3 謎の宝箱
3-1 「湯気の泉」で温泉につかる
「ほら、あそこ」
案内役として先行するバステトが、例の「ネコグローブ」で先を指差した。花咲き乱れる草原の丘が続いているが、はるか先の空気が揺らいでいる。
「湯気の泉があるんだ。あそこで泳ごうぜ。あったかくて気持ちいいから」
湯気の泉ってことは、温泉の類かな……。
「気持ちいいんだよねー、湯気の泉は」
リアンもノリノリだ。
「そうだな、ちょうどあのあたりで休憩取る頃合いだし」
「真面目かよ、エヴァンス」
バステトに笑われた。
「スケジュールとかそんなに考えないで、気分でいいんだよ」
「それもそうだな」
宝箱があるという地に向かい、俺達は進んでいた。なんせ今日からは、もうわざわざ学園に毎日戻る必要はない。王室提案に乗って、このまま金曜まではこの地に滞在する予定だ。
それやこれやで、気が楽だ。俺達は、別に急いではいない。途中でいい香りの花が群生していれば、そこで休憩。リアンとバステトが花を摘んで草冠を作るのに付き合った。おいしい蜜を出す大木があれば、そこでも休憩。木登りしたバステトが、蜜を掬い取ってきてくれた。
息苦しい学園を抜け出せて、俺は満足していた。この世界は俺を受け入れてくれる。週一でさえ、もう帰りたくないくらいだった。
「よし、着いた」
背負ったバッグを、バステトが放り投げる。
「思ったより小さいな」
泉は大浴場程度の大きさだった。水面から湯気が立っていて、ほとりにいても熱気が感じられる。普通にやっぱり温泉だな、これ。
「まあね」
よいしょっと、リアンもバッグを草の上に下ろした。
「でもその代わり、水が温かいからね」
「泳ぐぞーっ」
バステトが、服のスナップを外し始めた。やっぱり裸で泳ぐ……というか風呂に入る感じだ。泳ぐってほどのサイズでもないし。
「ほら、エヴァンスも脱ぎなよ。一緒に入ろう」
上着のボタンを全部外したリアンが、俺の手を引いた。やはり……というか、胸を覆う下着は身に着けていた。とはいえこの下着は、胸を支える機能が中心のようだ。胸のサイズに対し小さいので、普通に先が見えそうなんですがそれは……。
「あ、ああ……」
どうしよう……。
「いや、それは止めておこう」
ショートパンツを下ろしながら、バステトが振り返った。下着の際で尻尾が揺れている。
「お前には裸は見せない。なぜかはわからんが、それはいけないような気がするんだ」
「そうなのかな……。私は特におかしいと思わないけど」
リアンは戸惑った様子。
「お友達とはいつも一緒に水浴とかするし。もちろんみんな裸で」
「多分……エヴァンスが『男』だからだ。出会ったときにそう思ったんだけど、匂いを何度も嗅いでいるうちに、『男』とそういうことをするのはまだ早い気が、ますますしてきてさ」
「ふうん……」
リアンは俺をじっと見つめてくる。
「バステトちゃんは、勘が鋭いもんね。なにか感じたのかな……。どうする、エヴァンス」
「俺は遠慮するよ。先にふたりで遊んでくれ。その間、向こうの木陰で晩飯用の根っこでも掘ってるからさ。……ふたりが終わったら俺も入るよ」
「そう。じゃあそうするね」
微笑むと、上着を脱いだ。スカートも落として、完全な下着姿となる。
きれいだなあ……リアン。
舌を巻いたよ。だってそうだろ。肌は真っ白でシミひとつないし、スタイル抜群。それでいてなにも恥ずかしがらず、俺に下着姿を晒しているんだからな。
「ほらほらエヴァンス」
バステトが手を叩いた。
「そろそろあっち向いたほうがいいぞ。あたしももう、パンツ脱ぐだけだ」
「お、おう……」
くるっとUターン。泉に背を向けて、俺は歩き始めた。一瞬見えたふたりの裸を思い返しながら。控えめながらきれいな形の、バステトの胸、背筋にだけにわずかに残る和毛。そして天使のようなリアンの全裸姿……。
「やっば……」
リアンは天使のようだし、バステトは野性味のある美少女だ。そのふたりが、孤児の友達になってくれるなんてな……。こんな奇跡ある? 報われなかった十八年間の嫌な思い出が、このダンジョンでのたった三日で、全て浄化され癒やされたようだわ。
きゃあきゃあと楽しげな声を背中で聞きながら包丁を抜くと、俺は根菜を掘り始めた。
●
「はあ……はあ……」
寝転がった俺を横抱きにして、バステトは荒い息。水浴を終えたバステトにせがまれて、今日の分の「またたび代わり」になってやったところだ。
「湯気の泉」から上がるともどかしげに下着を着ただけで、バステトは抱き着いてきた。半分脱いだところを泉で見せたせいか、それともなにか着ていればいいと思ったのか。あるいは直接肌で触れ合ったほうがいい香りだと思ったのかもしれない。というか早く嗅ぎたくて、着る時間すら惜しかっただけかも。
とにかく存分に「ヒトまたたび」を味わったバステトは、こうして俺の胸に熱い吐息を漏らしている。反対側には、リアン。俺の手を握ったまま寝転んで、すうすう寝息を立てている。お昼寝ってことさ。ちなみにリアンはもう普通に服を着ている。「一秒でも惜しい」感じだったバステトほど、なにかに飢えてたわけじゃないからさ。
「どうしてこの世界、女の子しかいないんだろう……」
さっきから、その疑問が頭を駆け巡る。
「女の子だけの世界があり得るとしても、なんでそれが人間じゃなくて、モンスターが人型化したものなんだ……」
どう考えてもわからない。俺が仮に神として、女子だけの世界を作ると考えてみよう。男がいないと寿命がどうとか生殖がどうとかはあるが、ここはダンジョンだ。そのあたりは無視していい。現実世界じゃないからな。
だが女子だけの世界を作るなら、モンスターを配置するにしても、雌でいいじゃないか。人型にする意味はない。
百歩譲って人型だけを配備する必要があると仮定する。なら単なる人間が楽だ。モンスターを使う必要がある場合でも、人型モンスターを使えばいいよな。スライムをわざわざ人型化する理由は、思いつかない。
それにバステト。ケットシーなんだから獣人で、本来人型モンスターではある。そのまま配置すればいい。だがバステトはケットシー本来の体ではなく、もう普通にネコミミコスプレ女子にしか見えない。つまり人型モンスターなのに「さらに人間に近く」されている。
そんなに人間ぽい存在が必要なら、人間そのものでいいじゃないか。わざわざ手間を掛けて擬人化してまで、このダンジョンにモンスターを置いた意味はなんだ。このダンジョンを作った神は、なぜそんな面倒なことをしたのだろうか……。
「モンスターが……モンスター本来の形ではいけない理由が、なにかあるのか。しかも全員女子である訳が……」
謎だ。いずれなんとか、この秘密は解いてみたい。
それにリアンの話では、このダンジョンのモンスターは、みんな仲がいいという。しかもとりあえずリアンとバステトのふたりは、侵入者である俺を敵視することなく、普通に受け入れてくれている。一般的に、ダンジョン内部は殺し合いで殺伐としているものだ。侵入者を倒そうとするし、内部にも種族対立だとか弱肉強食があるから。
こんな桃源郷のようなダンジョンが存在する意味がわからない。
「う……ん」
うっとりしたままのバステトが、俺の胸に頬をすりつけてきた。一瞬迷ったが、抱き寄せてみた。嫌がることもなく、俺に抱かれるままになっている。多分……夢うつつだからだろう。尻尾はゆっくり揺れている。それはバステトがリラックスしている証だと、付き合ってからの経験で、俺にはわかっていた。
「……エ、エヴァンス」
がばっと、バステトが起き上がった。
「あ、あたし……ごめっ」
わたわたと後ろを向いてしまった。
「ついうっとりして、あたし……」
「気にすんな。昼寝して気持ちよかったろ」
「う、うん……」
後ろ姿のまま頷いた。
「エヴァンスお前……やっぱり優しいな。嫌がらずにまたたび代わりになってくれて、寝ちゃったあたしの枕にもなってくれたし……」
脱ぎ散らしてある服をたぐり寄せると、秒で身に着け始めた。
「いいんだよ、俺も眠かったから。……ほらリアン、起きろ。そろそろ出掛けるってよ」
「うーん……エヴァンス……」
「ほら」
抱き起こしてやると、やっと目が覚めたようだ。うーん……と体を伸ばして、あくびした。
「わあ、まだ一時頃だね。あと三、四時間くらいしたら、晩ご飯の準備しようね。それに……今日からはずっとエヴァンスと一緒にいられるんでしょ。夜だって一晩中」
「そうだな」
リアンやバステトが毎晩どうやって寝るのか、気にはなっていた。決まった家とかはないようだったし。だから俺も夜が楽しみだ。
「居眠りして少し遅くなったけど、昼ご飯にしよう。もう果物と根菜は準備してあるからさ」
「えへーっ、エヴァンス優しい」
嬉しそうだ。
「バステトちゃんもそう思うよね」
「あ、ああ……」
なぜかバステトは、どぎまぎしていた。
「そ、そうだな、リアン。あたしもそう思うよ」
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