4-2 ダンジョン融合

「まず状況を整理しよう」


 風渡る草原に車座になり、おいしい水を回し飲みして気持ちを落ち着けてから、俺は口を開いた。


「最初に俺から説明する。ここは俺の固有ダンジョンだ」

「エヴァンスくんがガチャで引いたダンジョンよね」

「ああそうだ」

「でも……」


 きちんと座って背筋を伸ばしたアンリエッタが、リアンとバステトを見た。


「このふたりは誰。固有ダンジョンには、当人しか潜れない。ダンジョンの住人なの」

「いや、ふたりはここのモンスターだ」

「いえ人間でしょ。どう見ても。ダンジョン内の住人ってことかな」

「モンスターだ」

「うそ。それにモンスターはいないって、エヴァンスくん学園に説明してたじゃない」

「普通の形状のモンスターはいないってことだよ」


 色々細かく説明するのが面倒だったのもある。そもそも誰も信じてくれないと思ったしな。どうせ誰も連れて来られないんだから、実際に見てもらうこともできないし。俺が真実を明かしたのは、用務員イドじいさんと養護教諭のカイラ先生だけにだ。


「私はスライムだよ」

「あたしはケットシーだ」

「スライムって、どろーっとしてるんじゃ」

「いや、そこは俺も驚いたんだ」

「ほら」


 女の子座りのままにじり寄ったリアンが、胸の名札を見せている。


「ただの名札じゃない。自称でしょ」

「まあそう思うよな。……でも俺、人間の姿のままで空を飛ぶグリフォンとも会ったし。実際にこの世界は女の子の形のモンスターで溢れているという話は、納得せざるを得なかった」

「みんな、仲良しさんなんだよ」

「へ、へえ……」


 どうにも、信じられないといった表情。そりゃそうだよな。それより……。


「それよりよ、なんでアンリエッタが俺のダンジョンに入ってきたんだ。固有ダンジョンなのに意味不明なんだけど」

「エヴァンスくんのダンジョンに潜ってはいないわ」


 首を振ると続ける。


「わたくし、自分の固有ダンジョンに籠もっていたのよ。日課だし。前も話したでしょ。わたくしのダンジョンは地下洞窟型。でもモンスターはいないの」

「ああ聞いた」


 最初に会った日にな。


「今日もそうやって探索していたのよ。マジックトーチで闇を照らしながら。そうしたら、角を曲がったところで前方遠く、明かりが見えた。天井から照らしている光が。近づいたらそれは、天井に開いた穴だとわかったの。ちょうどそこ、岩が階段のようになっていた。だから登ることができて、外に出られたの。そうしたら……」

「俺達が立っていたってことか」

「うん」


 そんなことがあり得るだろうか。固有ダンジョンは、まさに「固有」。他人のダンジョンと繋がってるとか、聞いたこともない。おそらく……歴史上、初めてのできごとだろう。というか、少なくとも俺は知らない。


 この事実を明かしたら、また学園が大騒ぎになるな。そうなるとアンリエッタまで巻き込むことになる。ダンジョン融合の理由や経緯、そのヒントでもわかるまではとりあえず、ふたりだけの秘密にしておいたほうがいいだろう。


「ちょっと待てよ」


 バステトが口を挟んできた。


「んじゃあ、えーと……アンリエッタだったよな、アンリエッタはエヴァンスとおんなじ外の世界から来たっていうのか」

「外の世界で俺の知り合いだったのは確かだ」

「へえ……」


 興味津々といった様子で、あぐらを解く。そのまま四つん這いで近づいた。


「外の世界って、『男』しかいないんじゃないのか。アンリエッタは女の子だろ。見た目もそうだし匂いだって。それに……」


 手を伸ばすと、ブレザーの胸に触れた。


「ほら、胸がある。あたしやリアンと同じだ」

「あ、あの……」


 困ったように、バステトの手を、そっと外した。


「なあアンリエッタ、あたしが教えてやるよ。裸にすると、エヴァンスの胸は真っ平らなんだ。胸の先は小さくて固い。多分、『男』だからだ。……知らなかっただろ」

「そ、そう……」


 アンリエッタが赤くなった。


「それにいい匂いがするんだ。ヒトまたたびだよ。アンリエッタは嗅いだことあるか」

「に、匂い……」

「ほら」


 アンリエッタを押すと、俺の体にもたれかからせた。


「きゃっ」

「なっ。むずむずしてくるだろ」

「その……」


 俺の胸に手を置いたまま、アンリエッタは赤くなっている。


「殿方の匂い……かしらこれ。知らないけれど。でも……むずむずは……」

「おかしいなあ……」


 首を捻っている。


「やっぱあたしだけなのかな。見てろよ、ほら。がおーっ」


 これ幸いと俺に抱き着いてくるといつものように、くんくんし始めた。いやお前、またたびプレイしたかっただけだろ、これ。


「とにかくだな」


 勝手にはあはあモードに入ったバステトを抱えてやったまま、俺は続けた。


「固有ダンジョンが融合してるなんて、普通じゃない。なにか理由があるはずだ」

「わたくしもそう思う」

「そこで、話してもらおうか」

「な、なにを……」

「アンリエッタ、お前は俺に近づいてきた。俺がこのダンジョンを引き当ててから急に。友達が欲しいって言ってたけど、それだけじゃないだろ」

「それは……」


 瞳が泳いだ。


「そこにこの現象の理由もあると思うんだ。教えてくれ」

「その……」


 しばらくもじもじしていたが、意を決したかのように瞳を上げた。


「友達が欲しかったのは本当よ。わたくし、孤独だったから。……でも、たしかにそれだけじゃない」


 アンリエッタは、話し始めた。自分の一族に伝わる伝承を。

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