2-6 令嬢アンリエッタの提案
「わたくし、あなたに興味があるの」
トップクラスSSS所属の女生徒が、じっと見つめてきた。ど正面から突っ込んでくる奴だな。
「俺はあんたの名前も知らないけどな」
「わたくしはアンリエッタ。お父様はガレイ地区の長官をしているの」
「へえ」
どうでもいい。てか、初対面の初手でわざわざ父親の地位を名乗るとか、貴族の世界って面倒だな。マウントの取り合いが日常化してるんだろうけどさ。
「Zに声掛けるなんて、孤児の俺を哀れんでるのか」
「違うわ」
かすかに、眉を寄せた。
「なら底辺Zの俺がウルトラレアアイテムを連発したから、取り巻きに加えて自慢しようってんだろ」
俺の生殺与奪を握っている学園中枢ならともかく、いくら金持ちだろうが貴族だろうが、学園生のケツを舐める必要はない。用務員のイドじいさんも警告してくれたしな。「これから色々言ってくる奴が増えるが、浮かれるな」――と。
「そんなことないわ」
少し慌てたように首を振った。柔らかな髪が、ふわっと揺れる。
「ただ……その、純粋に知りたくて。エヴァンスくんのは、どんなダンジョンだったのかと」
「アンリエッタのダンジョンはどうだったんだ。昨日ガチャ引いたんだろ」
教育カリキュラムの都合で、王立冒険者学園コーンウォールは全員同期。トップのSSSクラスから底辺Zまで、昨日が生涯一度、ダンジョンガチャの日だったはずだ。
「わたくしは……レア。試しに潜ってみたけれど、モンスターのいない、よくわからない地下ダンジョンだったわ」
「えっ……」
意外だった。地区長官を任されるということは、貴族のヒエラルキー内でも相当の名家だし、金もあるはず。なのにR止まりって……。
「リセマラはどうした」
「しなかったわ。お父様の方針で」
「変わってんな、お前の家」
ケチってわけでもなさそうだしな。アンリエッタの服とか見る限り。
「仰っていたわ。運命の女神に与えられた駒で戦うのが、本当の人生。だからダンジョンも神から授かったものを大事にしろと。人生にやり直し――リセマラなどないものだ……と」
「なるほど」
言ってることはわかる。とはいえ孤児の俺からすれば、大貴族に生まれただけで生涯安泰。低レベルダンジョンだから人生暗転する――などないのは明白だ。「どう転んでも人生転落などない、貴族ならではの道徳」とも言える。
実家が成り上がり金貸しのビーフを見ればわかる。あいつなんか金しか自慢できるものがないから、唯一の武器を目一杯生かしてSSRダンジョンを確保した。意地汚いが、そういう生き方だってある。俺を下に見る、嫌な野郎だけどな。
「お父様は教えて下さった。冒険者学園コーンウォールには、王国各地から様々な異才が集まる。貴族だけに閉じた陰険な世界では決してない。そこで真に友情の繋がりを得れば、わたくしにとって生涯の宝物となると」
「うん」
こいつの親父、結構言うな。まあそれだけ冷徹な判断力があるからこそ、長官職までなれたんだろうけどさ。家柄の力だけではなく。
「だからわたくし、あなたとお友達になりたいの。欲しいのは、本当のお友達。おべんちゃらばかりの取り巻きなんて、いらないわ」
「……」
アンリエッタの瞳を、俺はじっと見つめた。澄んでいて、嘘は言っていないような気がする。俺は、警戒レベルをひとつ落とすことにした。
「アンリエッタ、お前の言う『友達』って、どういう関係のことだ」
友達が欲しいのは確かとしても、なぜ今、俺に声を掛けてきた。友達なら、SSSクラスで探せばいいだけの話。
俺を選んだのは、俺が謎ダンジョンを引き当てたからに決まってる。それまでは俺のことなんか、アンリエッタは知りもしなかっただろうしな。
「それは……」
アンリエッタは詰まった。わずかに瞳が泳ぐ。
「あっ、いたいた」
後ろできゃあきゃあと、嬌声が聞こえた。
「エヴァンスくーん。一緒にケーキ食べない」
「特別に女子寮食堂に招待するから」
女子が数人、にこにこしている。胸章を見るに全員、Sクラスの女子だ。どう考えても、Z男子に絡んでくるはずはない。
「あたし前から、エヴァンスくんとお話、したかったんだー」
嘘つけ。
「そうそう、かっこいいもんね。イケメンで」
「ねえねえ、週末はなにして遊んでるの。今度あたしたちと一緒にペタしない?」
ペタというのは、貴族間で流行している軽スポーツの一種だ。もちろん俺はしたことなどない。
「エヴァンス」
きゅっと、アンリエッタに手を握られた。なぜか呼び捨てになっている。
「わたくしの提案、考えておいて」
それだけ言い残すと、歩み去った。女子に取り囲まれてわいのわいの騒がれる俺の姿を、もう振り返りもしないで。
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