4-3 マクアート一族の伝承

 アンリエッタの話はこうだった。アンリエッタの実家、つまりマクアート家は古代、代々、摂政せっしょうを務めていた。現王家勃興以前の話だ。古代王朝滅亡と共にその役割はついえ、戦乱時代に王朝が次々変わっても、地方貴族としてそつなく領地を管理してきた。


 だが長い貴族暮らしにも古代摂政としての矜持きょうじを失うことなく、とある家訓を隠し伝えてきた。それは、有事に際して主公を守れという使命だ。歴史の闇に消えた主公だが、世界開闢せかいかいびゃくの秘跡を受け継ぐ一族は、いつか必ず蘇る。世界再生を果たすために。その兆しは、誰もが知らない、封印されたレアリティーダンジョンの蘇りから始まると。


「エヴァンスくんが、前代未聞のレアリティーを引き当てたと聞いた。もしかしたら、先祖代々の伝承にあるダンジョンじゃないかと思った。だから一族の使命を果たすため、わたくしはエヴァンスくんに近づいたの」


 そこまで一気に語ると、アンリエッタはほっと息を吐いた。


「たしかに、ノーマル未満という悪い方向ではあったわ。そんなはずはないって思った。隠されたレアリティーなら、レジェンダリーレア以上の何かだと思っていたから。だから確信はなかったの。……でも、伝説のレアリティーかどうかは、いずれわかるかもしれない。情報さえ追っていたら。それに……」


 俺を見つめる。


「それにわたくし、本当にお友達が欲しかった。子供の頃も学園でも、近づいてくるのは打算だけの貴族子弟ばかり。お父様が言うような、魂の繋がりの友情なんて、とてもとても……」


 そこで口を閉じ、しばらく黙っていた。それから続ける。


「でも……エヴァンスくんは、そうした現世での地位なんて気にしない。貴族に媚を売ることもないし、わたくしにもフランクに接してくれて」

「そりゃ俺は孤児だし、底辺だからな。いくら媚売っても浮かび上がれないんだから当然だ。別に俺が人格者ってわけじゃない。……ただ、ヤケになってただけだよ。人生を投げていたというかな。俺なんかこの先、どう転んでも悲惨な人生しか待っていないと」


 なんとか当面食えるアテだけでも確保したいってのが、俺の願いだったからな。バラ色の人生なんて、望んですらいなかった。


「ううん」


 アンリエッタは首を振った。


「エヴァンスくんはね、自分で気づいていないだけ。素敵な人だって」

「私もそう思うよ。エヴァンスはねえ、優しい人なんだあ」


 リアンが微笑む。


「あたしも同感だ」


 ようやくヒトまたたびツアーから正気に戻ったバステトが、体を起こした。


「はあーっ……毎度のことながら、気持ちいい。ふわーあっ」


 ぐっと体を伸ばすと、胸が強調された。


「エヴァンスは大事なまたたびだしな。素敵で優しくってまたたびだ。こんな便利な奴、おらんだろ」


 いや俺のこと、なんだと思ってるんだよ、バステト。


「だからわたくし、エヴァンスくんとお友達になりたい」


 アンリエッタは俺を見つめてきた。まっすぐ。


「ダメかな……」

「ダメなわけないよね、エヴァンス」


 リアンが微笑んだ。


「だってエヴァンス、私やバステトちゃんとお友達になってくれたし。アンリエッタちゃんともすぐ友達になってくれるよ。ねっ、エヴァンス」

「そうだな……」


 考えた。友達になる分には、なにも問題はない。俺をただ利用しようとするカスは排除したいが、アンリエッタは違うようだし。それに、一族の伝承とやらがある。俺のこのダンジョンが世界再生のなんちゃらとは到底信じられないが、ダンジョンの謎解明のヒントくらいにはなりそうだ。一緒にいて、俺に損はない。


「いいよ。友達になろう」

「本当?」

「友達に嘘はつかない」

「わあ、ならアンリエッタちゃん、私の友達にもなってね」

「あたしも頼む」

「ええ。ふたりとも、大歓迎よ」

「決まりだな。がおーっ」


 バステトがアンリエッタに襲いかかった。……いや抱き着いた。


「あの……その……」

「お前の匂いを隅から隅まで完璧に覚えるんだ。友達だからな。だから……逃げるな」

「その……ええ」


 戸惑うアンリエッタを抱いたまま、首筋や胸の匂いをくんくん嗅いでいる。まあ好きにしろや。害をなすわけでもないし。いつかなにかで役立つかもだし。


「うーん……」


 俺は唸った。


「俺達ふたりのダンジョンが融合したのは、アンリエッタの一族――マクアート家の使命に関係してるかもってことか」

「そう考えてる。融合したからには、エヴァンスくんのダンジョンはやはり、伝承にあるものだと思うの」

「そりゃそうだよな。そうでなけりゃ、マクアート家のダンジョンと俺のダンジョンが融合した理由がわからない」


 あくまで仮説だけどな。それに、わからないことはまだいくらでもある。たとえば……。


「それでさ、俺のダンジョンが仮にその『世界蘇り』に関係するとしたら、『世界開闢の秘跡を受け継ぐ一族』ってのは、いつ出てくるんだ」

「それは……わからない」


 くんくんするバステトの頭を撫でながら、アンリエッタは眉を寄せた。


「たとえば、このダンジョンのどこかで暮らしているとか」

「そんな奴いそうか、リアン」

「うーん……わかんない」

「あたしも知らん」


 アンリエッタの胸からようやく、バステトは顔を上げた。もうくんくんは充分なようだ。


「でもアンリエッタ、ここにはモンスターしかいないと思うけどな。モンスター以外の存在って、聞いたことないし」

「それなら通路があるとか。その……救世主の魂が眠る地への」

「なるほど」


 封印されたダンジョン解放がきっかけになるってんだから、中になんらかのトリガーがあるってのは、説得力のある仮説だ。


「いずれにしろなにか、ヒントくらいはありそうだよな。このダンジョン内部に」

「だからエヴァンスくん、お願いがあるの」


 アンリエッタは、俺をまっすぐ見つめてきた。澄んだ瞳で。


「友達にはもうなった。安心しろ」

「ありがとう」


 微笑むと続ける。


「友達として、このダンジョン探索に、わたくしも加えてくれないかしら」




●新たに仲間となったアンリエッタ。リアンやバステトも引き連れ、エヴァンスは「てらごや」を目指すことに。だが、その前にやるべきことが、ひとつだけあった。学園に舞い戻ったエヴァンスは、与えられた全権を用いてとある処置を施す。それがまた学園に大きな波乱を巻き起こすことになるとも知らず……。

次話「学園(仮題)」、明後日公開! おたのしみにー。


●業務連絡

本作、「MFブックスコンテスト」にエントリーしました。現在読者選考期間中ですが、苦戦しております。ぜひ星みっつ(★★★)の評価にて応援して下さい。ここまで星ひとつふたつで評価を頂いた方は、みっつに増量よろしくです。


なにとぞよろしくお願いしますー ><

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