2-4 ウルトラレアアイテム「竜涎麝香」

 陽射しが注いで暖かな広場でランチにした。食べたのは、リアンとバステトが探してきた果物、それに根菜だ。


「うまいな、これ」


 驚いたわ。


 生で食べるのだが、根菜なんか普通に肉の味と歯応えだったからな。しかもかなり上質の。俺が学園で配給されている孤児枠飯とは大違いだ。


「おいしいでしょ」


 リアンが微笑んだ。女の子座りで、果物を齧っている。


「こんなのが採り放題なのか」

「無くなりはしないよ。すぐ生えてくるし」

「果物も、採ったそばからなるしな」


 あぐらを組み大口を開けて、バステトが根菜を口に放り込んだ。もちろん例の謎手袋は外している。


「それにしても、エヴァンスのそのホーチョとかいう短剣は便利だな。根菜を切るのにぴったりで」

「普通の短剣だと大変だよねー。力の入れ具合とか、手首の返しとか。……重いし」

「ああ。そのホーチョはこう……なんというか、野菜や果物を切るのに最適の重量配分と刃の形をしている。剣のつかも優れている」

「まあな……」


 てかそれが本来の用途だから、使いやすいの当たり前だし。護身・戦闘用に持ち歩いてる俺のほうが変なだけだし。てかこのダンジョン敵いないんだから持ってくる必要はもうないのか……。ああでも、包丁として使うと便利か。やっぱ毎日持参しよう。


「エヴァンスお前、役立つな。またたびだしホーチョ付きだし」


 頼るような瞳で、バステトが俺を見つめてきた。


「友達になれてよかった。『男』って頼りになるんだな」

「こんな包丁でよければ、いつでも使ってくれ」


 思わず苦笑いだわ。苦肉の策が役立つとは、人生なにがあるかわからんな……。


「ところで宝物の心当たりがあるって言ってたよな、バステト」

「ああそうだよ、エヴァンス」


 もぐもぐしている。


「宝物かはわからん。宝箱だ。中身は誰も知らない。……開けられないから」

「へえ……」

「力自慢が何人も挑戦したけど、ダメだった。魔法でもな。だからもうみんな興味をなくしてるんだ」


 食べ終わって、指を舐め始めた。


「あんなのでいいか、エヴァンス」

「助かるよ」


 もしかしたら、現実世界に持ち帰れるかもしれないからな。学園の課題としては、それで充分だ。開かなくてもかまやしない。


「そう言えば、ふたりに聞きたいんだけど」


 学園用務員、イドじいさんに言われたことを思い出した。


「ヒエロガモスの地って、知ってるか。この世界にあるみたいなんだけど」

「うーん……」


 唸ると、バステトは首を傾げた。ネコミミがぴくぴく動き、尻尾の先がゆっくり揺れている。


「ピエロ?」

「ヒエロガモス」

「知らないなあ……。リアンはどうだ」

「私も聞いたことないよ、バステトちゃん」


 ならイドじいさんの勘違いかな。


「そこを急いで探したいのか、エヴァンス」

「いや、そうでもない」


 そもそも俺、放校にならない程度に成果を出して、この世界でのんびり遊びたいだけだし。孤児だと見下された挙げ句、たまたまレアアイテムを持ち帰ったら急にちやほやされるとか、そんなクソな現実よりよっぽど楽しそうだからな。俺自体、なんにも変わってないってのによ。


「ならゆっくり探したらいいよね」

「リアンの言うとおりだな、エヴァンス」


 指を舐め終わったバステトは、手袋を装着した。いやあれ、装着の理由あるんかね。物を掴むのも難しいし、あんまり意味ないと思うんだけど。


「それが本当に存在するんなら、そのうちなにかわかるかもだしな」


 あぐらを解くと立ち上がる。


「最初はあたしの知ってる宝箱を目指そう」

「近くなのか」

「いや。歩いて一週間かからないくらいかな。あの……」


 遠くを指差した。というか、手袋で示したわけだが。初日からずっと見えている、あの遠くの山の方向を。


「あの山を目印に進めば、いいんだってさ。あたしも実物は見たことがないんだ。基本、この森を気に入ってるからな」

「なるほど」


 退屈嫌いで冒険するものの基本、リアン同様、住処の近くで満足してるんだな。この世界のモンスターが皆そうなのかどうかはわからないが。


「別に急ぐ必要はないから、それでいいよ」

「遊びながら行けばいいよね」

「そうだな、リアン。川沿いに進めば毎日沐浴もできるし。それに……」


 熱い瞳で、俺を見つめる。


「毎日エヴァンスの匂いを嗅ぎ放題だし。ああ……楽しみだ……」


 尻尾の揺れが激しくなった。というかもうぶんぶん振っている。まあいいわ。獣人に食われるよりは、くんくんされるだけのほうが、はるかにマシだ。


「……いいけどさ、盛り上がりすぎて、俺を食うなよ」

「多分大丈夫だ。あたしが我を忘れない限り」

「多分じゃ困るんだっての」

「冗談だよ。ふふ」

「毎日、三人で遊べるねー、エヴァンス」


 リアンは楽しそうだ。


「それはいいんだけどさ……困ったな」

「なにが」

「いや。話したように、俺は別世界の学生だからさ。課題があるんだ。なにか……この世界から宝物を持ち帰るという」

「その宝箱があるよね」


 リアンが首を傾げた。


「それでいいんだけど、一週間だとなあ……。その前に、なにか欲しい。なにか……形だけのお土産的なものでいいんだけどさ」

「私があげた蜜吸いみたいなパターンだね」

「ああそうだ」

「なんだリアン。あの蜜吸い、エヴァンスに渡したのか」

「うん」

「もらってはいないよ。一時的に預かっているだけさ」

「なら……」


 バステトは、一瞬だけなにか考えていた。


「なら、あたしも預けるか。またたび代わりのお礼に」

「おっ。なにかあるんか」

「ああ……」


 ポケットからなにか取り出した。なにか黒くて丸い、土団子のようなものを。


「時々、これが出てくるんだ。ほら」


 手渡してくれた。


「なんだ、これ」

「なんだかわからない」

「これで納得するかなあ……あの意地悪なクソ担任が」


 手の上に置いた奴を、じっくり観察してみた。黒くてつるつる。硬いが、爪で押すとわずかに凹む。刃物で削ったり割ったりはできそうだ。それで……。


「おう。いい匂いするな」


 強い香りを放っている。花と蜜の匂い、蜜蝋、それになんだかわからないが、魂の底に響いてくる、懐かしい香りまで……。


「だろ。ポケットに入れておくと気分がいいから、入れっぱなしにしてたんだ。お土産にはちょうどいいだろ」


 ずっと嗅いでいると、なにか心がもやもやしてくる。なんというか……なんだこれ。リアンとバステトが、今まで以上にかわいく思えてくる。すぐにでもふたりを抱き締めたくなるような……。


「ふう……。これ、いつまでも嗅いでいたくなるな」

「そうか」


 バステトは微笑んだ。


「エヴァンスが喜んでくれてよかった」


 嗅ぐだけでこんなに気分が「上がる」んなら、いずれにしろこの団子、なんらかの薬効はありそうだ。もしかしたら万能薬とか、その類かもしれないな。


「いいのか、もらっても」

「無くしてもそのうちまた戻ってくるんだ。だから大丈夫だろ。別に無くて困るようなものでもないし」


 なんということはないと、肩をすくめてみせた。


「ならもらうわ。この泥団子」

「泥団子じゃないわ。あははははっ」

「ふふっ」


 三人で笑い合った。


 だがその日の夕方、学園に戻って鑑定すると、この泥団子がまた大騒ぎを巻き起こした。


 鑑定結果がこうだったからだ――。




――長寿媚薬「竜涎麝香りゅうぜんじゃこう」。所有者限定効果――

――稀少度:ウルトラレア。推定買取価格一千万ドラクマ――

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