2-5 底辺孤児の俺、王立学園で話題の的となる
「さて……最後はエヴァンスか」
教卓に置かれた例の「泥団子」を前に、教師は唸った。
「例によってモンスタードロップでなく拾い物という話だが……」
教室はしんとしている。初日、つまり昨日のように茶化す奴は皆無。それどころか他のクラスの担任や学園の役員連中が、教室最後尾に並んで見守っている。学園長こそいないが、噂の教頭がいて、半信半疑の視線を俺に投げている。
「では鑑定魔法を詠唱する」
学園底辺Zクラス。二日目も教師は俺の獲得アイテム鑑定を最後にした。初日はどハズレダンジョンを引いた底辺の俺など忘れていたから。二日目の今日はそうではない。俺のアイテム鑑定をトリに持ってきたわけだ。多分、居並ぶ学園役員に「レアアイテムは自分の業績」とアピールしたいからだろう。
鑑定結果がどうなるか、俺にも皆目見当がつかない。
だってそうだろ。この泥団子、見た目だけなら五ドラクマで子供の遊び道具に売れればいいほうだ。でもリアンが胸の谷間から出してくれた木のストローが、ウルトラレア装備鑑定だったからな。こいつだってどんな価値があるか、わかったもんじゃない。
どっちに転ぶか、さっぱりだ。
「魂の精霊よ、我が請願に応え、存在の深淵からアカシックレコードを伝えたまえ」
教師の詠唱に応え、淡々とした、精霊の声が教室に響く。
――長寿媚薬「
――稀少度:ウルトラレア。推定買取価格一千万ドラクマ――
「嘘だろっ!」
誰かが叫んだ。
「またウルトラレアアイテムじゃん」
「マジか……」
「じゃあ昨日のストローはたまたまラッキーって話じゃないのか」
「てことはエヴァンスのダンジョン、どうなってるんだよ。あれ、ノーマルにも達してないカスレアリティーだぞ」
ざわざわと、ざわめきが広がる。
「いやお前ら、レアリティーどうこうより、アイテムの効果見ろよ。長寿媚薬だぞ」
「錬金術師の夢じゃん」
「いや男全員の夢だろ」
「古来、幾多の権力者がどれほど金を積んでも、発見も開発もできなかったというのに……」
「あんなもん、俺の持ち帰ったレア防具のほうがマシだわ」
大声を上げたのは、金貸しの息子、ビーフだ。ガチャでただひとりSSRダンジョンを引くまでリセマラに大金を積んだ奴。あいつの実家は怪しい金貸しで、学園入学も金で買った口。それだけに出世欲が人一倍でかい。
「だってそうだろ。いくら延命や媚薬の効果があるとしても、所有者限定だ。エヴァンス以外、他の誰も使えないんだから、意味ないじゃん」
どうやら、教室……どころか学園中の話題が「SSRの俺様」から「N-の孤児」に移ったのが気に入らないらしい。まあ、これまで親の金にあかせて威張り腐ってきたカス野郎だからな。ざまぁだわ。
「いやそれでもとてつもないだろ、ビーフ」
「エヴァンスしか効果がない薬だからか、価格もあのストローの三分の一と安いからな。とはいえ安いといっても、推定買取価格は一千万ドラクマだ」
「一千万あれば、庶民なら数年は遊んでいられる。そんな高額で売れるダンジョンドロップアイテムなんて、少なくとも俺は知らない」
「いやいくらエヴァンス限定とはいえ、あの薬、錬金術師なら、死ぬほど欲しいはず」
「ああ。研究して使用者限定制限さえ外して合成できさえすれば……」
「世界が変わるな」
長寿効果と媚薬効果があると知ってか、教師が物欲しげに団子を見つめている。よだれを垂らさんばかりだ。
「先生、もう引っ込めていいですか」
「あ、ああ……」
取ろうと俺が手を伸ばすと、なぜか先に珠を握り締めた。それから俺に手渡ししてくる。
「先生……」
睨んでやったよ。
「な、なんだ」
「こすっからいですよ。今、爪で削ろうとしたでしょ」
「ぷっ!」
教室が爆笑で包まれる。
「おいおい、あの底辺教師、セコすぎるぜ」
「孤児のアイテムをくすねようとするなんてな」
「さすがZクラス担任まで落ちぶれるわけだわ」
「ち、違うわっ!」
大声で叫んだが、額に汗が浮かんでいる。カス教師は、上目遣いでちらちらと教室の最後部に視線を飛ばした。学園役員が立ち並ぶあたりを。
まあ、そりゃ恥ずかしいよな。それに学生のアイテムをくすねたとなると、懲戒ものだ。まして超高額鑑定のウルトラレアアイテムだし。
「で、では、今日の授業は終了。各人、とっとと寮に戻るように」
慌てたように宣言すると走るように教室を出ていったから、笑ったわ。雑魚すぎる……。まあせいぜい、急いで学園長への言い訳でも考えてろよ。アホくさ。
ゆっくりと、バステトの珠を俺は懐に収めた。
「エヴァンス」
教室から出るところで、声を掛けられた。教頭だ。太っていて、髪は薄汚い土色に白髪が交ざっている。脂の浮いた顔で精一杯愛想笑いを浮かべていた。いつもは仏頂面なだけに、気味悪い。
「なんですか、教頭先生」
これでも学園長の側近らしいからな。孤児枠の俺が冷たくするわけにはいかない。
「少し話を聞かせてほしい。その……君のダンジョンについて」
「ただのハズレダンジョンです。屋外型。モンスターはいない。俺はアイテムを拾っただけです」
早口で、それだけ教えた。嘘は言っていない。「普通のモンスターはいない」という意味で言っただけだし。
「教頭室で、じっくり話を聞こうじゃないか」
媚びるつもりなのか、手を握ろうとしてくる。いやおっさんにそんなことされても、キモいだけだし。俺は手を引っ込めた。
「まだ二日目です。俺にわかったのはそれだけ。これ以上、なにも話す内容はないので、これでいいですよね。あと……他のみんなと同じく、固有ダンジョンです。俺以外の人間は連れていけません」
面倒なので、色々先回りして釘を刺しておいた。
「この先、なにかわかったまたお教えします。もちろん教頭先生に真っ先に」
メンツが立つようにだけは、してやった。
「そ、そうだな……。ならまた、一か月後くらいに話を聞くとしよう」
なんとかプライドを守れて、ほっとした顔で教室を出ていった。教頭以外にもこういうの、これからも続くんだろうな。メンドクサっ。
「ねえエヴァンスくん」
教室を出たところで、誰かが廊下に立ち塞がった。
どえらい美人。リアン同様、アイドル並だ。とはいえリアンが天然系とするなら、こいつは磨き抜いた感じ。
学園制服のブレザーも、デザインこそ同じものの、おそらく特注品。体にぴったりだし、生地もふっくらしていて高級そうだ。カールした長い髪に半ば隠れてはいるが、クラスを示す胸章は、トップの「SSS」所属であることを示していた。
正直、またかよと思った。イドじいさんやカイラ先生が警告してくれたとおり。どうやら俺は、この学園で話題の的になっているらしい。
こっそりと、俺は溜息をついた。
「……なんだよ」
Zクラスは最底辺。実力主義でクラス分けが行われるこの学園では、「ただの寄付金肥やし」の扱いで、他のクラスの奴や教員連中からは、ほとんど相手になどされない。
それに俺は孤児枠で、Zの連中にまで馬鹿にされくさってきた。SSSのお嬢様が声掛けてくれるなんで、あり得ない。ましてこいつは、見るからに金が掛かっているしな。
「わたくし、あなたに興味があるの」
その女子は、アンリエッタと名乗った。
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