3-3 もうひとりの「お友達」

「さて……と」


 三人で旅を始めて五日目。昼飯を済ませると、バステトがあぐらを解いた。


「ここらでちょっと調べておくか」


 三メートルもある近くの岩場に、器用によじ登った。例の手袋姿だからな。たいしたもんだわ。


 尖ったてっぺんに片足で立つと、はるか遠くの山筋を見つめる。


「うん……うん」


 ここから先に向かって、何度か手袋を動かしている。なにか測っているのかもしれない。


「わかった」


 高みから俺を見下ろす。


「あたしの聞いた話だと、その宝箱は、ひときわ高い一本樹の根本にある。多分、あそこのことだろう」


 西の方向を指差した。……が、俺にはなにも見えない。起伏の多い丘が続いていて、先はけぶったように空に溶けている。


「木なんて見えないけど」

「大丈夫だよエヴァンス」


 食事の跡を片付け終わったリアンが、俺の手を握ってきた。


「バステトちゃんは、遠目が利くからね。私やエヴァンスに見えない遠くまで、よく見通せるんだよ」

「なるほど」


 さすがは獣人だ。


「あとどのくらいかかるんだ、バステト」

「すぐだよ。明日の昼までには着くと思う」

「そうか。それなら金曜の課題提出に間に合うな。助かる」


 金曜は手ぶらで帰ることになると、半ば諦めていたからな。


「エヴァンス、今日はすぐそこの湖畔で泊まろう。湖で水浴して飯食って寝るんだ。リアンもいいだろ、それで」

「うん。今日は少し暑いから、早めにお風呂にしたかったんだ、私」

「だからエヴァンス」

「なんだよ」

「今日の分のまたたびタイムだ。がおーっ」


 ひょいっと飛び降りてくると、その勢いのまま抱き着いてきた。


「がお、がおーっ」


 俺を押し倒し、体を押し付けてくる。


「ああ……はあ……」


 今日はいつにも増して興奮してるな。尻尾ぶんぶんだし。水脈が見つからず、朝の水浴がなかったからかな。だから「ヒトまたたび」効果が大きかったとか?


 夢中になってしがみついてくるバステトの頭を、俺は撫でてやった。かわいいよな、バステト。


「うーん……この調子だとバステトちゃん、三十分くらいこのままだね」


 リアンが腕を組んだ。


「なら私も少しお昼寝しようかな」


 俺の隣に寝転んだと思ったら、もうすやすや寝息を立てている。スライムの入眠、はやっ! 嫌なことを思い出して眠れなかったりとか悪夢を見たりとか、ないんだろうな、リアンは。うらやましいわ。俺の過去は真っ暗だからな。地獄のような思い出ばかりで。


          ●


 翌日。予定より早く昼前に、俺達は一本の大木の根本に立っていた。樹高は三十メートルくらいとか高い。だが幹は、か細く感じるほどの太さしかない。よく折れないものだと感心したよ。枝は無く、葉が生えているのも樹冠くらい。現実世界では見たことのないタイプだった。


「バステト、見た感じ、宝箱なんて無いぞ」

「木の後ろっかわかな」


 背後に回ったリアンが、首を振った。


「裏にも無いよ」

「あれーおかしいなあ……」


 バステトは首を捻っている。


「あたしの聞き違いだったのかな。……それとも情報が間違っていたとか」

「どこにあるのかなあ……宝箱」

「宝箱なら、すぐそこよ」


 後ろから声がした。振り返ると女の子がひとり、腰に手を当てて立っていた。バステトやリアンと同じくらいの年格好。銀髪。白い肌に茶色のビキニ姿。といっても水着……じゃあなさそうだ。だってビキニはふわふわの羽毛で覆われてるからな。それにブラウンのロングブーツを履いているし。


「どこから来たんだ、お前。俺達はずっと、見通しのいい野原を歩いてきた。朝からここまでの道で、近くには誰も居なかったぞ」

「……」


 黙ったまま。その子は天空を指差した。


「飛んできたのよ。上空で遊んでいたら、見たことのないモンスターが、ふたりと歩いていたから、なにか面白いことかなあ……って、降下してみた」

「空から……ってことは、お前……」


 手が届くほどまで近づくと、盛り上がったビキニの胸を見つめた。


「あった……」


 やはり名札が留められている。


――グリフォン♡イグルー――


「グリフォンだったのか」


 それにしても、なんでみんなご丁寧に名札なんか着けてるんだろ。なにか……自己紹介みたいじゃないか、知らない奴への。このダンジョン、マジ謎だわ。


「グリフォンといっても羽、無いんだな、イグルー。どうやって飛ぶんだ」

「どうやって……って、普通に飛ぼうと思うと、飛べるんですけれど」


 なにを当たり前のことを……という顔だ。


「それよりあなたは何者なのかしら。奇妙な体つきだし、名札もないみたいだけれど」

「エヴァンスはねえ、『男』だよ。外の世界から来て、私やバステトちゃんと世界を見て回ってるの」

「おと……こ?」


 眉を寄せ、首を捻っている。


「そんな名前のモンスター、いたかしら」

「エヴァンスはなあ、とってもいい匂いがするんだ。あたしのまたたび代わりだ」

「いい匂いですって」


 イグルーは、俺の首筋に顔を近づけた。


「あんまりしないわね」

「もっとくっつけよ。みんな、あたしほど嗅覚鋭くないだろ」

「こう……かしら」


 俺の背中に腕を回し、抱く形となる。ふわふわの羽毛ビキニが手に当たるから、くすぐったい。それに……バステトほどではないが、締まった体を感じる。この世界のモンスターが恥ずかしげもなく密着してくるのは、リアンやバステトで慣れてる。多分、男という存在に関して無知なせいだ。でもやっぱり、俺の方はまだ少し恥ずかしい。


「どうだ。はあはあしてくるだろ。あたしのヒトまたたびは」


 バステトは自慢げだ。


「特に……はあはあ……は。でもなんだか、懐かしい香りがする。どこか……魂の奥底に響いてくるような……」


 瞳が和らいだ。


「それよりイグルー」


 腕を掴むと、そっと体を離した。


「すぐそこに宝箱があるって言ってたよな」

「はい、エヴァンスさん」


 頷いた。


「空からならよく見えるもの。前はみんなが調べてたけれど、もう誰も興味を持っていません」

「案内してくれ」

「こっちよ」


 例の一本樹の木陰を、まっすぐに辿る。その先、ちょうど樹冠の影になっている場所に、宝箱はあった。


「お昼に影が指す場所にあるのよ」

「へえ……。それが目印なのかな、エヴァンス」

「多分そうだな、リアン」

「そういえば、この木の影、なんだか矢印みたいに見えるもんな」


 バステトが唸った。


「幹はまっすぐで枝分かれすらなく、葉っぱは先にまとまっているだけだから」


 たしかに。


「どう、エヴァンス。この宝箱、役に立ちそう」

「どうかな……」


 リアンの声を背に、俺はしゃがみこんだ。


「宝箱としては変わった形だな、これ」


 宝箱は、細長かった。基本小さいのだが、幅だけ一メートル以上はある。なにかの道具入れにすら見えるというか。


「掃除用モップ入れかなんかだろ、これ。横になってるだけで」


 黒光りする金属製で、複雑な紋様が表面に刻まれている。俺ダンジョンに出入りできるあの扉と、色といい模様といいそっくりだ。


「違うわよ。宝箱なのは確定。だって、ほら……」


 イグルーが示す先、宝箱表面には、小さなプレートが取り付けられていた。リアンの名札のようなものが。


――イナスの宝箱――


 そこには、そう刻まれていた。

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