2-7 王室、動く
翌朝、底辺クラスZの教壇に立ったのは教頭だった。朝の挨拶をすべき本来の担任は、教頭の横で縮こまっている。多分だが、俺の長寿媚薬をくすねようとしたの、相当叱責されたと見える。
教室の最後部には、昨日の終業時同様、学園の役員連中が並んでいる。そこにひとりだけ、なぜか武人が交ざっていた。
教員連中より頭ひとつでかいムキムキ野郎だし、防具こそ身に着けてはいないが長剣を提げている。武具は戦士の魂だけに、寝るとき以外は離さないのが普通だ。なので紹介こそなかったが、誰がどう見ても武人だ。厳しい瞳で腕を組み、教壇を睨みつけている。
「さて諸君、おはよう」
教頭は声を張り上げた。気のせいか、緊張したような声。もしかしたら異分子である武人が見ているためかもしれない。
「諸君も知ってのとおり、我がコーンウォール王立学園、当Zクラス所属の学園生が、二日続けてたいへん貴重なアイテムを持ち帰った。もちろん当人の固有ダンジョンから。そこで……」
もったいぶって、教室を見回す。
「そこで当学園運営は、諸機関と調整の上、史上稀な特別処遇を施すことにした。エヴァンス、立ち給え」
「はあ……」
仰々しい言い方にうんざりしたが、放校されるわけにはいかない。やむなく俺は立ち上がった。
「当校はエヴァンスに対し、今後の全単位取得を免除する」
「ん?」
「なんだって」
「どういうことよ……」
教室がざわめく。てか俺自体、意味わからんし。
「いやつまりだな……」
いつまで経っても静まらないので、教頭が焦れたような声を上げた。
「エヴァンスはもう基本、授業を受けんでよろしい」
「えっ……」
「それって前代未聞だろ。まだ単位ごっそりあるのに」
教室中の視線が、俺に集まった。
「いや、俺は聞いたことがあるぞ。昔もそういう待遇だった男がいたと」
「それは僕も知ってる。でもたしか五十年くらい昔に一度だけだぞ。ただレアアイテム絡みじゃなくて、単純にダンジョンでとてつもなく強かったからだと。それならもう、教えることはないからな」
「いや、今思い出した。ちょうど六十年前のことだ。その男は後に、王国を支える武人になったとか」
「じゃあ、エヴァンスも……」
「マジか……。こいつ、孤児枠の貧民なのに」
羨望とやっかみの瞳に見つめられた。
「そもそも貧民が王立学園に枠をもらってるのがおかしい」
「そうだそうだ。枠さえ無ければ、エヴァンスがちやほやされることもなかったのに」
「俺、パパに言いつけるわ。学園運営に、金で圧力をかけてもらう」
最後の一言は、例のビーフな。俺が憎くて仕方ないんだろう。
「静まれ、阿呆共っ!」
大声の一喝に、教室は沈黙に包まれた。叫んだのは、例の武人だ。腕組みを解き、教室を
「この処置は、国王陛下直々の指示である。不満のある者は、立ち上がれ」
「……」
「……」
「……」
誰も何も言わない。体を丸め縮こまり、黙って自分の机を見つめるだけだ。それにしてもこの武人、やっぱ王室絡みの人物か。……てことは近衛兵だろうな、多分。近衛兵の任務は王族警護。それに王室の秘密任務もしているって噂だし。
つまり俺の成果についての情報が、たった二日かそこらで王室まで動かしたことになる。王室の情報収集力に、俺は舌を巻いた。
「エヴァンス」
打って変わって、優しい声だ。……というか「優しい声にしようとした」ってとこ。元が無骨な武人だからな。
「お前はもう、学園規則に縛られる必要はない。毎日戻る必要すらない。好きなだけ固有ダンジョンに潜り、探索せよ。国王の頼みである」
「はい」
そらむしろ大歓迎だわ。俺だって、こんな辛気臭いとこに毎日戻るより、あの世界でずっと遊んでたいからな。
「武器防具や食料、野営装備など必要な物資があれば、学園に申請せよ。すべて整えるようにと話は着けてある」
「助かります」
いやマジ、あの孤児食から逃げられるだけでも大感謝だわ。
「ただし週に一度、金曜の午後だけは学園に帰着せよ。そしてダンジョンで得たものがあれば、申告せよ」
「はあ……」
微妙な俺の声色を感じ取ったのか、付け加える。
「もちろん、それを学園や王室が取り上げるなどということはない。固有ダンジョンで得た品物は当人の所有物と、太古の昔より王立大法院も認めている。そうではなく、研究と記録のためだ。それに……」
ようやく、優しげな瞳となった。
「それになエヴァンス、これはお前の生存確認も兼ねている。お前のためだ。悪いことは言わない。王の提案に乗れ」
とりあえず、俺にとって悪い話ではない。受けることにした。そしてこの日以来、王立冒険者学園コーンウォールにとてつもない男がいるという噂が、徐々に学園の外にまで広がることとなったんだ。
●業務連絡
次話から、第3章「謎の宝箱」に入ります!
実力で行動の自由をゲットしたエヴァンスは、リアンやバステトを従え、固有ダンジョンに泊まりがけでのスローライフを始める。食べて遊んで一緒に眠りにつく毎日。そうして進む三人の前に現れたのは、どえらく長細い宝箱。そう、これまで誰ひとり開けられなかった、謎の宝箱だった……。
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