3-4 謎の宝箱
――イナスの宝箱――
「はっきり書いてあるな、宝箱って」
「そうです、エヴァンスさん。この宝箱は、昔から噂の的でした」
イグルーというグリフォンはしゃがみ込んだ。宝箱の表面を撫でる。そうすると裸の背中がよく見えたが、やっぱり羽とかはないな。普通の人間と同じだ。
「興味を持ったみんなは開けようとしたけれど、誰ひとり成功しなくて。最近ではほぼ存在を忘れられていますね」
銘板を掲げて、自分から「宝箱」って言い張ってるんだもんな。普通ならむしろ、罠とか騙しを怪しむところだ。だが善意に満ち悪意を一切感じられないこの世界に、そんな
「イナスって誰かの名前か、リアン。それともこの辺の地名とか」
「うーん……」
唇に指を当て、リアンは天を仰いだ。
「知らないなあ……そんな子。バステトちゃんはどう」
「あたしの友達にもいない」
「地名でもありません」
なら正体不明か……。まあそれより問題は中身だわな。
「中身はなんだか、誰も知らないんだよな」
「ええ、そうです」
「鍵穴も無いね、この箱」
宝箱の周囲をぐるっと回って、リアンが調べてくれた。
「バステト、お前の嗅覚でなにかわからないか」
「なにも感じない。無臭だ」
「蓋と本体の境目も無いんです。だから剣を差し入れてこじ開けるとかもできなくて」
「どれ……」
たしかに。闇黒の表面に、紋様が刻まれているだけ。境目も
「持って帰るか……」
学園に戻れば、実力のある魔道士がいる。SSS担任あたり。俺の持ち帰るアイテムは注目を集めているし、誰かが解錠に成功するだろう。
「重いわよ。……というか、ぴくりとも動かないの。多分……魔法で固定されている」
「マジかよ、どれ……おっ!?」
試そうと宝箱に手を掛けた途端、俺の手と宝箱の間に、なにかが流れた気がした。ぴりっと。思わず手をひっこめる。
「びっくりしたーっ。静電気かな」
「あっ」
宝箱表面から薄く、黒い煙が立ち昇った。
「燃えたのかな」
「いやリアン。焦げ臭くない。無臭だ」
バステトも首を振っている。と――。
――バンっ――
金属質の音がして、箱の蓋が跳ね上がった。勢いよく。中から煙が立っている。
「エヴァンスさん。あなたは魔道士ですか」
イグルーは目を丸くしている。
「いや。魔法なんて使えない。ただ触っただけなのに、なぜ……」
わけわからん。あれかな。のべ千人触れると解錠されるとか。なんかのイベントの入場記念みたいな感じで。
「境目がないはずだよね。ほら、上面が全部蓋なんだ」
きっちり嵌っていた上面が、そのまま後方に開いた形。上面と側面の境に筋一本すら見えなかったのは、それだけ加工精度が高いってことなんだろう。
「それより中身だぜ。がおーっ」
煙が薄れるとさっそく、バステトが頭を箱に突っ込んだ。
「棒みたいなのが入ってる。おいエヴァンス。お前が開けたんだ。取り出してみろよ」
「お、おう……」
たしかに棒だ。一メートルかそこらの。色と質感からして多分、木製。木刀とか槍とかの類じゃない。長い棒の片方の先に、なにか黒いパーツが取り付けられている。
「なんだ……これ」
持ち上げてみた。持った重量バランスや質感からして、黒パーツは金属製。色合いからしておそらく、この宝箱と同じ材質だ。木の棒に固定部が差し込まれていて、そこからすぐ四股に分かれて伸び、先は尖っている。
「ピッチフォークかな……。本で見た」
悪魔系モンスターが使う武器だ。遠隔戦ではここから魔法を放出し、近接戦では敵を突き刺す攻撃に用いられる。
「でも変だな……」
ピッチフォークは基本、刃部分がまっすぐだ。だがこいつはシャベルのように、わずかに湾曲している。ビッチフォークじゃないな、これ。それともできそこないかな。……でも失敗作をわざわざ宝箱に入れる理由なんか、ないだろうし。
「こいつの正体、誰かわかるか」
「ううん」
「わかんない」
「さあ……」
全員、首を振っている。
「こう地面に刺して、よっかかって昼寝する道具じゃないか」
「寝綿草を優しくならして、寝やすくするのかもですね」
「逆に刺して、四股の先っぽにトンボさんが留まるのを見て楽しむんだよ」
珍推理連発。あれだー……みんな、勝手なこと言ってんな。多分それ、全部違うと思うわ。特にバステトの立ち寝説とか。眠ったらコケちゃうじゃん。ケットシーのバランス感覚なら大丈夫なのかもしらんけどさ。
「それにしても凄いわ、エヴァンスさん」
イグルーは絶句している。
「だってあなた、誰ひとりできなかった宝箱解錠に成功したんですもの」
「これ、俺がもらっていいのかな」
「もちろん」
頷いている。
「宝箱って、そういうものですもの」
「助かるな、正直。今日は金曜日。ちょうど外の世界に戻る日だし」
週に一度の報告義務がある。まあ……なんだかこのヘンな奴をゲットアイテムとして提出していいのかわからんが……。
「あたしのヒトまたたびはな、特別なんだ。えっへん」
腕を腰に当てて、バステトは上機嫌だ。いやバステト、なんでお前が鼻高々なんだよ。
「エヴァンスが外の世界から来た人だからかな、開けられたの」
「そうかもなー、リアン」
正直、自分でも意味不だ。でもきっと、リアンの言うとおりなんだろう。というか、それしか理由は思いつかない。あとは例の、「通算◯人挑戦記念説」とか。ガチャの天井みたいな感じで。
「これはさっそく報告しないと。みんな驚くわよ。外から来たエヴァンスさんが宝を解錠したと知ったら」
イグルーが、ジャンプの体勢を取った。
「ちょっと待って、イグルーちゃん」
リアンが腕を取った。
「なあに」
飛び立ちかかった体が、また着地する。
「エヴァンスはね、こうした宝やアイテムを探してるんだ。なにか……他の宝箱を知らない」
おう。リアン、グッジョブ。いい質問だ。
「そうね……」
顎に手を当てて、イグルーは一瞬、黙った。
「知らないわ。……でもそれもみんなに聞いてみるね。うん、『てらごや』がいい。あそこなら、みんなが集まってるから」
「てらごや……」
「エヴァンスが前言っていた、がっこうみたいなとこだよ」
やっぱ寺小屋か。
「なら俺からも頼むよ、イグルー」
「わかったわ。任せておいて」
俺に微笑むと、一気に飛び立った。俺達の頭上をぐるぐる三周ほど回ると、一直線に南に向かう。
どういう理屈なんだろうな……あの飛行原理。魔法の一種なのかな。
「よし。ではあたしたちも『てらごや』に向かうか」
バステトが俺の手を引いた。
「どこにあるか知ってるのか、お前」
「知らんけど、イグルーが飛んでった方向に歩けば、いつか着くだろ。それにもうあたし、イグルーの匂い、覚えたし。追跡できる」
「役に立つなあ……お前。猟犬並だ」
「へへーっ。褒められちゃったか」
ガラにもなく照れてやがる。いや猟犬扱いが褒めたことになるのかはわからんけど。
「んじゃあご褒美だ。今日の分のまたたびタイムにしよう。今晩はお前、向こうの世界に戻るんだろ」
「まあな」
「そしたら一緒に寝られないから、夜の分のまたたびはなしになる。だからな……」
瞳が輝いている。
「だから、今からめいっぱいだ。がおーっ」
嬉しそうに、飛びついてきた。
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