉しいと。それに例の伝承絡みなら、父親も理解してくれると。
「アンリエッタ嬢がクラスに顔を出す機会は少ないかもしれんが諸君、仲良くするように」
「はいです」
「もちろんです」
「席は俺の隣が空いてます」
「いやだからそこは俺の――」
「いてっ!」
また始まったか。
呆れたのか、殴り合いを放置したまま、教頭はクラスを出た。俺とアンリエッタにも退室を促して。
「これでよし……と」
ひとつ溜息をつくと、緊張を解くためか、教頭が首をこきこき鳴らした。
「でもよろしいのですか、アンリエッタ様。このような動物園にクラス替えしても」
動物園w まあ同意はする。
「何度も申しましたよね。わたくしはそれが希望です」
アンリエッタは微笑んだ。
「それに元気な人が多いようですね」
くすくす笑っている。
「親の地位で階層が決まったまま取り澄ましたSSSの空気よりは、活気がある。わたくしは好きです」
「それならよろしいのですが……」
ハンカチを出すと額の汗を拭いた。俺を見る。
「それとエヴァンス、この後、学園長室に顔を出すように。アンリエッタ様と共に」
「はあ……。なんかあるんすか」
できれば面倒な事務作業とかは避けたい。てかアンリエッタを引き連れて、とっととあっちの世界に戻りたい。あっちは平和だからな。悪意を持った人物なんか皆無だし。
「エヴァンス。学園長が話したいそうだ、お前と」
教頭は、ほっと息を吐いた。
「直々に、な」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます